石川 己青(いけばな草月流 本部講師)
国際交流基金 (ジャパンファウンデーション)は、いけばな草月流の華道家である石川己青氏を、ジンバブエ、エチオピア、ケニアに派遣しました。
花材の世界的な一大生産地でもあるアフリカならではの素材を使って、日本の美意識が融合したいけばなの魅力を紹介した様子を、作品写真とともに綴っていただきました。
日本の伝統文化であるいけばなをアフリカ3カ国で紹介するにあたっては、日本文化の中でのいけばなの歴史や歩み、社会活動の中における意義などを、異なる文化・生活背景をもつ現地の皆様に、出来るだけ解かりやすく伝えるよう努力することを心掛けました。
その上で、ジンバブエ、エチオピア、ケニアと、それぞれの現地の事情を考慮していけばなの有り方・可能性を表現すること、また、それぞれの文化との融合をいけばなで表現することを目指し、いけばなの楽しさ・豊かさ・美しさなどを、少しでも理解してもらえたらと考えました。
ジンバブエ首相夫人も参加
最初の訪問国ジンバブエでは、初日のレクチャー・デモンストレーションに300名ほどが来場し、10作品を披露しました。
各地で調達した花材などを可能な限り積極的に活用することを第一にすべく、ジンバブエの農場で栽培されている花材(黄色いヒペリカムとバラ)で、草月流の基本立真型・盛花を見せ、いけばなの基本、真・副・控の主枝の長さ・角度と従枝の関係、空間の重要性を説明しました(作品1)。
草月流は「いつでも、どこでも、だれにでも」そして、どんな材料を使ってもいけられるということを特色にしており、世界中のどんな場所でも、誰もがいけられることを目指しています。この点を実感してもらえるように、レクデモでは9~10作品を提示し、アフリカでのいけばなの可能性を確信していただけるような内容で実施しました。
(左)作品1:ジンバブエの農場で栽培されている花材(黄色いヒペリカムとバラ)を使って、いけばなの基本について、まず説明。
(右)作品2:椿とソリダゴ、「サムライ」という品種名の赤いバラに、ピンク系の「フレンドシップ」というバラを使用し、ジンバブエと日本の友好を願うメッセージをこめた。
(左)作品4:ジンバブエでも大変ポピュラーなストレリチアとピンクッションによるいけばなに金箔の華やぎを取り入れる試み。金箔は、日本でお祝いや行事の折に好んで使われることを説明し、葉に金箔を貼る実演とともに紹介した。
(右)作品5:シルバー着色のつる、ストレリチアの葉、南部鉄器の風鈴を用い、器がなくても成立するいけばなを披露。四季を有する日本の夏を彷彿とさせる風鈴の音をいけばなに取り入れ、会場内に響かせることで、季節や空間そのものがかもしだす味わい・音を演出し、"日本の心"を体感させた。
(左)作品7:水引、松、竹とともに、アフリカらしい花材(アカベ)を組み合わせ、ジンバブエならではの日本的な正月のお祝い花を披露した。
(右)作品8:ショナ族の黒い器に、ジンバブエの国旗カラーにちなんでバショウの葉、ビロウやしの葉、ヒペリカム(赤、黄)を用い、黒/国民、赤/独立闘争で流された血、黄/鉱物資源、富、緑/農業、繁栄、白/平和、未来という意味が込められたいけばなを制作。
ジンバブエには沢山のジャカランダがあり、紫の花が満開の季節は大変見事だとうかがいました。訪問中の10月末も、少し花をみることが出来ました。土地に根付く植物、土地が誇る花木として、ジンバブエの人々が親しみをもっているそうです。ジンバブエの人々が自国の植物を愛する心に敬意をもって、花の紫を日本の和紙の色と風合いで表現し、この日を締めくくる作品としました(作品10)。
特に、ジンバブエの国旗に使われているすべての色を織り込んで創作した作品(作品8)、特に力をそそいだ最後の大作(作品10)には、皆様から絶賛をいただきました。
作品10:世界三大花木の一つ、ジャカランダをイメージした大作。ステージ一杯に、竹、ゆずの雑木、南天、菊、夕霧草、スターチス、かすみそう、ソリダゴ等と、和紙(紫と金銀のリバーシブル)を用いた。長年ジンバブエでいけばな草月流の活動をしており、今回の事業でも事前準備から当日の実施まで万事助けてくれたメアリー・マルケス氏(右)と。
翌日のワークショップでは、定員を上回る70名ほどが来場しました。まず、講師から3つの作品を制作して、基本的な技術や道具の使い方・水切りの仕方や、作品へのアイデアの盛り込み方・楽しみ方を各々3作例デモにて紹介した後、枝もの・葉もの・花ものの中から、それぞれ希望のものを自由に選ばせ、各自が持参した器に自由花をいけてもらいました。(ワークショップの内容は、続くエチオピア、ケニアでも同じです。)
