まず、被災地の皆さん、そしてその家族や親戚の皆さんに心からお見舞いを申し上げます。18年も日本にいますけれども、こんなにつらい出来事を見たことはありません。しかし、震災後に目の当たりした、現地の皆さんと全国の皆さんの団結力や忍耐力、努力もみたこともないぐらいです。一丸となって力をあわせている日本はやはりすばらしい。全世界はこの国の強さに驚いています。僕もその一人ですし、僕も皆さんと同じように一刻も早い復旧と復興を願っています。そして僕は信じています。この国なら何でもできる!これでも乗り越えられる!がんばっていきましょう!
※ このインタビューは3/8(火)に行われました。
日本人とアメリカ人の漫才コンビで知られるパックンマックンのパックンことパトリック・ハーランさんが、自らの日本語勉強体験を紹介。 日本語学習サイト制作者と日本語の学び方のアイデアから日本のポップカルチャーと伝統文化、さらにパトリックさんから見た日本人について語ってくれました。(聞き手:関西国際センター日本語教育専門員 川嶋恵子、日本語国際センター専任講師 赤澤幸)
──どんなきっかけで日本語を学び始めたのですか?
パックン:日本に来たのがきっかけです。日本人がいっぱいいるから日本語を喋らないと、と思って。 友達が日本に来ることになっていて、彼が誘ってくれたんだけど、僕は日本語を勉強したこともなければ、日本についてもあまりよく知らなかった。23歳のときに、ほぼゼロから日本語を学び始めたんです。
──知っていたのは、日本車ぐらいとか・・・
パックン:あとニンジャとか、サムライとか。どちらもアメリカで大人気なんですよ。『Teenage Mutant Ninja Turtles』というTV番組、ご存知ですか。カメなんだけど、ニンジャでミュータント(突然変異体)なんです。ハチマキを巻いて、刀やヌンチャクなどを使う。それから、もう20年くらい前ですけど、当時のアメリカでは、ドラマの『SHOGUN』のミニシリーズが放映されて大人気で、ジェームズ・クラベルが書いた原作の小説を読んだこともあります。それから当時は、ジャパニーズミラクルと言って、アメリカの象徴となる建物を日本人がどんどん買い占めている時期だったんですね。
──バブル期ですね。
パックン:そう。だから、僕はハーバード大学在学中だったけど、日本に行けば儲かるんじゃないかと思ったんですね。卒業する寸前に誘われて日本に行くことにしたんですけど、上陸した瞬間にバブルが崩壊して、何か話が違いますけど?!ということに!
──しかも最初に行ったのが、北陸地方ですね。
パックン:福井です。めっちゃいい所で、福井のおかげで日本が好きになったんです。人情というか、人が温かい。日本人はみんな窮屈な住宅で暮らして、仕事中心で生きているというイメージがあったけど、福井の皆さんは家族中心で生きているし、大きな一軒家に住んでいるし、車社会だしと、意外にアメリカっぽい。あれが日本。東京は別の国ですよ。まぁ、これはコロラドというロッキー山脈のふもとの大草原という、アメリカの田舎育ちの僕の偏見なんですけどね・・
──福井で働くことになったきっかけは?
パックン:友達が福井で働いていたから、僕も住もうと。駅前の交番に行って、「すいません、近くに英会話学校ありませんか」と聞いて、警察官に教えてもらった所で履歴書を出して、何とか・・。
──そんな行き当たりばったりな?
パックン:そんな生き方ですよ!
──日本語を勉強していて、最初にぶつかった壁は何でしたか。
パックン:最初は全く訳わからないですよ。まず語順です。何で「I am a boy」じゃなくて「I boy am(私は男の子です)」になるのか。何で「I store fruit buy go(私は店に果物を買いに行きます)」になるのか。
──日本語の場合、主語、述語という順番だからですね。
パックン:そうなんです。その次にぶつかったのが主語がない表現ですね。「元気ですか?」と言われても、アメリカ人の感覚で言うと「誰が?」みたいなことになります。もっとすごいのは、例えば、僕がヘルメットを持っていたら、誰かに「バイクですか?」と聞かれるわけです。 「パトリックさんはバイクに乗って来ましたか?」と聞こうとしているのですが、「バイクですか?」だけだと、アメリカ人に伝わらないのです。「いや、僕はバイクじゃない、人間です」って答えちゃったり・・。そういうトラブルもありました。
──漢字はどうでしたか?
