ケラー・キンブロー(コロラド大学ボルダー校准教授)
ファン・ハイ・リン(ベトナム国家大学ハノイ校東洋学部日本研究科科長)
佐藤圭一(日本学術振興会特別研究員)
インダ・S・プラティディナ(一橋大学大学院 社会学研究科在籍)
2015年7月25日から31日にかけて、東南アジア6カ国(※)、米国の日本研究者、そして日本で活動している人文社会科学系の研究者を集めた合宿型の研修事業「2015年夏期集中講座」が開催されました。この事業は3地域の研究者たちを結びつけることで、若手研究者に研究手法・能力の面で向上の機会を提供するとともに、地域横断的な研究者ネットワークを創出することを目的としたものです。
講師陣17名と若手研究者32名は同志社大学の研修施設にて生活を共にしながら、講義、パネルディスカッション、関連機関訪問、比叡山延暦寺での文化体験等のプログラムに参加しました。期間中は、年齢も出身地も専門分野も異なる参加者の間でたくさんの意見交換が行われ、研究者としての視野を広げるよい機会になったという声が多く寄せられました。
講師と若手研究者それぞれ2名からいただいた感想文を以下にご紹介します。
※インドネシア、シンガポール、タイ、フィリピン、ベトナム、マレーシア
写真:高橋章夫
ケラー・キンブロー(コロラド大学ボルダー校准教授)
国際交流基金夏期集中講座は素晴らしい経験となりました。私たち参加者は6日間にわたり、同志社びわこリトリートセンターで実に優れた講義や議論を連日、楽しむことができました。食べ物はおいしく、尽きることなく続く会話は心を豊かにしてくれました。自分では一生行けそうもないほど多くの国の研究者と知り合うこともできました。
いちばん楽しかったツアーは比叡山延暦寺観光でした。延暦寺は美しいお寺で、比叡山での修行僧の生活について知ることができたのは、めったにない刺激的な経験でした。比叡山では様々な寺院の写真を撮りました。コロラド大学で担当しているコースのうちの1つの資料にするためです。そのコースでは、日本における仏教史を説明する必要があるのです。
比叡山、国立国会図書館関西館、京都国立博物館などの各目的地に移動するバスや電車の中も、同業者と知り合い交流を深める貴重な機会になりました。そのような移動時間に、仲間たちと自分の生活や研究の内容について話をしたり、世界各地における日本研究の状況を知ることができたからです。米国に帰国してから、参加者の何人かとメールを交換しました。彼らとの交流をこれからも続けていきたいと思っています。国際交流基金の夏期集中講座の企画は秀逸で、運営ぶりも素晴らしいものでした。機会があれば、またこの夏期講座に参加したいと思います。
(左・右)比叡山延暦寺での研修ツアー
ファン・ハイ・リン(ベトナム国家大学ハノイ校東洋学部日本研究科科長)
先ず、国際交流基金の主催した2015年夏期集中講座の構想を高く評価したいと思います。現在、日本研究はアメリカや東南アジアのみならず、日本国内に於いても注目されております。20世紀後半にブームとなった「日本モデル」や「成功の秘訣」を追究するといった日本研究とは違い、「日本の在り方」「日本のための日本研究」が重視されてきました。それを背景にして今回の講座は、今まで別々の分野や地域で日本研究を行っているシニア研究者と若手研究者にお互いの関心事項を分かち合う貴重な機会であると思います。私は講座に参加して、シニア研究者の仏教史、伝統演劇から国際情勢、ポップカルチャーまで研究レベルの高い講演と、若手研究者の鋭い指摘やコメントに刺激を受けました。そして、座禅、大浴場、キャンプファイアーを通じ、いつの間にか、研究分野、年齢、地域を越えた人脈が築かれてきました。最後の反省会や送別会に皆時間を惜しんで写真をとったり、連絡先を交換したりした姿が印象的でした。わずか一週間でしたが、アメリカ、日本と東南アジアの日本研究ネットワークがここで発足したと言えます。
(左)授業の様子 写真:高橋章夫
(右)キャンプファイヤーを通じて、参加者と人脈を築く 写真:高橋章夫
BBQで親睦を深める参加者 写真:高橋章夫
佐藤圭一(日本学術振興会特別研究員)
小さい頃、図鑑を眺めるのが大好きだった。昆虫や動物、硬貨、船、国旗。さまざまな図鑑を引っ張り出してきては、目に飛び込んでくる多様な図柄を一日中眺めて楽しんでいた。
こんな楽しみは研究者になると消えてしまう。ただ一つの専門領域で、わずかに違うアプローチで、ほんの少し新しいことをいかに速く提示できるかがゲームの基本ルールだ。
夏期集中講座は、自分にもう一度「図鑑」の世界を旅させてくれた。中世の残酷な古浄瑠璃の物語(キンブロー先生)、江戸時代にベトナムから贈られた象(ファン先生)など普段は触れることのない日本の話に、わくわくした。そして国籍も学問領域も違う自分たちが、専門でもない話題に活発に議論できることに驚いた。同時に、その地域のことを幅広く知っているということは国際交流にももっとも実践的だと思った。
「国際交流」「学際性」「教養」といった言葉はしばしば掛け声に終わることが多い。「出会い方」が分からないからだ。
「地域研究」は歴史の古い学問領域だ。だがそれは古くて新しい研究アプローチなのではないか。今回の経験は、学問としてのそんな可能性を感じさせてくれるものだった。
