学術、芸術などの文化活動を通じて、国際相互理解の増進や国際友好親善に貢献した個人や団体に贈られる「国際交流基金賞」は、1973年に設立されました。
40回目を迎えた今年の「国際交流基金賞」は、1862年に日本語講座を開設以来、優れた日本研究者、日本語教師、外交官、日本語通訳者等を数多く輩出してきたフランス国立東洋言語文化大学の日本語/日本文化学部・大学院、卓越した物語性と新しい世界観を提示する描写で世界的に読者を魅了し、翻訳家としても活躍する村上春樹氏、長年にわたり日本と米国との架け橋となり、両国の人と人をつなぐ上で大きく貢献してきた米日カウンシル プレジデントのアイリーン・ヒラノ・イノウエ氏が受賞しました。
フランス国立東洋言語文化大学の日本語・日本文化学部・大学院の代表として、フランソワ・マセ教授が受賞スピーチを行った。
受賞者に縁のある方々が、それぞれの受賞者の紹介を行った。村上春樹氏については、『翻訳夜話』などの共著があり、親交が深い柴田元幸・東京大学大学院教授が、作家及び翻訳者としての村上氏の業績について紹介した。
国際交流基金理事長の安藤裕康より賞状を受け取るアイリーン・ヒラノ・イノウエ氏(米日カウンシル プレジデント )。夫君であるダニエル・イノウエ米国上院議員、ジョン・ルース駐日米国大使夫妻も授賞式に出席、ヒラノ氏の受賞を祝った。
2012年10月9日(火)には、皇太子殿下のご臨席のもと授賞式が行われ、皇太子殿下は、そのおことばで、国際交流基金賞が、この40年の間に様々な国の多くの人々に授与されたことに触れられ、「国際交流の幅広い分野において、専門性をいかして活動されている受賞者及び受賞団体の皆さんの一層の活躍を心から期待いたします。一人一人の交流はやがて国と国との相互理解に発展していくものと考えます。」と、文化交流の更なる発展について期待を述べられました。
また、本年は、国際交流基金の設立40周年にあたることから、コロンビア大学名誉教授で国際交流基金賞(1983年)受賞者でもあるドナルド・キーン氏が今年の受賞者への祝辞を寄せるとともに、日本国籍を取得しようと決意するに至った日本との長年の関わりについても触れ、「90歳になった私は最後の日を日本で過ごすことも楽しみの一つです。」と、お話くださいました。
撮影:高木あつ子
本誌では、受賞者の中から、ご自身の作品や翻訳を通じて、「人々が良き夢を見る」ことを助けるような「真に優れた物語」で世界の読者を魅了している村上春樹氏の受賞挨拶をご紹介します。
僕は三十歳のときに作家としてデビューをし、今に至るまで様々な形式の小説を書き続けてきました。また僕の作品が外国語に翻訳され、海外で出版されるようになって四半世紀になります。外国に行くたびに、そこで僕の本の読者を発見し、驚くとともに、深い感謝の念に打たれます。僕自身が翻訳の仕事を熱意を持って続けてきたこともあり、それといわば交換のようなかたちで自分の作品が外国に受け入れられることは、僕にとって何より喜ばしいことであるからです。
翻訳作業のひとつの役目は、文化というものが特定の地域を越え、特定の時代を超えて力を発揮しうることを証明することにあります。たとえば僕は少年時代にカフカの『城』という小説を読んで、その世界にはまり込んでしまいました。そのとき、二十世紀初頭のチェコの名もない田舎町は、僕にとって何よりリアルなものとして感じられました。
物語の目的とは、今ここにある現実とは離れたところにある現実からものごとを運んできて、それによって、今ここにある現実をよりリアルに、より鮮やかに再現することにあります。その原理はどこの国でも、どの時代でも変わりません。だからこそ良き物語は翻訳可能であるし、翻訳されるだけの価値があるのです。僕はそう信じています。
現実の我々の世界には地理的な国境があります。残念ながら、というべきかどうかはわかりませんが、とにかくそれは存在します。そしてそれは時として摩擦を生み、政治問題を引き起こします。
文化の世界にももちろん国境はあります。でも地理上の国境とは違い、心を定めさえすれば、私たちにはそれを易々とまたぎ超えることができます。言葉が違い生活様式が異なっても、物語という心のあり方を等価交換的に共有することができます。
そのような文化的越境が、地理上の国境を凌駕していけるかどうか、僕にはわかりません。それについてあまり楽観的にはなれない要因が多々あることも理解しています。しかし夢を見ることは、私たち一人ひとりに生来与えられた権利です。そして人々が良き夢を見ることを助けるのが、
真に優れた物語の意味でもあります。僕は翻訳をし、翻訳されることを通して、その夢を見続けたいと考えています。
村上春樹(むらかみ はるき)
1949年京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。1979年『風の歌を聴け』でデビュー。『羊をめぐる冒険』『ノルウェイの森』、『ねじまき鳥クロニクル』、『海辺のカフカ』、『1Q84』などの長編小説をはじめ、短編小説、ノンフィクション、エッセイなどを多数発表しています。また、翻訳家としての顔も持ち、米文学を中心に、英語から日本語への翻訳も数多く手がけています。谷崎潤一郎賞、読売文学賞、朝日賞など、日本国内の賞に加え、海外での文学的評価も高く、フランツ・カフカ賞、エルサレム賞、カタルーニャ国際賞などを受賞。卓越した物語性と新しい世界観を提示する描写が世界中の若者を熱狂的にひきつけ、多くの作品が40以上の言語で翻訳出版されており、海外の読者が日本語や日本文学、日本文化に対する関心を寄せるきっかけとなっています。
♦ 受賞者と国際交流基金のかかわり
国際交流基金では、村上春樹氏の作品を多くの外国語への翻訳、出版を支援しています。1989年度以降、「ダンス、ダンス、ダンス」「ねじ巻き鳥クロニクル」「羊をめぐる冒険」など22冊の本に助成、スペイン語、ポルトガル語、ハンガリー語をはじめとする15言語への翻訳を支援しました。
また、ご本人をお招きして、2002年度にはドイツ・ケルン日本文化会館で朗読会を、2006年度にはチェコで講演会を開催しました。このほかにも、村上氏の作品をテーマとした朗読会や「村上春樹の文学」(2005年度)「春樹をめぐる冒険―世界は村上文学をどう読むか」(2005年度)などのシンポジウムも各地で開催しています。