雑誌『をちこち(遠近)』
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連載エッセイ

国境を軽々と越えて、各界の一線で活躍する気鋭の書き手が、心に残るエピソードや異文化体験などを綴ります。一緒に世界旅行をするような気持ちでお楽しみください。

2017.3.21New

Vol.2 盆栽が人々を魅了する理由は世界共通

三寒四温を繰り返し、春の陽気に近づいてきました。3月は植え替えが主な仕事。 不要な根を切り詰め、新しい土で植え替えられた盆栽の姿はとても気持ち良く、所有者である愛好家の表情も清々しい。今回は、来月下旬に開催される「第8回世界盆栽大会inさいたま」が近いということで、海外の盆栽事情も交えて綴ります。

2017.2.20

Vol.1 熱意と行動力だけで拓いた盆栽師の道

はじめまして。小さな古民家に居を定め、盆栽を生業としている森隆宏と申します。盆栽師。愛好家や同業者が所有する盆栽の手入れを主な仕事としている職人です。ひとつの街に一人いるかいないかのレアな存在。そんな盆栽師の立場から、自分の経験を盛り込んだエッセイを綴らせていただきます。昨今盛り上がる盆栽の世界、興味を持っていただけたら幸いです。

2017.1.23

海外でも活動する盆栽師が伝統文化「盆栽」の世界を伝える連載が始まります!

鉢の上で自然の姿を生かして樹木の造形美を表現する盆栽。4年に1度開催される世界盆栽大会に世界中から愛好家が集うほど、日本が誇る伝統文化は国境を超えて親しまれています。今や海外の人々の心をも捉える盆栽ですが、その魅力は一体どこにあるのでしょう。国内のみならずアメリカやヨーロッパでの普及活動にも力を注ぐ盆栽師の森隆宏さんが、連載エッセイで盆栽の味わい方、楽しみ方を発信します。

2016.12.22

11.土地と声をめぐって
――台湾系ニホン語人はいつまでも揺れている――

満月から2日ほど過ぎた夜でした。空に浮かぶ月が、いつもよりも間近に迫って見えて、どきっとしました。車から降りると、空気は刺すように冷たく、地面には凍った雪が残っています。青森は寒い寒いと覚悟していたから、ちゃんと空に見惚れる余裕はありました。お月さまだけではない。星も、間近に迫ってきます。一粒一粒が煌々と輝いているのを感じます。ふだん自分の見ている空はずいぶん遠くにあるんだなあと思わずにいられません。さあこちらに、とうながされて向かったのが「八戸ブックセンター」。八戸市が"公共事業"としてスタートさせたばかりの「町の本屋さん」です。

2016.11.21

10.バイクに揺られて、揺さぶられ
――北投ヘテロトピアのススメ――

ふだん、あまり車に乗る機会がありません。オートバイなんて、もってのほか。だからあの日、私は緊張まじりの昂揚感とともに台北捷運(地下鉄)の淡水線に揺られていました。

2016.10.20

9.散歩は、おとなの証拠とばかりに・・・・・・

「台北市立美術館(Taipei Fine Arts Museum)」といえば、台北ビエンナーレの本拠地として大変有名な美術館ですが、長いあいだ私にとっての「台北市立美術館」は、夜、私たち家族のために叔父が走らせる車の窓から眺める白い壁のことでした。ライトアップされた光の中に白いその壁が浮かびあがるたび、うっとりとさせられました。

2016.9.20

8.台湾系ニホン語作家、準台北人作家と出会う

台北に滞在するときは、いつも淡水河を望む父の「家」に泊まります。日本よりも台湾にいることの多い父が購入した3LDKのマンションのことです。両親の寝室、父の書斎。最後の一部屋は、シングルベッドと机がふたつずつ。私と妹のためのものだと父は言います。だから台湾の父の「家」は、私たち姉妹にとって、母の住む東京の家とともに、もうひとつの「実家」のようなものです。

2016.8.19

7.『屋根裏の仏さま』を読んで(後篇)

去る6月25日、私は飛行機に乗りました。国内線なので、パスポートは必要ありません。いずれにしろ、離陸する瞬間と着陸間際は心が昂(たかぶ)ります。福岡空港から乗った地下鉄に揺られていると、隣の席の老夫婦がしゃべる穏やかな声が聞こえてきて、ふだん東京で耳にする日本語とはやや異なるイントネーションにいつまでも耳を傾けていたくなりました。

2016.7.20

6.『屋根裏の仏さま』を読みました(前篇)

ジュリー・オオツカの『屋根裏の仏さま』(新潮クレスト・ブックス)が店頭に並んだのは今年の3月下旬。刊行直後、たちまち絶賛となりました。のんきな私は何も知らずに、4月も半ばに入ってから本屋さんで、綺麗というよりは可愛らしい花々が描かれた表紙に惹かれて手にとりました。一枚めくったとたん、もう虜でした。

2016.6.20

5.台湾文学を読んでみる その① 黄春明「戦士、乾杯!」

白状すると私は、台湾の小説をあまり積極的に読んできませんでした。台湾の文学を読もうとするときに、台湾人でありながら日本語に頼らなければならないのがもどかしく、少々くやしくもあったからです。しかし二年ほど前、日本語に翻訳されたある作品を読んで以来、くやしがっている場合ではない、と痛感しました。日本語を頼ってでも、読むべき文学が台湾にはいっぱいあるようだ! 私に強くそう予感させたのは、黄春明(こう・しゅんめい)による「戦士、乾杯!」と題された短篇です。

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