さらに、希望者にはレクデモで使用した竹を切り出し、器にみたてて制作してもらうなど、創造する楽しさを体験してもらいました。
指導は日本からの講師3名(筆者及びアシスタント2名)で手分けをして、参加者全員にまんべんなく指導がいきわたるようにし、一人一人の個性を大切にしながら、柔軟な発想を楽しみ、いけばなのダイナミズムを感じてもらえたと実感しています。
(左)ジンバブエでの花材を提供してくれたウェラー氏経営の農場。実際に見学に訪れた。この農場から多種の花材が入手できたことで、ワークショップでは、枝ものも含め、参加者が様々な花材にふれることができた。
(右)主賓にジンバブエ首相夫人(最前列右から3人目)をお迎えしてのレクデモ。熱心に聞き入る、福田米蔵・駐ジンバブエ日本国大使(右から2人目)とともに。
ジンバブエ2日目のワークショップには70名が参加。若い女性や男性まで幅広い層がいけばなのダイナミズムを感じた。隣国の南アフリカから参加した人も。
もてなしの習慣のあるエチオピア
エチオピアの国際色豊かなお客様100名ほどに来場いただいたレクデモでは、9つの作品を披露しました。枝ものを中心とした花材は、実はほとんどを日本大使の公邸の敷地内の植栽から伐採させてもらいました。なかでも、ポインセチアとあじさいが入手できたことで、いけばなに伝わる特殊な水揚げ法も紹介でき、レクチャーの内容も充実したと思います。
作品2:黄色い壷に、黄色の花木2種、バラ、ブルーと黄色の水引を用い、伝統的な水引の、現代的で自由な楽しみ方を紹介しつつ、エチオピアの国旗の色、緑(肥沃な大地)黄(平和・民族・宗教の調和)赤(国土の防衛のために流された血)を作品化。
(左)作品5:エンセーテ(ニセバナナ、エチオピアらしい材料の一つ)の生の葉と枯れ葉、アロエ、雑木、南部鉄器の風鈴を用い、ここでも、風鈴の音を空間に響かせるパフォーマンスで好評を得た。
(右)作品7:エチオピアの主食「インジェラ」(テフという穀物の粉を水で溶いて発酵させ、薄焼きにしたクレープのようなもの)を入れる蓋つきの籠を使用。このインジェラバスケットはオロモ族の伝統工芸品でもあり、エチオピアの家庭なら一つはあるというもの。その中に水盤をいれて、水がはいるよう工夫した。モンステラに施した金箔の説明と金箔貼りの実演、いけばなで花材としてポピュラーな晒し花材も紹介。構成・素材の組み合わせ・色合いともに斬新で、人気を集めた。身近な植物や器でも、いけばなは出来ると認識させることに成功した。
エチオピアではワークショップの翌日にレクデモを実施したので、両方に出席した参加者もいて、終始和やかに進行しました。
エチオピア滞在中には、エチオピア伝統の、コーヒーを飲むことを儀式化した作法「コーヒーセレモニー」に触れることもできました。日本の茶道のように精神的要素を含んだもので、「型」も有るのだそうです。もてなしの習慣が文化に発展していることは、日本の茶道・華道と共通する点があるのではないかと感じました。
エチオピアではワークショップの翌日にレクデモを実施。両方に出席した参加者もおり、終始和やかに進行した。
(左)バラ農園JJ・Kothari&Co.Eth.Ltd.の多大な支援をうけ、農園を視察させてもらった。さらに、この農園からは、400本近いバラの切花を提供いただき、レクデモでも多くの種類のバラを使うことができた。ワークショップでも、講師だけなく50名の参加者全員が素晴らしいバラに親しむことができた。
(右)エチオピア伝統の、コーヒーを飲むことを儀式化した作法「コーヒーセレモニー」
大学生も多数参加したケニア
ケニアでは、ケニア日本文化祭(主催:在ケニア日本国大使館)のメイン行事として、いけばな紹介事業が位置づけられていました。レクデモには、約200名が来場し、10作品を披露しました。
アフリカらしい器を使用した、現代的でスタイリッシュな作品がとても好評で、ケニアで手に入るものでもいけばなが楽しめると理解してもらえたと思います。今回の紹介事業が、ケニアでのいけばな普及の契機になればと願っています。
(左)作品1:マヌー・チャンダリア氏提供のつつじを用いて草月流の基本立真型・盛花を披露。
(右)作品3:木の皮、晒しビロウやしの葉、ストレリチアを用い、透明のシリンダーガラス花器とホワイトパンプキンをくりぬいたアフリカらしい器に、公邸の焚き木の脇につまれていた木の皮など、一見いけばなとは無縁と思える素材も取り入れ、どんなものをつかってもいけられることを示した。
作品4:セローム、ヘリコニア、かすみそう、着色おがら(黒)を用い、ケニア国旗のカラーである黒/国民、赤/独立のために流れた血、緑/豊かな自然、白・統一と平和を表象する作品をいけた。
