片岡真実(森美術館チーフ・キュレーター)
ミャンマーのヤンゴンにて2014年9月、ミャンマーの現代美術と現代の文化を発見し議論する座談会、ラウンドテーブルや展示会「Contemporary Dialogues Yangon 2014 -International Festival of Cultures and Arts-」が開催されました。ラウンドテーブルで基調講演を行い、今後、急速な経済発展が予想されるミャンマーにおける現代美術の現状と未来について、パネリストと活発な議論を行った森美術館チーフキュレーターの片岡真美氏がレポートを寄せてくださいました。
ミャンマーにおける現代美術の現状と未来について、パネリストたちと議論
現代美術が共有する性質のひとつに、この世の中へ向けられた批評的精神があり、前提としてそれを支える表現の自由があるとすれば、軍事独裁政権など個人の表現に規制がある社会では、自ずとその発展は抑圧される。そのなかで民主化を求めるさまざまなアクティビズムと現代美術の表現が並走し、検閲や規制の厳しい環境下では、パフォーマンスなど一過性の表現や、アンダーグラウンドでの活動が展開される。一方、植民地化、政治的統治や独裁から解放された新しい社会では、新たな国づくりという動きのなかで、自ずと理想的な共同体の在り方や国民意識、アイデンティティの問題が議論されることとなる。
この意味では、2011年に民政へ移管し、2012年に野党・国民民主同盟が政権を奪取したミャンマーの訪問は、すでに日本政府による経済発展や文化交流への支援が伝えられるなか、民主化、経済改革が進む新しい社会で、どのような現代美術の胎動が見えるのか、個々人は何に直面しているのかを実感するためでもあった。今回は、ヤンゴンで催されたディスカッション「コンテンポラリー・ダイアログ・ヤンゴン」への招聘にあわせた数日間の調査だったため、成果は極めて限定的だが、そこからも見えてくるものは確かにあった。「コンテンポラリー・ダイアログ・ヤンゴン」は、若いイタリア人、イラリア・ベニニとトマス・ナダル・ポレットによるイニシアティブ、Flux Kitが主催し、アンスティチュ・フランセ(仏)、ゲーテ・インスティテュート(独)、国際交流基金アジアセンターなど各国の政府系機関の支援を受けていた。そこでのテーマは、国際的な関係性を再構築しようとする地で、「ミャンマーの現代美術をグローバルな文脈にいかに位置づけられるのか」という問いだった。日本が明治維新と同時に近代化や欧米化を進め、以来、国際化を求め続けてきたように、そして多くのアジア諸国が第二次世界大戦後の脱植民地化、近代化にともなって国際的な位置づけを求めてきたように、ミャンマーでもいま、同様の課題が問われているのだ。
会場となったTS1ギャラリー
一方、世界の現代美術界も、急速な経済成長を続ける東南アジアには熱い視線を向けており、ミャンマーのアートシーンも例外ではない。ここ数年でも、東南アジアの現代美術に焦点を絞った「シンガポール・ビエンナーレ2013」やグッゲンハイム美術館が企画した東南アジア展「ノー・カントリー」などでミャンマーのアーティストが紹介された。また、香港のアジア・アート・アーカイブも、2014年11月から2015年3月にかけて移動図書館プロジェクトをヤンゴンで実施する。福岡アジア美術館では2014年の「第5回福岡アジア美術トリエンナーレ」を含め、すでに何度も現地のアーティストを紹介しているが、1979年から続くアーティス集団の展覧会「現代アジアの作家VI:ガンゴー・ヴィレッジと1980年代・ミャンマーの実験美術」を2012年にも開催している。
実際のところ、2年前までは展覧会開催のたびに作品の検閲があり、単なる女性の肖像画でさえ、アウンサンスーチーに似ていれば展示できなかったという。画面に直接、不許可の押印をされることもあった。今回出会ったアーティストたちは、現在も軍政時代の既得権益の多くが継承された政府のもとで、民主化のスピードは遅く、本当の自由はまだまだこれからだと言っていた。あるいは革命的な変化は期待できないという声や、新しくできたギャラリーでも元軍事政権と関係が深く、政治的な表現をするのは難しいと感じているアーティストもいた。実際、これまでは独学のアーティストも多く、情報が限られていた軍事政権下では、薬品のカレンダーから各国大使館の図書館にある『TIME』などの雑誌まで、あらゆる視覚文化を表現に生かしてきた。1960年代以来半世紀続いた国際社会や情報からの孤立意識はいまだに根強くある。
Studio Squareにて
そのなかで、頻繁に聞かれた言葉が「教育」だ。1980年以降、絵画からインスタレーションへと独自の発展を遂げてきたコンセプチュアル・アーティスト、ポ・ポ(1957年生まれ)も、今のミャンマー現代美術に何が必要かを尋ねたとき、即座に「教育」という回答が返ってきたし、「ニュー・ゼロ・アートスペース」を主宰するアーティストのアイ・コー(1963年生まれ)も、展覧会の開催や作品の販売に優先し、無料の美術教室やセミナーを実施している。若い世代のアーティスト、ニェ・レイ(1979年生まれ)もミャンマーのラカイン州でリサーチを続け、都市部との教育格差をテーマにしたした作品を2013年のシンガポール・ビエンナーレに出品した。いずれもこれから発展しようとする国の未来、次の世代に希望を託しているものだ。そこには知識への渇望と国際的な位置づけの模索という、社会から湧き上るエネルギーがある。アートマーケットの波が、教育や美術館制度より早いスピードで訪れつつあるなか、ミャンマーのアートシーンがどのように発展していくのか。そのことを考えながら、日本でもまた同様の問いを考える必要性を思わずにいられなかった。
(左)ポ・ポ(Po Po)氏、(右)ニェ・レイ(Nge Lay)氏
New Zero Art Gallery
Think Gallery
片岡真実(かたおか・まみ)
森美術館チーフ・キュレーター。2003年より現職。2007〜09年は英国ヘイワードギャラリーのインターナショナル・キュレーター兼務。2012年には、第9回光州ビエンナーレ共同芸術監督、サンフランシスコ・アジア美術館「ファントム・オブ・アジア展」ゲスト・キュレーター。現在、CIMAM(国際美術館会議)理事。グッゲンハイム美術館アジア・アート・カウンシル・メンバー。
(プロフィール写真 Photo: Jennifer Yin)