マドリード日本文化センター 柴崎いずみ
ワークショップに参加するスペインのこどもたち
スペイン東部のカタルーニャ州は、州都バルセロナが日本人にも人気の高い観光地としてよく知られています。毎年4月23日はカタルーニャ州の守護聖人サン・ジョルディを祀る日で、この日は大事な人に本とバラを贈るという慣習があり、街中にバラと本の販売スタンドが立ち並びます。
こどもたちに文学に親しんでもらうことを目的としてバルセロナ市が開催するMon Llibre(モン・リブラ:本の世界)は、サン・ジョルディに先駆けて開催される児童文芸フェスティバルです。そして今年のモン・リブラに、国際的に活躍する絵本作家・五味太郎さんが参加してワークショップを行うことになりました。25メートルもの長さの大きな紙に、参加者が自由にお絵描きをするというもので、五味さんによるルールは「それぞれ好きな色を使って、好きなだけスペースを使い、好きなことを描いていい」というもの。この楽しそうなワークショップをマドリード日本文化センターも共催することになり、バルセロナ市等の関係者と準備を進めていました。
しかし、ワークショップまでいよいよ1ヶ月を切ったタイミングで、東日本大震災が発生しました。衝撃的なニュースはスペインにもすぐに届き、日ごろお世話になっているスペインの方々だけでなく多くの一般市民までが、日本のことを心配しお見舞いの言葉を次々に寄せてくださり、センターでも対応に追われる日々が始まりました。
震災のさまざまな影響で文化事業の実施が中止されたり縮小されたりする中、五味先生のワークショップについても、どうするかという課題が浮上していました。多くのスペイン人から「何か日本のために手助けができないか」と差し伸べてくれる手に対し、私たちはどう答えるべきなのか、自問自答が続きました。
そんな中、センターと密接な協力関係にあるカサ・アシアが、日本の国民へ連帯を表明し復興を祈るイベントをやろうと持ちかけてくれました。3月26日に開催されたこのイベントは、センターを開放し、訪れる人々に折り鶴の作り方を教え、千羽鶴を作るというものでした。最終的に2千人近くの訪問があり、それぞれが気持ちをこめて鶴を折ったり、日本へ励ましのメッセージを書き残してくれました。そんな様子を見て、「むやみに事業を中止するのではなく、こんな時だからこそ、海外にいる私たちが外国の人々と結束して日本に応援のメッセージを送るという事業の形もあるのではないか」という思いが増してきました。
参加者が折った鶴をつなげるカサアシアのスタッフたち
五味先生にその思いを伝えようと思いつつ、日本から届く悲惨なニュースを見るにつれ心は暗くなるばかりで、どう声をかければよいかわからない状況。しかし、いよいよ決断を迫らなければならない時が近づき、意を決して五味先生の事務所に電話したところ、「迷っている」というお返事。いつも明るい声で対応してくださる五味先生の落胆した様子に、他にかける言葉がありませんでした。
そこでバルセロナに出張し、モン・リブラに状況を報告して事業の実施の有無を決断することになりました。同じ日本人として先生の心境にも共感できる一方、このワークショップを通じてスペインの子どもたちと共に日本に向けた希望と祈りのメッセージを送ることもできるのではないか、という複雑な思いで向かった会合でした。
するとモン・リブラの担当者たちも同じような思いを持っており、もともと予定されていたイベントに修正を加えたり、新たな企画を加えたりして、モン・リブラを日本の復興祈念のイベントと位置付けたいと申し出てくれたのです。さらに、カタルーニャ州政府は、今年のサン・ジョルディの日を日本の復興祈念の日と位置付け、日本への連帯を表明することになったというニュースも入りました。
「もし五味先生の来訪が実現しワークショップを実施すれば、カタルーニャの子どもたちと共に、日本の子どもたちに向けた希望と復興への祈りのメッセージを送る機会になると思う。日本にいる人たちがみんな落ち込んでいる気持ちはよくわかる。だからこそ、海外にいる私たちから元気を送るべきなのではないか。」モン・リブラの人たちと新たにした思いを先生に伝えたところ、先生から、「スペイン人のありがたい気持ちにこたえないわけにはいかない、バルセロナに行きます」というお返事を頂いたのです。
こうした経緯を経てついに迎えたモン・リブラ初日。会場内には、折り紙ワークショップのスペースが用意されたり、「祈」と書かれた旗がはためくステージが作られたり、赤十字の募金箱が用意されるなど、会場のあちこちで日本のためのイベントが用意されています。そして開会を発表する司会者から、センターが用意した犠牲者への哀悼とスペイン人の連帯に感謝をするメッセージが読み上げられ、いよいよ五味先生のワークショップが始まりました。
ビニールシートを敷かれた野外のスペースに、25メートルの青い紙が広げられます。絵筆を手に待っていた子どもたちがそろそろと紙に近づき、ぺたぺたと絵を描き始めました。最初は遠慮がちに紙の周囲に描いていましたが、あっという間に参加者でいっぱいになり、ついには紙の中心側にも入り込んで、どんどんと紙の余白を埋めていきます。緑、オレンジ、白、ピンク・・・鮮やかな絵の具が青のじゅうたんを染めていくようです。
はじめは、そろそろと端から書き始めるこどもたち。
あっという間に、周囲はペイントだらけに。
手にぺたぺた絵の具を塗って、筆の代わりに手でお絵かきしたり...
絵の具を上から飛ばしたり...いろいろな方法で絵を描きました
そしてあちこちに見られる、日の丸の絵や「日本」「Japon(ハポン:スペイン語で日本の意)」「Love」といった文字。ワークショップを始めるに際し五味先生が、「日本の子どもたちにメッセージを送ってくれれば嬉しい」と言ったコメントを聞いて、それぞれが日本への思いを描いてくれているのです。そして、あれほど大きな紙に余白がなくなってしまって交換しても、参加者が次々に交代していっても、日本に向けたメッセージは次から次へと途切れることなく描かれていきました。「もうすぐおうちに帰れるよ」「日本のみんな、がんばって」「私たちは友達」・・・スペインの子どもたちからの温かいメッセージに、関係者一同が心から感動していました。
五味さんの言葉に答えるように、つぎつぎと日本を応援するメッセージも書き込まれました
こんなのや...
そして子どもたちによって描かれた紙は、描いておしまいではなく、モン・リブラの会場の至る所に飾られ、2日間の開催中に多くの人たちに鑑賞してもらうことができました。巨大な紙を少し離れて見ていると、何も申し合わせたわけではないのに、なぜかまるで1人のアーティストによる作品を見ているような錯覚がします。参加者それぞれが日本に思いを向け、心を一つにした結果の表れのように思えました。
大きなキャンバスはあっという間にこどもたちの絵でいっぱいになりました
こどもたちが使った絵筆と紙コップたち...すごい量!
五味さん、お手伝いいただいたみなさん、本当にありがとうございました
写真提供:ブロンズ新社、Manabu Matsunaga(集合写真)、Cocobooks