パリ:近代の証人、現代の象徴?「蟹工船」フランスに蘇る

パリ日本文化会館
topic_1006_pari01.jpg (c)北星 2009年11月、小林多喜二の小説「蟹工船」のフランス語訳が出版されました。蟹を獲り缶詰に加工する船の中で劣悪な労働環境におかれた労働者たちが、人間的な権利を求め団結して立ち上がる-----蟹工船を通じて資本主義システムを告発する、日本のプロレタリア文学の代表作です。1929年に発表された小説が、2008年、日本の若い人達の間でブームとなり、再び脚光を浴びたことが日本でも話題となりました。 パリ日本文化会館では「蟹工船」の翻訳出版を機に、2010年1月、「プロレタリア文学の名作『蟹工船』の現代性」と題した映画上映会と討論会を企画しました。ねらいは、フランスであまり紹介されてこなかった、プロレタリア文学という日本文学史の一側面を紹介すること、そして文学作品紹介にとどまらず、80年前に書かれた小説が、いったい何故現代の日本で共感をもって読まれたのか、ブームの背景を探りながら現代日本社会について考えること、の2点です。

討論会に先立ち、山村聰監督「蟹工船」(1953年)を上映しました。作品を視覚化して鑑賞できたことに加え、島村輝氏(フェリス女学院大学教授)より、映画と小説との相違や、映画化の背景に1950年代の「反戦」の思想があったこと等が解説されました。討論会では、ジャン=ジャック・チュジン氏(パリディドロ第7大学名誉教授)が小林多喜二の生涯とその活動、思想、文学作品を紹介しました。「蟹工船」の翻訳者であるエヴリーヌ・ルシーニュ=オドリ氏は、小説の文体や、作品で多用される比喩や方言、オノマトペ、また群像劇をフランス語へ翻訳することの難しさについて発表しました。最後にセシル坂井氏(パリディドロ第7大学教授)より、日本の「ロスジェネ」「ワーキングプア」と呼ばれる世代に、自身のおかれている環境と重ね合わせて、現実味をもって小説が読まれこと、また共感に加え、政治的活動が意味を持っていた時代へのノスタルジーがあるという点など、日本の社会的・経済的背景について解説がありました。


topic_1006_pari02.jpg(c)北星
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「蟹工船」のフランス語訳出版に関し、日本でのブームという事実とともに、フランスの多くのメディアが書評を掲載しました。またフランスでなかなか上映する機会のない映画が上映されたことで、当日は230名を越える来場者があり、この催しも好評を博しました。パリ日本文化会館は複合的な文化施設として、伝統、現代にとらわれない多様な日本紹介を目指しています。一つの小説を元に、映画、小説、翻訳、日本の近代と現代、そして文学と社会という多層的なテーマを縦横無尽に語る企画が実現できるのも、会館ならではのことです。

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