河瀨直美
映画監督
スペイン北部バスク州のドノスティア=サン・セバスティアンで毎年9月に開催される映画祭は通称サン・セバスティアン国際映画祭という。1953年に始まり、1957年に国際映画製作者連盟公認の国際映画祭となった由緒ある映画祭だ。2009年に「玄牝」でコンペティション部門にノミネートされ、国際批評家連盟賞を受賞した。この町は、人口18万人の小さな街だが、ここ10年で世界中から美味しいものを求めて人が集まりだし、「美食世界一の街」として知られるようになったという。その背景には、料理というものを知的産業として売り出すという町おこし戦略がある。
かくゆうわたしもここに滞在中には、街のあちこちでピンチョス(日本でいうお寿司みたいなもの。ただし、ご飯ではなくパンの上にいろんな魚介を中心にした食べ物が載っていて、一口サイズで食べられる)をつまみにバスク特有のチャコリという微発砲性の白ワインを呑みながら、談義した。基本的にこういったお店はカウンターの立ち飲み(喰い)になっていて、ラフな話がしやすいのも特徴だと思う。少し時間のあった一日には、郊外のシードル(りんごの発泡酒)蔵元に行った。ここにはりんご畑の中にレストランも併設されていて、大きな骨付きお肉をその場で炭火で焼いたり、シードルは貯蔵庫までコップをもってゆき、樽から直接汲ませてもらえるシステムで、5歳の息子も大喜び。とにかくおいしい思いを沢山できた旅となった。
さて肝心の上映だが、公式上映会場は千人規模の大ホールである。ここが満席になるということは、いかに市民のみなさんに映画が好意的にとらえられているかということの表れだと思う。サンセバスチャンの市民にとって映画がとても身近な文化なのだということに感動しながらも、一番うれしかったのは、やはり上映後。会場から出ると、外に向かう通路に人々が並んで拍手で送りだしてくれるのだ。映画を観る前ではなく、今、まさに映画を観た方が満面の笑みで見送ってくれるなんて夢にも思わなかったので思わず涙が溢れた。また、地元の小学生には、宮崎アニメを鑑賞してもらう取り組みも地域をあげてしているようだった。ホテルのTVではドラえもんが吹き替えで放映されていたから、日本のアニメがバスク地方の子供たちに根付いているのは確かなことだった。幼い頃から映画文化に触れることで、大人になっても映画が身近に感じてもらえるというのは、自分の暮らす町でも見習いたいことのひとつだ。
この街は海に面していて、サーフィンのメッカだとも聞いた。なるほど、朝から沢山のサーファーたちがいい波に出会うために浜辺に姿を見せている。また、ジョギングや散歩をしている人々が多く見られた。いいものを食べ、健康管理をし、映画文化を通して芸術的感性を養ってゆくということは、きっと人生を豊かにすることに繋がってゆくのだと思う。そういう街をまた訪ねたいと思うことも必然だし、日本は、固有の文化を通して、それを生かしたサンセバスチャンのようなみんなが元気になる観光を中心とした知的産業を発信してゆければいいなと思う。
河瀨直美
生まれ育った奈良で映画を撮り続ける。
「萌の朱雀」(96)カンヌ国際映画祭新人監督賞を史上最年少受賞。
「殯の森」(07)カンヌ国際映画祭グランプリ受賞。
「玄牝-げんぴん-」をはじめドキュメンタリー作品も多数。
自らが提唱しエグゼクティブディレクターを務める『なら国際映画祭』は今年9月14-17日に第2回を開催〈http://www.nara-iff.jp/〉。
奈良を撮りおろした作品「美しき日本」シリーズをWEB配信中〈http://nara.utsukushiki-nippon.jp/〉。
公式サイト:http://www.kawasenaomi.com/
公式ツイッター:https://twitter.com/#!/KawaseNAOMI