世界に繋がるデザインを-若手デザイナー訪米

太刀川英輔(NOSIGNER)
成瀬友梨(成瀬・猪熊建築設計事務所)
閑歳孝子(株式会社Zaim)
坂巻匡彦(株式会社コルグ)



 国際交流基金(ジャパンファウンデーション)は、クールジャパンの主要分野であるファッション、デザイン、アニメ、アートの4分野を対象とした「日米若手クリエーター交流」を、日米青少年交流事業"KAKEHASHI Project -The Bridge for Tomorrow-"の一環として、2014年度から実施しています。第2弾は、「グッドデザイン賞」をはじめ、高い国際的評価を受けている若手デザイナー5名を米国に派遣しました。デザインの最先端をいく米国で、デザイン関連施設訪問や米国人若手デザイナーとの交流をし、クリエーター自身の作品を通して日本社会の新しいかたちを発信してきました。
 帰国後、米国での交流を通しての気づき、手ごたえ、今後の課題や展望をレポートいただきました。

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行政とデザインが関わることで生まれる可能性  太刀川英輔

 今回のアメリカ視察は、大変多くの学びのある旅でした。私は、NOSIGNERというデザイン事務所で社会の課題解決に繋がるデザインを生み出すために、デザインストラテジストとして活動しています。デザイン戦略を考える仕事は、日本ではまだこれからといった印象ですが、米国では社会課題解決や政策提言、会社の経営戦略にデザインが携わることが増えており、今回の出張ではニューヨークとサンフランシスコにおいて、まさに世界の先端的な事例に触れ、その当事者と交流する中でさまざまな気づきを得ることができました。

design_to_the_world03.jpg  最も印象に残っているのが、最初の訪問先だったNYC&Companyの事例です。ニューヨーク市が現在の市長に変わった後、観光局の経営を半官半民に再編し、経営者にデザイン戦略家を据えて作り替えたことで、大変使いやすい観光サイトができたばかりか、その会社がニューヨーク市の各省庁のウェブサイトやフェスティバル、社会プロジェクトなど、さまざまな行政のブランディングを手がける会社に育ち、行政とデザイナーの密な関係によってニューヨークをますます魅力的な場所にしていることを知り、一人のデザイナーとして衝撃を受けました。
 私は今、クールジャパン推進会議という、日本のパブリック・ディプロマシー政策のコンセプトディレクターとして国際交流と文化発信を考える仕事をしており、行政とデザインの関係について日々考えているのですが、NYC&Companyの例は、強力な実践例に出会った思いがします。
 NEW MUSEUMで行われたプレゼンテーションでは、私の日々のデザイン活動と、10年続いているクールジャパンをどのようにリデザインしたいと思っているのかを語りました。反応は大変良く、現在までのクールジャパンの定義やミッションの不在、外国人の意見との断絶、クールジャパンというネーミングのイメージの悪さなど、私が疑問に思っていることと、米国人の感覚が近かったことは心強い発見でした。
 米国でも、日本のデザイナーのクオリティは、トップレベルだと認識されています。一方で、国としてデザインの効果を理解し、それを活用できているかと問われれば、現在の日本は残念ながら世界の先進国の中でも最下位クラスかもしれません。この旅では政策とデザインが関わることで生まれる可能性を改めて実感し、米国の実例に触れることで日本とデザインの未来を考えることができました。



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MoMAのPaola Antonelli氏(シニア・キュレーター)と意見交換



デザインだけでなく、その背景を共有  成瀬友梨

 今回の派遣では、毎日2~4カ所の企業や大学を訪問し、お互いのデザインの現場を紹介し合い、意見を交換することに加え、ニューヨークで講演会を行う、という非常に密度の濃い7日間でした。日本での自分たちの活動について、米国人がどれくらい興味をもってくれるのか、理解してくれるのか、訪問する前に悩み考えていたことは、実際に会話をしてみるとすっかり消えていました。

