カシミロ・ヴァレンティム・ペレイラ・ザカルノ
アーティスト
東ティモールは2012年5月20日に独立10周年を迎えました。また、日本と外交関係を樹立してから、ちょうど10年目にもあたります。そこで、両国は2012年を「日本・東ティモール友情と平和の年」(日本・東ティモール外交関係樹立10周年記念平和年)とし、様々な交流事業を実施しています。
その一環として、国際交流基金では、アートを東ティモールの平和構築、文化的アイデンティティの発見と発展に役立てる取り組みを行っている東ティモールのアーティスト、カシミロ・ヴァレンティム・ペレイラ・ザカルノ(通称:ジル)さんを、JENESYS東アジアクリエータ招へいプログラムにて、日本に招へい、ジルさんは、2012年5月~7月にかけて、トーキョーワンダーサイトにて滞在制作を行い、その成果を7月21日に発表しました。
日本での滞在や成果展を終えたジルさんに、アートを通して自国文化の回復を目指す意気込みを語っていただきました。
―今年独立10周年を迎えたばかりの東ティモールですが、文化や環境の全く異なる日本でのアーティスト・イン・レジデンス体験はどうでしたか?
東ティモールはこれまでポルトガル、日本、インドネシアという3つの国に支配され、独立を獲得するまでに苦難な道のりがありました。私自身、アーティストとして、自分なりに、または仲間から実践的に学んできましたが、芸術について高等教育機関で専門的な理論を習得したわけではないので、他の国のアーティストと比べると、準備の方法が異なったり、今回、日本人アーティストとの協働作業において、うまくお互いの理解が噛み合わなかったり、時間がかかる場面もあったりしました。
しかし、今回、日本での滞在制作という貴重なチャンスを与えられて、東ティモールという国を代表して日本に来ているという強い自負があります。
日本はサービスや製品の質が高く、人が親切で世話好きだと感じました。一方で、東京の都心、青山に滞在していたこともあって、滞在中は現代的な東京は堪能しましたが、残念ながら、伝統文化に触れる機会があまりありませんでした。次に日本に来るときには、是非、伝統文化も体験したいと思っています。
展示室の一面に貼られた東ティモールと日本をつなぐ多数の足跡
彼の滞在制作の現場を訪れた人々の名前を残した
滞在中の5月20日に、東ティモールの独立記念日を迎えたので、日本のNGOが主催した独立を祝うイベントに出席しました。東ティモールの発展を応援する日本人がいること、そして日本人が母国の独立記念日を祝ってくれる様子を嬉しく思いました。もちろん、もし、自分が東ティモールで過ごしていたら、一体どんな声を仲間とあげていただろうと考えると、外国にいる自分に対してもどかしい思い、母国を思う強い気持ちも感じました。
―成果展で、作品を拝見しましたが、その中でも、展示室の隅にあった「鍋」(Cooking Pot)という作品が印象に残りました。この作品について、少しお伺いできますか?
「鍋」
これは母国、東ティモールを表しています。高層ビルの上にお鍋がのっています。東ティモールでは家族全員が集まって、食事を分け合います。食事だけでなくあらゆるものを分け合います。その上には先祖を弔うときに捧げる獣の血が流れています。
東ティモールが今後どのように発展するかまだ分かりませんが、近代化ばかりを重視して伝統文化をなくしてはいけない、たとえ発展のためとはいえ伝統を犠牲にはできないと考えています。
日本滞在中に、東ティモールから来たと言っても、その存在を知らない日本人がほとんどでした。だからこの作品は隅に小さく展示しました。東ティモールはテトゥン語で「日の昇る国」という意味なので東側の隅に置きました。
―日本人アーティストの「表現集団 オル太」と共同制作した「再生の木」(Reborn Tree)はどんな意味をこめてつくりましたか?
