2010年秋、タイ有数のコンテポラリー・シアターであるパトラワディー・シアター(バンコク)にて、日本の作品が2つ上演されました。各2公演、計4回のチケットは全て売り切れ、英字紙『The Nation』には計4回も批評記事が掲載されるなど、マスコミの注目も浴びました。
チェルフィッチュ「三月の5日間」公演(2010年11月11日(木)、12日(金))現在、日本の演劇界で最も注目されている脚本・演出家の一人、岡田利規氏主宰。NY・パリなど世界20都市以上で上演され、演劇界から高く評価された「三月の5日間」公演が、タイで初めて上演されました。
高嶺格「Melody Cup」公演 (2010年11月5日(金)、6日(土))現代美術作家・高嶺格氏が、2009年に、タイと日本の若手アーティストと共に製作した作品「Melody Cup」(兵庫県、アイホール)のタイ公演。
タイでは伝統的なタイ舞踊や商業演劇が盛んですが、いわゆる「コンテンポラリー」に分類される舞踏や演劇も少数ながら活発に上演されています。日本のコンテンポラリー・シアターも人気があり、2010年11月に国際交流基金が実施した、日本文化への関心度や内容を測るウェブ調査では、演劇分野の中でもコンテンポラリーへの関心が一番高いことが明らかになりました。また、1997年の野田秀樹氏の「赤鬼」公演をはじめ、タイの演劇界には少なからず日本の影響が見受けられます。
(赤鬼公演とその後の動きについてはこちら:http://www.performingarts.jp/J/pre_interview/0910/1.html)
「三月の5日間」および「Melody Cup」の両公演は、国内外で高く評価されているコンテンポラリー作品で、タイの演劇界の関係者は非常に楽しみにしていました。
私たちの役割は、様々な事業を通じて、タイと日本の多様なレベルでの<人と人との交流>を促進することです。コンテンポラリーの分野は、先鋭的であるだけに必ずしも一般受けするものばかりとは限りませんが、適当なカウンターパートを引き合わせれば、将来にわたり続く交流の芽が生まれ、育っていく可能性のある分野です。
今回は、タイで最先端の演劇を手掛けている人、または学んでいる人に焦点を絞り、公演を通じて何らかのインスピレーションを得てもらうことと、事業の後も息長く続いていく交流の種をまくことの2点を目標としました。そして、事業の趣旨に共鳴してくれる共催者を選定し、現地の専門家の意見を聞きながら、タイの文化や価値観に馴染みやすいアピールの仕方を検討することから始め、必要に応じて台詞の翻訳を行ない、関心を持ちそうな層へ積極的に広報を行いました。
それぞれの公演の様子と観客の反応を、少しご紹介します。
チェルフィッチュ「三月の5日間」公演
俳優が入れ替わり立ち替わり、人から聞いた話を観客に説明(代話)するというスタイルで展開する作品。台詞が間断なく続くため、タイ語字幕をつけて上演しました。また、タイ語を話さない外国人観客のために英語字幕も映しました。タイ人スタッフは、「タイ人は細かい字幕を追うのが苦手」と心配していましたが、実際のアンケートでは9割以上の観客が「満足」と回答、「こんな斬新な手法は初めて」と大変好評でした。
2日目は、公演に先立ち、岡田氏による非公開のワークショップをチュラロンコン大学にて同大学演劇学科との共催で実施しました。『The Nation』紙のコラムニストでもある同大学教授のPawit Mahasarinand氏をコーディネーターに迎え、 B-floor(コンテンポラリー公演団)などタイの演劇界の選りすぐりのアーティスト、ディレクター10名を対象として「言葉と身体の関係」をテーマとした演出方法を教授しました。
私たちは普段話しながら色々なジェスチャーをしているのですが、注意深く観察すると、それ自体が非常に豊かな表現であることがわかります。岡田氏の手法は、その身体の動きを、言葉から一端切り離し、取り出しておいて、改めて言葉にその動きをつけていく、という極めて<現実的>な表現を舞台で再現していくというもの。岡田氏によれば、演じる人が、頭の中に話の内容の「イメージ」をきちんと持っておくことが大切だそうです。Pawit氏は、「従来の舞台では、台詞と身振りは一体であるのが基本で、自分もそのように教えられてきました。今回は、その身体と言葉の関係に関する自分の観念を覆す、衝撃的な体験となりました」と語っています。参加者のアーティストも、「これから自分の舞台に生かしてみたい」と意欲を見せてくださいました。
高嶺格「Melody Cup」公演
現代美術作家・高嶺格氏が、2009年にタイと日本の若手アーティストと共に製作した作品「Melody Cup」(兵庫県、アイホール)のタイ公演。ステージの半分を客席にするという斬新な仕様で、笑いあり、涙あり、映像・音・照明・パフォーマーを組み合わせ視覚効果を重視した舞台展開。<空間を丸ごと使った美術作品>あるいは<巨大インスタレーション>とも形容できるようなステージが展開されました。観客には、演劇ファンだけではなく、ジム・トンプソン・アート・ギャラリーなど美術分野の関係者も含まれ、「非常に面白い。今後の展開が楽しみ」と好反応でした。
この舞台の醍醐味は、高嶺氏を中心とした、タイ人と日本人のアーティストの熱きコラボレーション。高嶺氏とメンバーの皆さんは、公演前にバンコクに10日間滞在し、タイ人と共に「再」クリエーションを行ないました。舞台を降りたあとも、両国のアーティストが、言葉の壁を越えて、とても親密に交流している様子から、強い絆が生まれていることが窺えました。
2011年2月には横浜にて本公演の再演が予定されています。舞台にさらに磨きをかけ、今後の交流がさらに深まっていくことを願っています。