河瀨直美
映画監督
アデレードの街並み
2009年、オーストラリアのアデレードという場所で開催されている映画祭に国際審査員として招かれた。この町は文化と芸術の町として有名だ。バロッサ音楽祭、アデレード芸術祭、アデレード映画祭、アデレード・フリンジ・フェスティヴァルなどにあわせ、オーストラリア最大のワールドミュージックのイベントも開催されている。世界からこれらの祭典に合わせて多くの芸術家、パフォーマーが訪れる。わたしは3月の映画祭に参加していたのだが、この時期に、アデレード芸術祭も開催されているので、近くの大通りでは大規模なパレードが行われていたり、それに合わせて、アデレード大学の学生たちが仮装をして町中に繰り出したり、はたまた近くの公園では遊園地さながら小さなテントを建てて簡易の芝居小屋が出来上がっている。こうして沢山の人が集まる場所には、多くのパフォーマーがところせましと集合し、大人から子供までが楽しめる場が町全体に広がりはじめる。当時4歳になった息子を連れて行ったので、本人は大喜び。ちょっとしたアトラクションもあって大興奮だった。
ふと、故郷の奈良を思うと、こうして多くのパフォーマーが表現をできる場所が沢山あることに気付く。奈良公園の一角にテント小屋が立ち並び、沢山の人々がそこで彼らの表現に出会う。大人も子供も町全体を楽しんで散策する。いつかそうなればいいなと思う。
アデレードでは休みの日には通りが歩行者天国になり、市がたつ。手作りの小物を扱うお店や、マッサージをしている人もいる。絵を描いている人、占いをしている人。それだけでなんだかわくわくする休日だ。
さて、審査のほうは、ニューヨーク近代美術館のキュレーターが委員長となり、滞りなく進んだ。合計7名の審査員の中には、ノーベル文学賞を受賞した南アフリカの作家がいたりしてとても刺激的だった。お互いが暮らす地域からはそれぞれに遠く離れたアデレードで一堂に会し、同じ映画を見て議論する。それはとても有意義な時間であった。最終日はワイナリーに案内してもらって、そこに併設されているレストランで食事をした。
こうしてアデレードの町に学ぶことが沢山あった映画祭であるが、ひとつ言えることは、アデレードという町がイギリスの植民地になったあと、そのまだ浅い歴史の中で文化を創り上げてゆく必要があったということだ。だからこそ白紙のものの上に文化をまず築くための政策がとられたのだ。実は、そこに莫大なお金をかけてでも、新たな文化を創造することが大切だと考えている人々がいることを知ったとき、日本の奈良という土地に生まれ育ち、気づけば千年という単位の歴史、文化の上に暮らしている奇跡に感謝する。だからこそ新しいことを始めるのはとても難しく、ハードルはとても高いのだが、この歴史と文化を誇りにしっかりとした意志をもって、こつこつと自らの役割をつとめてゆきたいと思う。
河瀨直美
生まれ育った奈良で映画を撮り続ける。
「萌の朱雀」(96)カンヌ国際映画祭新人監督賞を史上最年少受賞。
「殯の森」(07)カンヌ国際映画祭グランプリ受賞。
「玄牝-げんぴん-」をはじめドキュメンタリー作品も多数。
自らが提唱しエグゼクティブディレクターを務める『なら国際映画祭』は今年9月14-17日に第2回を開催〈http://www.nara-iff.jp/〉。
奈良を撮りおろした作品「美しき日本」シリーズをWEB配信中〈http://nara.utsukushiki-nippon.jp/〉。
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