(左)作品6:竹、竹皮、多肉植物に、南部鉄器の風鈴をあわせた。風鈴をうちわで扇いで音を奏でるというユーモラスなパフォーマンスは、どこの会場でも楽しく、和んだ雰囲気を生んだ。
(右)作品7:実と花のついたバナナ、リュウゼツラン、アンスリウムの花と葉というアフリカらしい花材を、露店の花屋でみつけた、これもアフリカらしい園芸用ポットにいけてみせ、アフリカで実践しやすい取り合わせの一例を披露した。
作品10:竹、木の切り株、しだもどき、まゆみ、アマランサス、かすみそう、キャットテール、レースフラワー、スターチス、紅白のほうき草、金・銀・白の大量の水引を使い、ステージ一杯に、竹や木の切り株で骨格をつくり、空間に応じて大きないけばなも可能であることを示した。いけばながもつ大きな可能性を感じ取っていただけたと確信している。
最後の大作(作品10)は、竹、木の切り株、しだもどき、まゆみ、アマランサス、かすみそう、キャットテール、レースフラワー、スターチス、紅白のほうき草、金・銀・白の大量の水引を使い、ステージ一杯に、竹や木の切り株で骨格をつくり、空間に応じて大きないけばなも可能であることを示しました。この作品は、手ごたえも大きく、観客の興奮の中、レクデモは終了しました。
作品のすべては、そのまま会場である在ケニア日本国大使館ホールに展示を続け、いけばなレクデモに続いて実施された日本食のデモンストレーションに集ったお客様にも楽しんでいただきました。大作の前で、ケニア人大学生が楽しそうに記念写真をとる姿が印象的でした。
翌日のワークショップも日本文化祭の期間中で、日本文化に興味を持つケニア人の方や、在ケニアの外国人の方など様々な方(約50名)が参加しました。レクデモ、ワークショップともに最も印象的だったことは、日本文化(全般)に興味があるケニア人大学生が多数参加してくれたことです。
現在、ケニアの大学生の間では、英語圏以外の海外文化を、インターネットなどを通じて楽しむことがトレンドだそうで、日本語を勉強中の学生も多数参加していました。服装も皆おしゃれで日本の大学生とかわらぬ印象でした。
他の国と違い、ケニアでは運よく日本文化祭というまた違う雰囲気の中、熱心に集うケニア在住の皆様に、いけばなを紹介できたことはよい経験でした。レクデモ・ワークショップともに、質問も多く出て活発な交流の手ごたえを感じました。
ケニアでは、日本文化祭のメイン行事として開催されたこともあり、日本文化に興味があるケニア人大学生が多数参加した。
自身の作品の前で、満足げなケニアの参加者たち
ケニアの市場で花材や花器を調達する筆者と事業のアシスタントを務めた粕谷星華さん・倉田康治さん。(写真提供:いけばな草月会)
最後に、ジンバブエ、エチオピア、ケニアの各国で、熱心な参加者に恵まれました。今回の事業が、いけばなの楽しさ、豊かさ、美しさへの理解が深まり、それぞれの地の文化と融合して、発展する契機になればと願っています。
日程
■ ジンバブエ(ハラレ)
2012年10月29日(月) レクチャー・デモンストレーション
2012年10月30日(火) いけばな体験ワークショップ
会場:セレブレーションセンター
在ジンバブエ日本国大使館によるレポート(日本語)
http://www.zw.emb-japan.go.jp/home/event.html
■ エチオピア(アディス・アベバ)
2012年11月4日(日) いけばな体験ワークショップ
2012年11月5日(月) レクチャー・デモンストレーション
会場: 駐エチオピア日本国大使公邸
在エチオピア日本国大使館によるレポート(英語)
http://www.et.emb-japan.go.jp/art_cul29.html
■ ケニア(ナイロビ)
2012年11月10日(土) レクチャー・デモンストレーション
2012年11月11日(日) いけばな体験ワークショップ
会場: 在ケニア日本国大使館ホール
在ケニア日本国大使館によるレポート
http://www.ke.emb-japan.go.jp/CultureFest2012.html
http://www.ke.emb-japan.go.jp/IkebanaWorkshop.html
石川 己青(いしかわ みせい)
いけばな草月流(財団法人草月会)本部講師。豊富ないけばな経験とインドやケニアの在住経験を活かし、広く国内外でいけばなの魅力を広めている。陶芸も嗜み、器と花材の出会いを大切にしたいけばなを追求している。
事業アシスタント
粕谷 星華(いけばな草月流 本部助手)
倉田 康治(草月アトリエ)