切り紙と歩くベトナム〜ホーチミンからハノイへ

矢口 加奈子(切り紙作家)



初めて降り立つベトナムの玄関口、ホーチミンのタンソンニャット国際空港から30分ほど。市街地に入ると、工事中の建物と古い洋風の建物、新築のビルなどが混在する街並が目に飛び込んできます。バイクの多さは話しに聞く以上に道にあふれていますが、緑が茂っているおかげか空気の悪さはそれほど感じません。高温多湿の雨期のベトナムの9月と日本の9月、気候にもそれほどの差は感じませんが、そこは東南アジア有数の都市、そして日々発展する都市であるホーチミンには底知れない熱気と勢いが満ちていて、到着して数時間にもならないうちから高揚感で胸がいっぱいです。

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バイクが多いホーチミンの市街地

2007年に初めて出版した本をきっかけに、忘れかけていた誰でも経験がある切り紙の親近感と手軽さ、その中にある奥深さを本を通じて再認識してもらったように思っています。切り紙は、伝統文化でありながら、戦後の統制により日本の教科書から消えて以来忘れかけられた分野であったため、私自身も子供の頃に創った記憶はあるものの、大学生になるまで切り紙を創った覚えがありません。これを新たにクローズアップし、文字通り切り開いていくことで、懐かしくも新しい制作スタイルとして模索し続けてきました。
これを、改めて人に伝える・・・そして日本ではない場所で、文化の違う国でその背景と共に伝えるということは、私にとってまた新たな挑戦となりました。
ホーチミンで3回、ハノイでも3回のワークショップとギャラリーでの個展「百の詞と百の花~切り開く切り紙の世界」を開催。たった10日間でこれだけのボリュームをこなすには、現地のスタッフの方の準備、日本からの下準備などなど、沢山の方々のご尽力は言うまでもなく、開催する毎回のワークショップにまず参加してもらわないことには!

いつスコールになるか、変わりやすい天気の中で始まった最初のワークショップから多くの参加者とともに切り紙と日本語を使いグリーティングカードを制作していきました。挨拶状というテーマで日本語のレクチャーの後、まず私が切り紙を切るところからスタート。広げた時にあがる歓声にいつも嬉しさと一緒にほっとした気分がわき上がります。これでちょっと皆さんに気分をほぐしてもらい、参加者も制作を始めます。だれに送るのか、どんな色やかたちにするのかはひとそれぞれ。ヒントは多種多様にありますし、完成は十人十色。すべては制作者の想い次第で、切り紙に失敗はありません。そこがまた難しいようで、なかなか切り始められない人もいます。メールや携帯電話が普及し続け、文字を書くこと自体、機会が減っている状態。文字を書くこと、ハサミと紙だけで自分の心のカタチを再発見していくことは、新鮮で自分自身に目を向ける行為なのではないでしょうか。とはいえ、そんなに高尚なこととは思いもよらずに入り込んで、そこから世界が広がって。切っても切ってももっと切りたくなり、もっといろいろなカタチに出会いたいと思う、「ハマる」という言葉で表したくはないのですが、そんな感じ。そんな気分を味わうには下書きをせずにどんどん切ってみること。するとそこには想いもよらないカタチが表れる、それが切り紙の一番の面白さです。

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ホーチミンでのワークショップ

2時間弱では足りないほど、どの回でも集中して制作する人ばかりでした。ハノイでは開催期間中で全員参加!展示も開催しているということもあり、見ると自分でも創ってみたくなる身近さを作品からも感じてもらえたようです。

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ハノイでのワークショップ

ギャラリーでの展示では、切り紙の立体感と様々な記憶のかけらをカタチにする自身の表現方法を伝えることを重要視した作品をめざし、素材も紙に留まることなくアクリル、アルミ、木材などを多様して「百の詞と百の花」というタイトルで空間を創り上げていきました。現地で材料を調達するところから始めましたが、電源は電気屋さん、塗料はペンキ屋さんと材料によって購入出来るところがバラバラで、探してもないものもあったりして。当たり前だと思っていたことが全然当たり前ではない、宝探しするような楽しさも感じながらの展示準備もハノイならではの体験でした。

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材料の調達
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展示の準備中

3日間の短い展示準備を経て、初日のオープニングとアーティストトークには熱心な若者(ベトナムの平均年齢は28歳?!)中心に幅広い年齢層の約250人以上が参加して下さいました。独自の表現でありながら、文化として提案する今回の私の切り紙の作品について、充分に興味を持って観覧して下さる姿にしみじみと感激している間もなくあっという間の初日を終えました。

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オープニングとアーティスト・トーク
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多くの取材陣
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個展「百の詞と百の花~切り開く切り紙の世界」

切り紙は、古き良き文化という側面だけでなく時間をかけて今この瞬間の様々なものを吸収しながら、新たな息吹を吹き込んでいくことのできる価値あるものだと思っています。
ベトナムにも世界中にも埋もれてしまっている伝統文化があるかもしれない。ずっと変わらないことが伝統文化ではありますが、社会の変化と共に変わっていくのもまた伝統文化。今気づかなくても、十年百年と進んで行くうちにあらためてはっとする文化が今あなたの触れているその文化かもしれません。切り紙という伝承文化でありながら、私にとっては唯一無二の表現方法を再発見することができる環境にいた日本に感謝しつつ、今回出会った皆さんに感謝しつつ、これからも切り紙と向き合っていきたいと思っています。


Photo by Kumiko Ashizawa




kirie_vietnam01.jpg 矢口 加奈子(やぐち かなこ)
1976年千葉県生まれ。女子美術大学芸術学部デザイン科卒。切り紙作家として個展を中心に活動しながら、企業とのコラボレーションデザイン、店舗のインテリアや企業誌や雑誌等への作品提供、テレビCM、装丁など様々な形態で切り紙のアートワークを提供。
また、女子美術大学、東京デザイナー学院で非常勤講師も務める。
主な著書に、『やさしい切り紙1』『やさしい切り紙2~切りとる街の旅物語』(池田書店)、『大人の切り紙のほん』(PHP研究所)、『めぐる季節の切り紙』(文化出版)、作品集『こころもよう』(池田書店)、絵本『切り紙のじかん わたしのかえり道』(秋田書店)他多数。
http://www.yorokobinokatachi.com/



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