高橋竹童 (津軽三味線奏者)
川崎貴久(尺八奏者)
国際交流基金 (ジャパンファウンデーション)は、チュニジア、エジプト、イランにおいて、津軽三味線の高橋竹童と尺八の川崎貴久らによる邦楽公演を行いました。
イスラム圏という共通点がありながらも、風土や文化、町並みや人々の様子が異なるチュニジア、エジプト、イラン。各国での公演や旅の様子について、旅の様子とともにお二人に語っていただきました。
不安と未知の世界への期待
川崎:日本を発ち約21時間、約1万キロ離れたチュニジアは、地中海の南側という事でヨーロッパ風の白い建物に青い扉が特徴的な街並みで、雰囲気も「砂漠」のイメージはなく、海のあるリゾート地のように感じました。
高橋:チュニジアでの初日は国立音楽学院に訪問し、学生向けのワークショップ。音楽専攻ということもあり、学生たちの興味、関心度はとても高く、自国の楽器との違いや共通点を見つけては、積極的に楽器に触れ、質問が飛び交いました。時間制限を設けなければならない程あっという間のワークショップでした。
川崎:三味線はもちろんのこと、現地にも「ナイ」(葦で作った管楽器)という伝統楽器があるため尺八にも大いに興味を持ってもらえました。
国立音楽学院でのワークショップ
高橋:チュニジア国立劇場での公演は、若者や一般の方向けに、とにかく気軽に聞いてもらえるよう今回初めて企画したものでした。日本を出る前に「つまらないとイスラム圏の聴衆はコンサート途中でも帰ってしまう人もいる」と事前に教えてくれる人がいたので、不安と未知の世界への期待を持って臨みましたが、通訳を交え、笑いや拍手の中、アンコールも頂ける程の盛り上がりでした。ワークショップに参加した国立音楽院の学生も駆けつけてくれて嬉しかったな。
チュニジア国立劇場での公演
川崎:チュニジアでのハイライトは、毎年10月に開催される国際音楽祭「カルタゴ音楽祭」への出演でした。会場はカルタゴ遺跡にある教会「カルタゴ・アクロポリウム」で、満席で熱心に聴き入って下さり、終演後も日本語学校の生徒さんや現地の皆さんが声をかけて下さいました。
カルタゴ遺跡にある教会「カルタゴ・アクロポリウム」で開催された「カルタゴ音楽祭」に出演
高橋:教会で音響設備がないため、マイクを通さずに、三味線や尺八などの和楽器が本来持つ繊細な音色を楽しんで頂けたと思います。国際的な音楽祭ということで、聴衆も音楽関係者、芸術家、外交官など、普段から様々な芸術に触れている層ばかりで、演奏会を終えた後の質疑応答も活発な上に、内容も「スピリチュアルなものを感じた」「人や自然との対話が見える」「演奏をする時何を大切にしているか?」など、哲学や精神論まで飛び交うほどだったのが印象的でした。音楽祭ではテレビ局のインタビューも数多くありました。
テレビ局といえば、チュニジア滞在中、突然、国営放送への生出演の依頼が入り、早朝より和服に着替え、テレビ局へ向かいましたね。いつの間にか始まっていたキュー無しの本番撮影や、事前の打ち合わせと違う進行で、日本とは勝手が違うなかで感じたことは、「彼らは形式に拘らず感じるままを素直に表現する事が得意なのだ」というものでした。
犠牲祭直前のカイロへ
川崎:チュニジアでの公演を終えてエジプトへ移動、カイロの空港を出ると砂埃が舞い、やっと「砂漠の国」に来た実感が湧きました。カイロの街は活気と喧騒に溢れ、新旧入り交ざった複雑な街並みでチュニジアとは全く違っていました。
高橋:ちょうど、イスラム教の犠牲祭直前のため、街中でもスペースのある所には必ず羊の群れがあり、肉屋の店頭には犠牲祭のご馳走が吊るされていました。
川崎:エジプトでの初日は、エジプト芸術学院アラブ音楽学校でのワークショップ。三味線、尺八の演奏と楽器についての解説の後、現地の学生や教授方が伝統音楽を演奏して下さいました。
