柳坪 幸佳(国際交流基金北京日本文化センター)
83万人の日本語学習者(*)、そして1.5万人の日本語教師数を抱える中国で、国際交流基金北京日本文化センターには、筆者を含めて3名の日本語専門家(以下、専門家)が在籍し、日々教師研修や教材作成に取り組んでいます。今回は私たちの仕事の中から、中等教育機関(中学・高校)の日本語教育と、それを支援するための教材開発についてお話したいと思います。
(* 編集部注 本稿は2013年5月時点での執筆です。2013年7月8日に国際交流基金が発表した「2012年 海外日本語教育機関調査 速報値」では、中国の学習者数は約105万人に増えていることが分かりました。)
外国語科目としての日本語
「中国では中学生や高校生が日本語を勉強することがあるの?」 と、日本の方に質問されたことがあります。
中国の中等教育機関では英語・ロシア語・日本語の中から第一外国語を選択することになっており、この三言語はいずれも大学受験科目としても認められています。日本語は英語に続いて学習者数が多く、最近は英語に押され気味とはいえ、今でも東北地方(吉林省・遼寧省・黒竜江省)を中心に多くの生徒たちが第一外国語として勉強しています。
最近の新しい傾向として、英語の他にもう一つ外国語を勉強する生徒たちが増えていることが挙げられます。選択される言語は、日本語の他にもドイツ語やフランス語、スペイン語など様々です。「双語」といって両方の言語を週に何時間もしっかり学習する学校もありますし、選択科目や課外活動として週に一回勉強する学校もあります。
「週に一回だけじゃ、なかなか上手にならない」という意見もあるかもしれません。けれどもほんの少しだけ外国語を勉強することによって、新しい世界に関心を抱き、豊かな人間に育つのはとても素晴らしいことではないでしょうか。
中国の若者向けに開発された日本語教材
このような状況を背景に、国際交流基金北京日本文化センター(以下、北京日本文化センター)では人民教育出版社(中国)から、2013年4月に『艾琳学日語 エリンが挑戦!にほんごできます。』(以下、『艾琳』)を出版しました。これは、国際交流基金が2007年に出版した『エリンが挑戦!にほんごできます。』(以下、『エリン』)を現代中国の若者向けに編集したものです。
人民教育出版社(中国)から、2013年4月に出版された『艾琳学日語 エリンが挑戦!にほんごできます。』
この教材は、DVDを見ながら今の日本の高校生の日常生活や日本の様子を感じてもらうことを目指しています。また、新しく作成した『艾琳』では、教室でそのまま使ってもらえるように練習問題を増やし、活動やゲームをたくさん書き下ろしています。また、2010年に公開されたWeb版「エリンが挑戦!にほんごできます。」とリンクさせて、自宅学習ができるようにも工夫されています。
Web版「エリンが挑戦!にほんごできます。」中国語版
『エリン』はもともと「日本語で何かができるようになる」という「課題遂行」を理念としていましたが、更にJF日本語教育スタンダードに基づいてCan-doを組みなおしました。それによって、日本語をまだ3回、5回しか経験していない生徒たちにも「できた!」という達成感を味わってもらいたいと考えています。
異文化理解能力も伸ばす教材
もうひとつ大切にしたいのは、「文化」です。この教科書は、JF日本語教育スタンダード同様、課題遂行と並んで異文化理解能力の育成を重視しています。10代の中学生・高校生に、「世界には自分たちと違う習慣や考え方がいろいろある」という気づきや、どうしてこうなっているんだろう」と考える力、そして「自分たちの国はどうなっているのだろう」と振り返る力をつけてもらいたいと思っています。そのために、もともとの『エリンが挑戦!』の上に、更に「文化」というページを新たに設け、気づきや振り返りを促すような仕掛けを多く取り入れています。
新しく出版した教材からのひとコマ
エリンたちが中国にやってくるという描き下ろし漫画も
出版に際して、北京の中等教育機関において事前に試用を行いました。DVDで学習するというスタイルはとても新鮮だったようで、生徒たちは「面白い」「楽しい」ととても喜んでくれました。また、映像に現れる日本の高校生の様子に「部活が楽しそう」「夜一生懸命勉強している生徒がいることがわかった」「中国と同じところもたくさんある」など、たくさんのことに気づき、親しみを感じていることがわかりました。10代の若者たちが成長していく中での異文化理解。そのことを、第二外国語としての日本語教育の中で、大切にしていきたいと思います。
教える中国人教師への研修
2013年5月には、北京にて出版記念研修会を行いました。北京及びその近郊から先生方が集まってくださいました。
出版記念研修会の様子
教材の説明会、試用を行った機関からの報告の後、「異文化理解を考える」「第二外国語/第一外国語の授業でどのように使えるか」というテーマで専門家が講義を行いました。
参加してくださった先生方は、第二外国語、あるいは課外活動として日本語を教えているという先生も多く、「この教科書を使うと授業が生き生きする」「日本の高校生の生活や日本文化について興味が引き出せる」など、多くの声が寄せられました。
『艾琳』はまだ生まれたばかりです。そして中国の中等教育機関における日本語教育の新しい波も、これから広がってくるものだと思います。こういった波の中で私たちにどんなことができるのか、中国の先生方と一緒に考えていきたいと思っています。
『艾琳学日語』を使って、中国の中学・高校生向けに開かれた日本語講座
本教材作成以外の北京日本文化センター専門家の業務については以下をご覧ください。
国際交流基金北京日本文化センターHP
「北京つなぐブログ」(専門家のブログ)
(2013年7月公開 国際交流基金ホームページ掲載「世界の日本語教育の現場から 日本語専門家の声」より転載)