真鍋大度[アーティスト、プログラマー(サウンドデザイン、インタラクションデザイン)]
石橋素(エンジニア、アーティスト)
国際交流基金(ジャパンファウンデーション)パリ日本文化会館は、現代を生きる人々の感性に照応する新しいクリエイティビティーを国際的な視点をもって紹介する試みとして、現代アーティスト、建築家、デザイナーなど、その類いまれな創意やジャンルを超えた表現で国内外にて活躍するアーティストやクリエーターを紹介する展覧会シリーズ「トランスフィア(超域)」を、同館展示部門のアーティスティック・ディレクターである岡部あおみ氏監修のもと開始しました。初年度となる本年のシリーズ第1弾として、最先端の技術に精通するメディアアーティスト真鍋大度氏と石橋素氏を迎え、2016年3月16日から5月7日の会期でトランスフィア#1「創意のランドスケープ」を開催しました。
本展の図録に掲載された真鍋氏と石橋氏へのインタビューを、展覧会風景とお二人のこれまでの作品とともに紹介します。
(全て)Daito Manabe + Motoi Ishibashi "rate-shadow", 2016
photo by Graziella Antonini
パリ日本文化会館での展示風景
――お二人はそれぞれライゾマティクス所属のプログラマー/エンジニアであるほか、2015年に立ち上げ共同主宰する「ライゾマティクス リサーチ」では開発・研究者でもありますが、そのクリエーションは最新技術と芸術を融合し、まだ見たことのないものを可視化しています。多岐にわたる活動の中で、お二人はそれぞれどういった創作においてそれをアーティストとしての活動とし、その他の肩書での活動とを区分しているのでしょうか?
石橋:大きく分けると二種類あります。わたしたちが主導するプロジェクトなのか、オーダーやオファーがあってお手伝いをしているプロジェクトなのかという違いです。例えばわたしたちとたくさんの作品を作ってきた、ダンスカンパニーELEVENPLAYとのプロジェクトにおいても、わたしたちのやりたいことが主導になる場合と、彼女たちのパフォーマンスを僕らがテクニカルでお手伝いする場合があります。公演でも二通りあって、《MOSAIC》(2012年)はELEVENPLAYが主導で、《border》(2015年)はわたしたちの主導。その割合はだいたい50/50くらいです。
――《border》の場合には、鑑賞者が乗り込むパーソナル・モビリティを無線で制御して体験させることで、新しいかたちで身体性へのアプローチを行っていました。これはどのようなところからスタートされたのでしょうか。
Rhizomatiks Research + ELEVENPLAY "border", 2015
photo by Muryo Homma (Rhizomatiks Research)
石橋:最初の出発点は、VRやヘッドマウントを装着した体験を作ることへの興味からです。ただ、鑑賞者の方が自由に動くとパフォーマンスが成立しないので、どうやって体験を作っていこうかと考えていました。良いタイミングでWHILLの方と知り合って、これを使ってみようということでコラボレーションになりました。またどの方向にも動くことができる「オムニホイール」を使えばセットの位置を自由に使える事ができるということで、舞台上のセットも無線制御して無人で動くようにしています。
――それでは、アート作品を制作するモチベーションは何なのでしょうか?
真鍋:モチベーションというよりもっと根源的な話をしましょう。例えば僕が何かを訴えたいと思ったときに、言葉にするのならば歌手や作家を目指していました。僕が表現の媒体として音楽や数学を選んだのは、言葉で表現することはしたくないと思ったからです。というのも、言葉でないものが持つ普遍性に惹かれるのです。言語は百年、千年経ったら変わってしまうものですが、数学は人間が作ったものではなく、自然にあるものを人間が発見しているだけなので変わることがありません。数学者にも、そういうところに惹かれている人が多い印象がありますね。
――《traders》(2013年)のように、リアルタイムの株取引をテーマにした作品を作った理由は?
真鍋:《traders》では社会の仕組みを暴きたいと考えました。制作当時の2013年は、株の高速取引がテクノロジーのトレンドだったので株をモチーフに選びました。現在では、テクノロジーのトレンドはビットコインやブロックチェーン、フィンテックに変わっている。だから今、社会の仕組みをテーマにした作品を作るとしたら、そういったものを選ぶでしょう。
"traders at MOT" (realtime visualization of Tokyo Stock Exchange), 2014
東京都現代美術館での展示風景
photo by Eiji INA
――どういうことを観客に伝えたいと思われるのでしょうか?