高橋:プロの演奏家でもあるアラブ音楽学校の先生方による演奏も聴くことができ、ウード、レク、カヌーン、ナイなど、アラブの楽器の歴史の深さや、楽器が出来た頃の古い旋律を今でも大切に奏でている精神に感銘を受けました。
エジプト芸術学院アラブ音楽学校でのワークショップ
川崎:エジプトでの公演は、若者や地元の方々の集まるエル・サウィ文化会館(Sawy Culture Wheel)と、四半世紀前に日本の援助で建てられたカイロ・オペラハウスで行われました。
高橋:エル・サウィ文化会館は、ナイル河の中州にある会場で、ナイル河クルーズの船が行き交うライブハウスのような自由な雰囲気でしたし、もう一つのカイロ・オペラハウスは、その名の通り、オペラ、バレエの公演もある由緒ある会場でした。それにしても、エジプト・カヌーン(アラブ音楽で伝統的に使われる撥弦楽器)奏者のサーベル(Saber)さんとの共演は、打ち合わせも事前練習もないものでしたが、さすがに世界の舞台で活躍されている方だけあって、お互い即興共演を充分楽しむ事ができましたね。
(左)エル・サウィ文化会館での公演、(右)カイロ・オペラハウスでの公演
川崎:サーベルさんとは、エル・サウィ文化会館では「Zorony」、カイロ・オペラハウスでは「El-rabi3」という、いずれもエジプトでは有名な楽曲を演奏させていただきましたが、最初のフレーズを尺八で吹くと、会場からざわめきと歓声がおこりました。また日本民謡の「秋田荷方節」にサーベルさんに加わってもらってのセッションも大変盛り上がりました。エジプトでも皆さんに終始真剣に聴いていただき、こちらも大変楽しく演奏することができました。
高橋:エジプトの人々も、感情表現が非常に豊かで、演奏途中の拍手やスタンディングオベーション、アンコールの声もたくさんいただいて、公演後は舞台に観客が上がってきての握手、写真撮影など大騒ぎでした。
エジプトと言えばピラミッドとスフィンクスですが、カイロから西へ13キロ離れたギザの町に向かうと、空があっという間に砂で覆われ、目の前に砂漠が迫ってきました。巨大な建造物が何にも保護されずにそこにある姿はとても自然で、ゆったりとしかし確実に流れてゆく時間を見つめているような気がしました。カイロに戻る道を振り返ると、街のビルと巨大な遺跡が違和感なくとけ込んでいるところに、「今晩の耳掃除の時は充分気をつけて」と思わぬ注意を受けました。エジプトでは目も鼻も、耳にも砂が入り込み、無造作に綿棒を使うと、細かい砂で耳の中を傷付けてしまうというのです。そこで、現実の生活スを実感したわけです(笑)。
「また来て下さい。待ってます!」
川崎:中東公演最後の国、イランに到着したのは現地時間の深夜。エジプトでの出発が1時間も遅れたため、飛行機を乗り継ぐことができず、ドバイで約5時間、次の便を待ち、テヘランに到着したのは午前2時半、約13時間の長旅になってしまいました。
高橋:テヘランに到着した日は、イスラム教の犠牲祭真っただ中、町は静かで人気もなく、いったいお客さんは来てくれるのだろうかと少し不安になりましたね。
川崎:イランの首都テヘランは標高1,200mの場所にあり、訪れたときはちょうど短い雨季で、少し涼しい気温のせいか、街の雰囲気も他の国と比べて落ち着いて感じました。
高橋:テヘランでは「日本文化週間」が開催されており、そこで2日間に渡りアラスバーラーン文化センターで邦楽の公演を行いました。文化センターには、美しい日本の風景をパネルで展示してあったり、イラン人の子供への日本紹介プログラムとして、折り紙や書道のデモンストレーションなども行われていました。
川崎:イランは日本との文化交流も盛んなようで、テヘランの剣道道場の先生と生徒の演武なども披露されていました。
(左)アラスバーラーン文化センター、(右)テヘランの剣道道場の先生と生徒の演武