(左・右)参加者によるディスカッションの様子 写真:高橋章夫
インダ・S・プラティディナ(一橋大学大学院 社会学研究科在籍)
国際交流基金の夏期集中講座のことを知り、すぐに参加申請を行うことに決めました。日本だけでなく、東南アジアや米国など、世界各地から来た研究者と一週間を共に過ごせる機会の魅力に心を奪われたからです。一般の学会では、自分が発表したり、他の人の講演を聞いたりする間の限られた時間をやりくりして、参加者同士集まったり、話したり、名刺交換をしたりします。このような集まりの会期はたいてい長くても3日間ですから、参加者間の関係作りを充分にできるわけではありません。したがって今回のように長い期間をかけて研究者と交流し、ネットワークを築く時間を持つことができるというのは非常に魅力的でした。
本講座のプログラムと参加者一覧を見た瞬間は正直、日本研究を専門としている人が非常に多いので不安になりました。私はいま日本で博士号取得を目指して勉強中ですが、研究テーマを必ずしも日本に限定していないからです。けれども私は幸いなことに、本講座の期間中、自らの研究分野にこだわって情報源を狭めるべきではないこと、そして知識と洞察が全く予想外のドアを開いてくれる可能性があることをあらためて心に刻むことになりました。
受講生が各自の研究内容を紹介する時間はもっと長いほうがよいとは思いましたが、日本研究の高名な研究者何人かの発表を聞くことができたのは幸運でした。本講座のおかげで、他の研究者の方々とこれまで経験してきたことを語り合う機会を得られただけでなく、素晴らしい大学教員の方々とオープンかつ友好的な環境で会話を交わす貴重なチャンスにも恵まれました。本講座以降に築いた新しいネットワークを大切に保ち続けたいと思います。
参加者による記念撮影 写真:高橋章夫
ケラー・キンブロー
コロラド大学ボルダー校准教授。専門分野は日本文学。コロラド州とテネシー州を故郷として育つ。コロラドカレッジ英文学専攻、学士号取得(1990年)。その後、大学院で日本文学を専攻し、コロンビア大学で修士号(1994年)、エール大学で博士号(1999年)を取得。
主な研究論文: 『Wondrous Brutal Fictions: Eight Buddhist Tales from the Early Japanese Puppet Theater (魅惑的で冷酷な物語―初期の人形浄瑠璃から集めた僧侶の物語八題)』(New York: Columbia University Press, 2013)、『Preachers, Poets, Women, and the Way: Izumi Shikibu and the Buddhist Literature of Medieval Japan(伝道師、詩人、女性、そして道)―和泉式部と中世日本の仏教文学』(Ann Arbor: University of Michigan Center for Japanese Studies, 2008)
ファン・ハイ・リン
ベトナムのハイフォン市生まれ。ロシアのモスクワ大学と日本の昭和女子大学において日本史を学び、2000年にベトナム国家大学ハノイ校で修士号を取得、2006年に同大学で日本史の研究で博士号を取得。 2007年にベトナム歴史学会の博士論文最優秀賞を受賞。 1996年からベトナム国家大学ハノイ校東洋学部日本研究科に勤務し、2005年から科長を務める。2000年から2001年に大阪大学歴史学部の客員研究員、2010年8月にシンガポール国立大学日本研究学部の客員教員を務める。2014年にベトナム国家大学ハノイ校東洋学部の准教授。日本の荘園史、越日交流史に関する論文を執筆している。 主著に『日本荘園史』(世界出版社、2003年)、『日本史』(共著、世界出版、2007年)、『日本研究論文集:文化と社会』(編、世界出版、2010年)、『日本研究論文集:法制史』(編、世界出版、2011年)、『日本研究論文集:日本とアジア』(編、世界出版、2012年』などある。
佐藤圭一
研究者。東京都生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。現在は日本学術振興会特別研究員(PD)として東北大学に所属。日本の気候変動政策の政治過程や原発・エネルギー問題における市民活動などを研究。近刊に『脱原発をめざす市民活動――3.11社会運動の社会学』(町村敬志との共編著、新曜社)。
インダ・S・プラティディナ
インドネシア・ジャカルタ出身。インドネシア大学社会・政治学部コミュニケーション学科で学士号を取得後、一橋大学の修士課程に進学、現在は博士課程に在籍し、博士号の取得を目指している。一般書の出版社であるGramedia Pustaka Utama社、東南アジア諸国連合(ASEAN)日本政府代表部で働いた経験を通じて、メディア研究に興味を持つ。特に文学とASEANに深い関心を寄せている。現在の研究テーマは、国家アクターおよび非国家アクター、メディア、個人によるASEANコミュニティに関連するソーシャルメディアの利用状況と、それらの主体間の力関係の構築である。