日本研究・知的交流部
欧州・中東・アフリカチーム
(担当:嶋根)
2009年9月11日から12日に、国際交流基金(ジャパンファウンデーション)とアルザス・ヨーロッパ日本学研究所(CEEJA)は、ドイツに接するフランス・アルザス地方のキンツハイムにある同研究所において、標題のセミナーを開催しました。
■概要
この日本研究セミナーは、広域的なテーマを設定して、そのテーマに掛かるヨーロッパの若手研究者を一同に集め、日本から派遣された講師と共に、相互の発表を聞き、意見と議論を交わすことで、各人の研究を広げつつ深めるとともに、隣接領域を横断するようなヨーロッパにおける若手研究者のネットワークを形成することを目的としています。
一昨年、昨年のテーマ「江戸」に引き続き、本年は「明治」がテーマとなりました。講師は、明治から現代にかけての日本政治史がご専門で、『明治国家をつくる』などの著書のある御厨貴教授(東京大学)です。
三方をブドウ畑に囲まれ、アルザスの山並みを彼方に仰ぐ風光明媚な地の、元成城学園アルザス校の学生寮を改装したCEEJAにおいて、参加者は寝食を共にしつつ、活発な議論を行ないました。
セミナーの参加者一同
■各発表
冒頭、村上ジルーCEEJA副所長/ストラスブール大学教授、大嶋パリ日本文化会館副館長の開会挨拶の後、講師の御厨教授より大要次のとおり基調講演がありました。
「1931年に"明治は遠くなりにけり"と言われて既に70年以上が経っており、日本での関心は専ら現代となって明治研究など流行らなくなってきている。加えて昨今は、経済的価値、端的にいうならお金儲けに繋がらない研究は、実用の役に立たないとして切り捨てられ、日本研究をはじめ人文・社会科学などカネとヒマがあればやっても良いという程度に軽視される傾向がある。これ自体由々しき事態だと考えるが、例えばそれ自体で完結しているかに見える明治研究は、現代をより深く理解する格好の材料となる。8月末の政権交代以降、多くのメディアで意見を求められたが、他の識者の多くが現代的視野に終始するのに対して、自分の研究は明治から現代までを対象としているため、過去に多くの参照点を見出すことができた。このように明治研究は、現代の課題に対する直接的解答ではなくとも、現代の理解を豊かにするものであり、皆さんの研究に期待している。」
続いて各参加者の発表がありました。発表順に以下のとおりです。
高世信晃/ロンドン大学SOAS博士課程(英国)
「陸奥宗光の描く明治国家像-陸奥のヨーロッパ政治制度研究と日本への導入について」
この発表では、陸奥宗光の留学時における政治制度研究を丹念に読み込み、陸奥がヨーロッパの政治制度をいかに研究してその導入を計ったのかを検証し、これまで注目されていなかった陸奥のいわば「明治国家設計者」としての一面を明らかにしました。
マッティン・ノーデボリ/ヨーテボリ大学助教授(スウェーデン)
「西洋化に対抗する-明治初期にアメリカの教科書が小学読本へ」
この発表では、学制発布直後に文部省が米国の教科書Willson Readerを翻訳して作った「小学読本」を原典と比較することで、キリスト教的価値観が儒教的価値観に転換されるなど、国家形成期の明治政府がいかに近代化と伝統の保持の両立を図ったかを明らかにしました。
山梨淳/社会科学高等研究院博士課程(フランス)
「二十世紀初頭における転換期の日本カトリック教会-日本人カトリック者とフランス人宣教師との関係を中心に」
この発表では、近代日本でのカトリック布教を一手に担ったパリ外国宣教会と、二十世紀初頭の日露戦争前夜、一流国民としての自覚を持ちつつあった日本人カトリック者(前田町太など)との関係を検証し、明治期のカトリック教会の性格を明らかにしました。
レスチャン・アニタ/ELTE大学博士課程(ハンガリー)
「明治維新における神仏分離」
この発表では、神仏習合から説き起こして明治政府の行なった神仏分離政策とその結果生じた廃仏毀釈運動を概観した上で、祇園祭を例に神仏分離の影響を具体的に検証しつつ、一般日本人の内面を考察し、日本人の神道でも仏教でもない曖昧な宗教性の原因を明らかにしました。
セミナーの様子
太田知美/東アジア文化研究センター研究員、ストラスブール大学講師(フランス)
「明治期荷風テクストにおける家族表象-虚構の日本の家族像、理想的な西洋家族像」
この発表では、1910年前後の永井荷風の小説における虚構の日本の家族像と理想的な西洋家族像の対比、また更に西洋家族の理想像の変容を分析して、荷風作品における愛、結婚、家族像を明らかにしました。
フレデリック・エブラール/上アルザス大学博士課程(フランス)
「日刊新聞草創期の連載小説をめぐって」
この発表では、明治の日刊新聞草創期の連載小説をめぐって、草双紙やフランスの政治小説の影響などを踏まえつつ、当時の大小の新聞社間の販売合戦、また読者の反応を背景にした作家と挿絵画家との協力関係などを明らかにしました。
シルヴァーナ・デマイオ/ナポリ大学「オリエンターレ」専任講師(イタリア)
「明治初期の日本における伊太利亜王国海軍の艦隊」
この発表では、『リヴィスタ・マリッティマ』(海事雑誌)の記録を参考にしつつ、英仏列強に追随する黎明期イタリア王国海軍の日本における出来事を検証して、明治初期のイタリアと日本の《出会い》を明らかにしました。
セミナーの様子
阿久津マリ子/リヨン第3大学博士課程(フランス)
「ヨーロッパ影響下における19世紀後半の伊万里焼生産の近代化」
この発表では、伊万里焼が、数度のヨーロッパにおける万国博覧会を契機に、ヨーロッパ陶磁器の高品質を認識して陶製機械の調査・導入を行なった結果、生産の近代化を達成したことを、導入された技術や伊万里焼生産会社の方針・盛衰など具体的に検証しながら、明らかにしました。
オルガ・マカロヴァ/ロシア国立人文学大学博士課程(ロシア)
「明治日本における『ナショナル美術』の概念」
この発表では、明治になって初めて「国民国家」となった日本における「日本美術」の概念について、同様にヘーゲル哲学に依拠しながら、世界の美術の「イデア」と捉えたフェノロサと、アジア文化の「博物館」と捉えた岡倉天心を比較しつつ、明らかにしました。
■意見など
それぞれの発表に対しては、講師の御厨教授をはじめ他の参加者から様々な質問やコメントがありました。
また、なぜヨーロッパで日本研究を志すのか、その動機やきっかけを聞いたところ、日本研究でありながら日本語で発表されたものは存在しないかのような欧米の学界に挑戦するため、留学した先の地域研究から始まりその国から見た日本に関心が移ったため、反対に日本に留学して日本に対する関心を深めたため、或いは昔の自国人による日本の描写への興味から当時の日本社会への関心を広げたため、等々の答えがありました。
最後に、御厨教授より以下の通り総括がありました。
「九つの発表は、全体として幅広いテーマながら、いずれも想像していた以上に生産性豊かなものだった。母国語でない日本語で発表された方の苦労は想像に難くない。また日本人の方も含めて、日本ではなくヨーロッパで研究しているからこそ見えてくる視点で研究されていた。他方で研究者個々人は割と孤立しているとも聞いた。このセミナーを、一層の研究を深めるいわばスプリングボードにしつつ、またネットワークを広げる端緒にしてもらいたい。」
なお本セミナーの報告書は、今後刊行予定です。