パックン:苦労しました。でも漢字はある程度覚えると、逆に語彙力を上げるのがすごく簡単になるんです。基本の数を覚えてしまえばあとは応用が利くこともありますし、100覚えれば、その次の100覚えるのがさらに早くなる。500覚えたら、その次の500、1000が倍、3倍速くなるんです。
──コツが分かるんですね。
パックン:はい。漢字を覚えると、新しく聞いた単語を漢字で分析すれば、その意味もわかります。「冷蔵庫」の冷は冷やす、蔵は「くら」だし、車庫の庫で、何か物置的なイメージです。その3つの字を組み合わせれば何となく意味がわかります。英語でrefrigerator(レフリッジレイター)と言われても、レはレーズン(raisin)のレですか、みたいな感じになります。日本語は単語が合理的ですよね。 ただ漢字が読めるようになっても、書けるようになるには時間がかかりました。未だに苦戦してます。だいたい書けるんですけど、去年は漢検準1級に挑戦して玉砕しましたしね。
──準1級はすごい! 日本人でも持っている人は少ない。
パックン:めっちゃ大変ですよ。書けても意味わからん、みたいな・・・。でも、「用管窺天(ようかんきてん)」という表現を知って、すごくいい、使いたいなと思いました。英語でtunnel visionという言い方があって、視野を絞ってものを見ているという意味なんです。同様に用管窺天は管を用いて、空を窺(のぞ)く。もう少し大きな目で物を見ようよというときに使えばいいんですね。「あいつはいつも用管窺天で物事を考えているんだ」と。
──よくご存じですね。でもそんな会話、聞いたことがない!
パックン:でしょ。いいなと思って、せっかく覚えたのに、使うと周りが「はぁ?」みたいな顔をする。だから結局自己満足のために覚えているんですね。
◎サイトでセリフの実際の音声が
聴けるのはとても楽しい。
──日本語能力試験*1は1級をお持ちですね。学校で勉強していたのですか。
パックン:1級は来日して2年目で取りましたが独学でした。学校はクラスで遅い人のペースに合わせられることがあるので、あまり好きじゃないんです。僕はできるなら1番ペースの早い人でいたい。けれど、みんなを引っ張るのは、僕より器の大きい人の役割であって、僕は自分のペースで突っ走りたいほうなんです。
──2年独学しただけでも、1級が取れたのですね。でも話す練習は大変じゃありませんでしたか。
パックン:僕は文法よりも話すほうが先でした。日本に住んでいたから、どこへ行っても日本語の先生がいる。銭湯に行って隣の人に話かければその人が先生になるし、飲みに行くと酔っ払ったおっさんが先生になります。
──みんな少しは日本語を学んでから来るケースが多いと思うのですが、いきなり日本に来て会話から始めるのは珍しい。すごいチャレンジャーですね。
パックン:まぁ、勉強しないで外国行くのはバカですよ! 基礎ができているほうがもっと早く馴染めると思います。だから海外から、「アニメ・マンガの日本語」*2のサイトなどを見ている方は偉いと思います。
──昔のパックンと同じで、いま海外にいる若い人たちも日本のイメージというと、ピカチュウとかNARUTOとかなので、日本語を勉強するきっかけがアニメやマンガという人も多いそうです。そこで、アニメやマンガに出てくる言葉をコンテンツの中に取り入れて、日本語を楽しく学べるというサイトが「アニメ・マンガの日本語」です。
パックン:見てみましたが、おもしろいですよ。アニメ好きの人は絶対ハマると思います。いったいいつ使うんだろうというフレーズも結構ありますが・・
──NARUTO、ワンピース、ブリーチなど、海外で人気のあるマンガ160作品の中でよく使用されているものを選んであるので、あくまでアニメやマンガに出てくる表現であって、実生活ではあまり使わないものもありますね。
パックン:でも、それが楽しんですけどね(笑)。「おかえりなさいませ、ご主人様」とか言う執事は実生活ではほとんどいないし、こんな会話、観光客がいつ使うんだろうと思うけど、でも実際に日本に来る人より自分の国でアニメを見ている人のほうが圧倒的に多いので、アニメでそういうシーンを見ると、「あ、サイトで習った」となるでしょうね。 あと、使いたいなら、メイド喫茶に行ったらいいですし!
――あと、このサイトは海外で人気のある恋愛・学園・侍・忍者、の4つのジャンルがあって、音が聞けたりゲームなどで楽しく日本語が覚えられるのです。
パックン:あ、このエクスプラネーションのコーナーとか大事。「語尾が上がるイントネーションで言うと女の子っぽい。」 とか、こうしたことは、本当は外国人が知りたいことなのに、なかなか教えてもらえないところで、よく勘違いするんです。僕も通った道なんだけど、先生が女性だった場合、外国人の男性はみんな女性口調になったりするんです。 男の子の「ごめんね」と女の子の「ごめんねー」の違いなど、わかりやすく説明してくれていて、ありがたい。
◎「ピッ」じゃなくて「パッ」?
擬音語、擬態語はおもしろすぎる。
──サイトでは、オノマトペ(擬音語、擬態語)も紹介しているのですが、オノマトペはほんとうに日本語的なものですよね。
パックン:本当に日本語ペラペラになるには擬音語、擬態語を身につけないとどうにもならないですね。これだけ擬音語、擬態語が豊富な言語は他にないかもしれないと思います。みんな僕みたいに「流暢」とか言えばいいのに、「ぺらぺら」と言ったりしますし・・・僕はNHKのアニメ「リトルチャロ」の英語脚本を担当していますが、擬音語、擬態語は本当に苦労しました。擬音語は英語にもだいたいあるんですが、擬態語は難しい。「ピタッと立ち止まる」とか「パッと振り向く」とか。「パッと変身する」とか言っても、光ったり、爆発していたりしているわけではないし、音も何もない。この「パッと」は「突然」という意味ですね。でも、それをsuddenlyとかat that momentとか、いちいち訳するのも違う。
「パッ」でも「ピッ」でも同じじゃないか、「ピッ」と立ち上がればいいじゃないか、なんで「パッ」なんだ、と外国人は思うんですけど、日本人にとってはやはり「パッ」なんですね。日本人は辞書にも載っていない、初めて聞く擬音語でもだいたいイメージがわかる。不思議ですよね。
1番ひどいのは、音のない擬態語です。静けさを表す「シーン」とか、本当にやめてくれよ~と思いますよ。音がない状態を擬音語で表してどうするんだよと!