TWS青山:クリエーター・イン・レジデンス「OPEN STUDIO」で。
滞在制作の成果の一つ「再生の木」
「オル太」のメンバーらと話しているうち、日本でご飯を盛った茶碗に箸をさして死者に捧げるように、東ティモールでも死者を送りだすときに墓穴に埋めて捧げるのがお米であることが共通していると分かりました。木は土を栄養分として育ち、実をつけます。人も土から恵みを受け、やがて死ぬと土に返っていきます。
そこで人間の生命サイクルを表すこの木にお米をつけ、未来という果実をつけました。実は、僕も子どもが生まれたばかりなのですが、未来の宝である赤ちゃんの実がなっています。
「赤ちゃんの実」を手にするジル氏
―帰国したら何をしたいですか?またこれからの国づくりに思うことは何ですか?
所属先の文化団体Arte Morisを通して、東ティモールの地域の子どもたちや仲間たちに日本での経験を伝えていきます。彼らは、僕の日本行きの機会を自分のことのように誇りに思っていて、僕の帰りを楽しみに待ってくれています。
自分の住む家の屋根に修理が必要どうかは家の外に出てみないと見えません。海外に出て初めて自国のことを学ぶことができます。僕にとっての今回の日本滞在はそんな意味合いをもっています。
「記憶の転移」(Memory of Transfer)
先祖の知恵を次世代へ語り継いでいく
東ティモールが、二度と過去を繰り返さず、平穏であり続けることを願っています。そのために生活の中の儀礼としてのお祭りや伝統行事を続けることが必要です。コンサート、パフォーマンスなど創造的な活動の場を提供して、常に若者が制作活動に従事するようにすることを政府やNGOが支援することも希望します。
何かを制作をするのは自分を映し出すこと。制作活動をしていれば悪いことを考える暇などありません。そして過去のような騒乱が二度と起こらないことを願っています。
謝罪は必要ではなく、そういう時代であったのだと理解しています。過去の占領がなければ我々が学べなかったことがあります。
他のJENESYSクリエーターの仲間たちと共に過ごした3ヶ月はとても充実したものでした。これから彼らや日本人のアーティストたちとの繋がりを大切にアーティストとして成長していきたいと思います。
JENESYSクリエーターの仲間たちとた地下鉄で移動中に。右から本人、ケオマカラ・ホゥン(カンボジア/写真家)、ズン・イ・ピュー(ミャンマー/現代美術)、コウスタブ・ナグ(インド/現代美術)
(2012年7月22日、トーキョーワンダーサイト青山にて、聞き手:志和久恵)

「オル太」と共同制作した「原始人とワニ」では、早朝の渋谷駅周辺でパフォーマンスを行った。写真は、ワニの姿で原始人間のオブジェを引っ張りながら渋谷駅の周りを歩くジル氏。
「オル太」のコンセプトである「ゲンシニンゲン」(原始人間)に対し、ジル氏は、「原始というと日本では遠く神秘的なイメージがあるようだが、東ティモールでは先祖とのつながり、つまり自分のルーツやアイデンティティを考える」として、東ティモールの島の成り立ちを伝えるワニと少年の寓話から、神として崇拝されているワニの姿が浮かんだとのこと。このパフォーマンスは、東京の街中で人目につきすぎて困った事態にならないように、深夜3時に宿舎を出て行ったが、本当は人々の反応が見たかった、とも。
カシミロ・ヴァレンティム・ペレイラ・ザカルノ(ジル)
Casimiro Valentim Pereira Zecaruno (Gil)
1981年生まれ。2001年に高等学校卒業。
Arte Morisのメンバーとして、展覧会、コミュニティーワークショップ、キャンペーン、美術教育に参加。2003年設立のArte Morisは、東ティモールで初となる美術教育機関、文化センター、芸術家団体の機能を果たし、アートを東ティモールの平和構築、文化的アイデンティティの発見と発展、自国文化の回復に役立てることをコンセプトとする。
ビジュアル・アーティストとしても世界的に活躍し、近年の主な展覧会としては、「Carving Through Time」(ティモール島、2011年)、「Be With us Be with Nature」 (Shanghai World Exhibition、2010年)、「Universal Communication」 (バリ、インドネシア、2009年)、「Art From Timor」(シドニー、オーストラリア、2006年)、「United」(Geneva at UN house & CIS Zumikon、チューリッヒ、スイス、2006年)、「Art Auction」(チャールズ・ダーウィン大学、2004年) など。
Arte Moris http://www.artemoris.org