高橋:二夜連続の公演には、イラン政府関係者をはじめ、文化人、一般市民、学生など多くの観客が訪れて、演奏会が始まると、到着当初の不安も払拭される程の盛り上がりで、 最後にサプライズでイラン国歌を演奏すると、観客全員起立し、歓声が沸きました。そして、舞台終演後には観客が舞台に上がり、記念撮影や握手を求められ、ここでも突然のラジオやテレビ局のインタビューも受ける事になりました。
アラスバーラーン文化センターでの公演
川崎:テヘラン滞在の最終日には、マーフール文化芸術院を訪問し、教授やイランの伝統楽器奏者の方たちとディスカッションもさせていただき興味深い時間を過ごすことができました。
マーフール文化芸術院にて、教授やイランの伝統楽器奏者の方たちとディスカッション
高橋:今回訪れた3カ国は、同じイスラム教の国であり、文字も食材も、楽器も似通ってはいますが、チュニジアとエジプトはアラブ圏、イランはペルシャ圏で、アラブとペルシャとは、全く異なる文化習慣を持つと改めて感じました。
「同じアジアの国でも、中国、韓国、日本とは全く違うでしょ?!」と日本留学の経験を持つ通訳の女性はにっこり笑って流暢な日本語で説明してくれて、最後に、日本語で「また来て下さい。待ってます!」と握手を求められたのですが、それが一番嬉しい言葉でした。
川崎:この中東3カ国公演を通じて感じたことは、風土・文化・宗教の違いによって慣習や考え方など様々な違いはあっても、音楽にのせた思いは、人種・国・民族を超えて伝えあう事が出来るという事でした。
東日本大震災の折、沢山の国の方々からご支援と励ましのお声を頂きました。その感謝の気持ちを、直接伝えることが出来たのも今回の大きな収穫でした。今後も積極的に、自分に出来ること、伝えられることを国内だけでなく、世界に向けても届けていければと思います。
高橋竹童 (津軽三味線)
父親の影響で9歳より津軽三味線を始める。高橋竹栄のもとで早くからその素質を開花させ、19歳で津軽三味線の大家、初代高橋竹山に師事、最後の内弟子となる。
20歳で胡弓を長谷川清二氏に師事、翌年より胡弓弾きとして「風の盆」に参加。また、琉球三線フェスティバルへの出演を機に沖縄音楽に触れ、三線を照屋勝武氏に師事した。
24歳よりソロ活動を開始。師、竹山譲りの豊かな音楽性を継承すると共に、胡弓や三線も取り入れた奥行きある演奏の深い叙情性には定評があり、豪快な音締めと軽妙洒脱な舞台運びでオリジナルなスタイルを創出している。
2006年、打楽器の和田啓と筝の丸田美紀と共に「Trinity」を結成、2009年に「Trinity」のCDをリリース。中村勘太郎、七之助、和太鼓の林英哲とともに錦秋特別公演「芯」全国ツアー(2009年、2011年)に参加。ウズベキスタン、カザフスタン(2004年)、ヨルダン、レバノン、ボスニア(2005年)、フィリピン、ベトナム(2011年)など海外公演経験も多数。大衆演劇や落語等の芸能文化への造詣も深く、そのアーティストとしての活動域は、ジャンルを超えて一層の広がりを見せており、更なる注目と期待を集めている。
川崎貴久(尺八)
父・川崎銀豊から琴古流尺八を学ぶ。山陰尺八道場代表・筧秀月に琴古流尺八及び明暗流尺八を師事。三橋貴風に古典本曲から現代邦楽まで幅広く師事。第5回尺八新人王決定戦優勝、第50期NHK邦楽技能者育成会卒業、第8回東京邦楽コンクールにて現代邦楽研究所賞及び日本現代音楽協会賞受賞、第1回国際尺八コンクール入賞。
韓国(2006年)、台湾(2008年、2010年)、フランス(2008年)、ロシア(2009年)など海外での音楽祭への参加や公演など多数。
古典本曲から三曲合奏、現代曲は勿論の事、洋楽器とのセッションや様々なジャンルとの共演も積極的に行っている。