──でも日本人にとっては、「シーン」というと、本当に音が無いんだな、と伝わりやすいんです。
パックン:でも「シーン」という音があるじゃないかと思ってしまう。おもしろいですよね。擬音語、擬態語は日本語の学習者がみんなめっちゃ悩む所でもありますし、まだマンガアニメだからこそ出来るレッスンだと思うんですね。絵に合わせて、ドドーンとかバシャーンとか見て、ああこういう事なんだなと多分すぐ記憶出来ると思うんですよ。
◎漢字は勝手にストーリーをつくって覚えていくのがパックン流
パックン:この漢字ゲームの忍者ものの初級には「奪う」が出ていますが、これ漢検2級ぐらいですよ。難しい。全体に見ると、漢検準2級から3級ぐらいのものが多い印象ですね。昔、このサイトがあったら僕も使ったのにな。僕は漢字が大好きなんです。自分なりの覚え方しているから、それぞれの漢字に親近感が湧くんです。さっきの用管窺天の「窺」ですが、書けますか?
──パソコンでなら書けます・・!
パックン:穴かんむりに規則の規と書くんですが、「穴から夫が見てる。窺いているな」と覚えるんです! ストーリーがあるのが面白いんですよ。「掻く」もそうで、マタ(又)に虫がいたから手で「かく」と覚えている。で、馬のマタに虫がいると「騒ぐ」。別にストーリーはないけど、男、女、男と書いて、何と読むかわかります?「嬲る」で「なぶる」です。木へんに毛を3つ書いて、「橇(かんじき)」。木の枠に毛がいっぱい貼ってあるのが橇だと思えば、わかりやすいですね。
納得いかないのが、「椿」。 だって春の木といえば桜でしょう?!
――漢字って海外では人気あるのですよね。
パックン:セーラ-ムーンが好きな僕のアメリカの姪っ子、いわゆるオタクなんですけど、
首に漢字でタトゥーを入れてるんですよね。何だと思います?
強い女性を指す、女性の強さをイメージしてつけたやつなんですけど、日本人だったら絶対入れないタトゥーです。
・・「女神」(Goddess)という英単語。すごいですよね・・・。
あとNBA(北米プロバスケットリーグ)の選手で「勉強」と入れてる人もいますよね。お前バスケばっかりやってて勉強してないだろう、って! MLB(メジャー・リーグ)の投手で、「大安」って入れてる人もいる。きょう仏滅なんですけどみたいな・・・(笑) あとトニー・ラズロさんとは仲がよくて、週1回は必ず会うんですが、彼は漢字オタクで本当の由来を調べて暗記するタイプ。僕は勝手にストーリーをつくって、とりあえずツールとして覚えるタイプ。彼は漢字の書き順にも意味があると言って気にしますが、僕は全然気にしない。(笑)
●続きは 4/15 UP
留学生「エリン」とパックンの好きな作家やウォッシュレットについて
【関連記事】財務省広報誌「ファイナンス」に、当基金吾郷上級審議役が「日本語能力試験」と「日本語教育」について寄稿しました。
世界中から87万人が応募! 厚切りジェイソンやパックンも受けた日本語能力試験と日本語教育
パトリック・ハーラン
米国出身のタレント 通称:パックン。1970年生まれ。米・コロラド州出身。ハーバード大学比較宗教学部卒業後、来日。 日本語能力試験1級。 英語関連のTV番組などに多数出演。 相模女子大学客員教授。 著書に「パックンの中吊り英作文」「トゥースフェアリーの大冒険」などがある。
*1 日本語能力試験 http://www.jlpt.jp/
日本語を母語としない人を対象に、日本語能力を測定し認定する試験。国際交流基金と(財)日本国際教育支援協会が共催で実施。2009年の受験者は国内外約77万人にのぼり、世界最大の日本語試験となっている。
*2 「アニメ・マンガの日本語」 http://anime-manga.jp/
2010年2月に公開された、アニメ・マンガのキャラクターやジャンルの日本語が楽しく学べるサイト。海外で人気のあるアニメ・マンガ作品の実際のセリフなどに基づいて制作され、アニメ・マンガの世界観の中で楽しく日本語を学ぶことを目的としている。
※国際交流基金(ジャパンファウンデーション)ではインターネット学習サイトのほかにも、日本語教育機関への支援、日本語教師や学習者の研修など海外における日本語教育に関する様々な事業を行っております。
Photo by Kenichi Aikawa