design_to_the_world04.jpg  私は建築の設計を主なフィールドとして活動していますが、その中でもシェアハウス、シェアオフィス、福祉施設、コミュニティカフェなど、人が集まり新しい繋がりをつくるような場のデザインを主に手がけています。高度経済成長時代にはなかった、「新しい営み」を空間化する仕事です。日本は地縁や血縁による農村型コミュニティが、高度経済成長期に入り、多くの人が会社というコミュニティと家族が主な拠り所となりましたが、終身雇用が減る中、会社が拠り所ではなくなり、さまざまな形の家族がある中で、これまでのコミュニティとは違う、人と人のソーシャルな繋がりを求めているという背景があり、私達が手がけるような新しい場が生まれてきているという状況は、米国人には分かりづらいのではと思っていました。日本人に比べてソーシャルであり、もともと終身雇用というよりは転職を繰り返す人が多いと考えたためです。私の取り組みを紹介してから意見交換をすると、米国でも福祉施設が地域の繋がりの拠点となる取り組みが始まっているとか、ニューヨークでも単なるカフェというよりは、人が集まってソーシャルに繋がる場としてのカフェが出てきているなど、これまでの施設とは少し違う、新しいタイプの施設が米国でもできつつあるという話も聞くことができ、相互の共通点を発見するとともに、日本での取り組みを評価してもらうことができました。
 日本と米国とで、デザインの領域やデザイン教育の現場で、課題となっていることが共通している点もとても興味深かったです。例えば最初に訪問したNYC&Companyでは、ニューヨーク市のホームページをリニューアルする際、デザインの重要性や彼らのビジョンを、キーマンに直接会いに行って1人ずつ説得していくという地道な作業がなければ実現できなかった、という話を伺いました。あるいは、サンフランシスコで訪問したスタンフォード大学の建築学科では、大学全体としては博士号をもっていること、論文を発表していることが評価されるため、実際に建築の設計を実務でやっている人を教員として採用するのが非常に難しい、という問題が生じているそうですが、日本でも全く同じ状況が起きています。
 デザインそのものだけではなく、その背景を共有することができた、という点に今回の派遣の大きな収穫があったと思います。



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RUNWAYのシェアオフィスにて



広く感動を与えられるサービス創りを  閑歳孝子

 今回の派遣事業では、Googleやスタンフォード大学という誰もが知る企業・大学から、AKQAのようなデザインファーム、RUNWAYなど今まさに勢いがあるインキュベーションセンターまで、さまざまな場所を訪問し、多くの人びとと交流できたことは大変貴重な経験となりました。

design_to_the_world05.jpg  その中で最も強く感じたのは、マーケットの大きさは異なるものの、プロダクトやサービスづくりにおいて、本質的には日本も米国も差がないということです。例えば、Kiss Me I'm Polishが作り出すデザインはそのまま日本でも受け入れられるでしょう。また日本から行動を共にしたブラケットのサービス「Shoes of Prey」は、どこでプレゼンしても女性陣から歓声があがるほどの評判。まだ大都市圏のみかもしれませんが、良質なデザインは垣根なく世界どこでも受け入れられるようになりつつあると実感しました。
 しかし一方で、いくつか違いも発見できました。例えばNYC&Companyのように、国と民間が一体になって地域全体を支援する例は、日本ではケースとしてまだ多くありません。特にNYC&Companyの作り出すデザインは非常にスタイリッシュで、現地に住む人の話からもニューヨーク全体のブランディング向上に貢献していることが伺えました。ここから学べるのは、「デザイン」単体では世界と勝負できるレベルに十分ありますが、「デザイン」+「政策」といったデザインにプラスアルファとして何かを組み合わせる場面で、まだ日本は経験が足りないということです。そうした取り組みを日本で実現するには、どのようなシナリオが描けるのか。非常に興味深いテーマだという気づきがありました。
 また、ニューヨークという土地柄もあるかもしれませんが、日本の文化や技術に対する尊敬の意を感じることも多くありました。一緒に派遣事業に参加したKORGの坂巻さんが紹介していた「カオシレーター」は、さまざまな企業にファンやユーザーがいて、製品についてのディスカッションが起こることもありました。ただ、私が所属するWeb系では「日本発」のものとして知られているものはほとんどありませんでした。この点については、業界に所属する者として残念で、危機感を持っています。
 今回の経験で得た知見を最大限に生かし、日本国内はもとより海外でも広く人々に受け入れられ、感動を与えられるようなサービスを作り出していきたいという想いを新たにしました。



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スタンフォード大学デザイン・スクールにて



人々の情熱が世界へと繋がる作品を生み出す  坂巻匡彦

 私は楽器メーカーの商品企画担当としてKAKEHASHI Projectに参加させていただきました。アメリカは楽器産業における最大マーケットなので、アメリカについての知識はそれなりにあるつもりでした。しかし今回のプロジェクトを通じて見たアメリカは私の知っているアメリカとは違ったものでした。

design_to_the_world06.jpg  私が普段見ているアメリカは市場としてのアメリカで、2008年のリーマンショック以降停滞気味で少し元気がないという印象でした。回復してきているとの声を聞くことはあってもそれを実感することはありませんでした。
 しかし、KAKEHASHI Projectで訪ねた先々は活気に満ちあふれており、そこで働く人たちの情熱に圧倒されてしまいました。
 アメリカのデザイナー/クリエーターは、作品についてとても熱心に説明してくれます。特に何が面白いのかという点について丁寧に話してくれます。また、私が作品をプレゼンすると真剣に聞いてくれ、多くの質問をしてくれます。作品を作るときにも作品を説明するときにも他者の作品を知るときにも情熱をもって取り組むこと、この情熱が自分のそれよりも圧倒的に強いことに驚きました。
 もちろん自分自身、情熱を持って仕事に取り組んでいるつもりです。企業で働いていると少し斜に構えているくらいの方が立場としては有利だったり、強すぎる情熱はチームに悪い影響を与えることもあります。また働いて10年も経つと仕事の範囲も広がり同時に複数の案件を担当することになります。知らず知らずのうちに溢れんばかりの情熱を注ぐことに力を抜いてしまっているのかもしれません。そして自分の周りの知人友人を見渡すと自分に限ったことではないのだろうなと思ってしまいます。
 情熱を持った人たちが集まることで新しい作品が生まれ、人々の情熱が作品を後押しして広まり、国自体を変え人々に影響を与え、そして世界へと伝わっていく。私たち一人ひとりがより強い情熱を持つことでアメリカに負けないくらいの世界での競争力を勝ち得るのではないでしょうか。
 情熱に溢れるのはアメリカ人ばかりではなく、共にアメリカを回った日本を代表するデザイナー/クリエーターも同じです。皆と共に行動することで多くのことを学ぶことができました。旅が終る頃には、皆がいれば自分自身の活動も自然と世界へと繋がっていけると思えるようになりました。

【参照記事】
特別寄稿「次の飛躍へ~若手ファッションクリエーター、NY交流記」



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左から、閑歳孝子さん、坂巻匡彦さん、太刀川英輔さん、塚原文奈さん、成瀬友梨さん


日米若手クリエーター交流第2回派遣(デザイン)参加者の皆さん

太刀川英輔(たちかわ・えいすけ)NOSIGNER
社会的意義を踏まえた多岐に渡るデザイン活動を行い、Design for Asia Award 等の数々の国際的な大会の大賞を受賞。

成瀬友梨(なるせ・ゆり)成瀬・猪熊建築設計事務所
陸前高田市の「りくカフェ」をはじめとする多くのシェアハウスを設計する等、コミュニティづくりをベースとした建築活動を行う。

閑歳孝子(かんさい・たかこ)株式会社Zaim
100 万人以上が利用 する大ヒット家計簿アプリ「Zaim」を開発。様々な企業とのコラボレーションを行いその可能性を広げている。

坂巻匡彦(さかまき・ただひこ)株式会社コルグ
誰でも簡単に使える音楽シンセサイザー「KAOSSILATOR」を作成。既存の枠にとらわれない先進的な活動を活発に行う。

塚原文奈(つかはら・あやな)株式会社ブラケット) 誰でも最短2分で オンラインストアが持てる「Store.jp」を開発。インターネットをベースとした独創的なサービスを立上げている。




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