石橋:作品というかたちで試してみたいテクニックと、表現したいことがマッチするときにそれは生まれます。例えばドローンにスポットライトを乗せた《shadow》(2015年)などの作品は、ドローンにスポットライトを乗せてみたら美しく良いものになるだろうという発想が発端でした。そして、そのビジュアルを実現させるために、テクニカルとしてチャレンジしがいのあるハードルも想定できる。ただ、それだけだと表現にはなりません。そのドローンが実際にどう動いて、どう展開するのかというパフォーマンスは演出振付家のMIKIKOさんが手がけています。
Rhizomatiks Research x ELEVENPLAY "shadow", 2015
photo by Muryo Homma (Rhizomatiks Research)
――そういった発想のために、自主的に大掛かりな実験を行われているのでしょうか。
石橋:半年に一回くらい、いくつか大きめなプロジェクトが重なるタイミングに合わせて、東京から離れた大規模なスタジオで制作合宿を行います。わたしたちハードウェアのチームは10人前後です。みんなそれぞれ得意分野が異なっています。細かい手作業が必要で、かつ技術も求められるテクニカルな衣装などのクラフト、デバイス、電子回路、プリント基板など回路の担当など。わたしが彼らに「こうしてほしい」と指示を出すのではなく、全員とやりたいことを共有し、それぞれが自分の出来ることをきっちりやる、という感じで進めています。
――ハードウェアとソフトウェアという異なるメディアの制作分担はどのように進められるのでしょうか。
石橋:順番としては、ハードウェアが先です。ハードウェアが出来た後にソフトウェアを作り込みます。だから、ハードがないと何も作り出せないんです。 ハードウェアのデザインにおいては「理にかなったもの」が美しいと思っています。ハードウェアは、ソフトウェアよりもできる/できないという制約が多く、シビアです。装飾的なところよりも「理にかなっている」ことを優先していくところに美しさが生まれると思っています。
真鍋:僕らのプロジェクトは制作期間が短期間なことが多いのが大きな特徴です。そこでソフトウェアに関しては、最初に基本的な検証を行い、制約を見極めて、その制約の中でどうやって動かすか?を考え、シミュレーションをしながらハードウェアの完成前に制作を進めています。そこが僕らのチームの強みと言えるでしょう。ただチャレンジするフォーマットが映像、ドローン、3Dなど毎回違って多岐に渡るので、毎回新しい知見を得るのに骨を折っています。その苦労はハードウェアもソフトウェアも同じです。
――お二人それぞれの生い立ちは、アーティストとしての活動にどの程度影響していますか?
石橋:そもそもメディアアートに興味を持ったきっかけでいうと、坂本龍一さんの影響が大きいですね。高校から大学の頃には坂本さんのコンサートやライブをずっと追いかけていました。当時、原田大三郎さんや岩井俊雄さん、江渡浩一郎さんらとデジタルなライブ演出やアート作品を手がけていたので。もっと遡ると、高校の頃に「遊園地を作りたい」という夢を持って。そこで遊園地自体の設計や建築ではなく、ジェットコースターなどのメカニカルなものに興味を惹かれて機械系の大学に進み、制御システム工学を学びました。自分で作品を作り始めたのは、大学卒業後に進学した情報科学芸術大学院大学(IAMAS)から。岩井俊雄さんらが活躍している面白い学校があると知り、大学院には行かずに岐阜のIAMASを選んだのです。学長はメディア・アート史の専門家、坂根厳夫氏で、自由度の高い学校でした。前半に授業をまとめて行い、後半はそれぞれの作品づくりに没頭出来るんです。そこで最初の夏休みに、加速度センサーや傾きセンサーを使って画面を傾けて遊ぶゲームを作り、メディア・アート・センタ-のNTTインターコミュニケーション・センター[ICC]で展示をしたのがわたしの初めての作品展示になりました。IAMASで良かったのは、コンピュータができない美術大学出身者が半分、エンジニアリングが出来るけど作品を作ったことがないわたしのような人が半分という比率だったことです。自然に表現のためのエンジニアリングをお願いされる機会が多くなり、そこから共同作業で作品を作る素地が出来ていったのだと思います。メディアアーティストのクワクボリョウタさんも同級生で、彼の作品を手伝ったりもしていました。
――お二人の出会いは?
石橋:IAMASを卒業後は東京藝術大学で非常勤講師として働きました。そこに大度くんが僕の後任としてIAMASから入ってきたのが最初の出会いです。二人で最初に作った作品は、デパートのエントランスに置く、インタラクティブな映像作品でした。7秒前の自分がずれて画面に写るというもの。2004年のことです。その後はRFIDを使ってLED照明をコントロールできる作品をLED会社の展示会のデモンストレーションとして作ったりしていました。
真鍋:石橋さんはその当時、テクノロジー・ アートの手法をもちいたコミッションワークを手がける先駆者のような存在でした。石橋さんに誘ってもらってコミッションワークを初めて作ったとき、それまで個人で作っていた作品のようなことが仕事になったことがすごく衝撃でした。「これがお金になるのか!」という。ライゾマティクスは最初Webのクリエイティブを手がける会社として初めて、インタラクティブなプロジェクトがコミッションワークで依頼されるようになったのは2006年の創業から3年ほど経ってからでしたね。
――真鍋さんはエティエンヌ=ジュール・マレーの創造への姿勢に共感するとおっしゃっていましたが、それはどうしてですか?
真鍋:マレーが画期的だったのは、踊りというものを映像として、データとして捉えたことです。ちょうど彼らが活動した時期に、僕らが今やっていることの原点が生まれ、重要な研究者やアーティストが出てきました。だから僕らは彼らの影響を絶大に受けているというか、彼らが作ってきた教育の上に居ると思っています。彼らの作品は美術品ではなく、研究として見ている面が大きいですね。フランスのアーティストで好きなのはブレーズやクセナキスらの現代音楽家。特にクセナキスは、確率論ではなく代数を使って作曲をしていたのが本当に新しいと思いました。集合っていう概念や群など斬新なアプローチで作曲をして、当時のコンピュータでは再現できないくらい高度なことをやっていた。すごいと思います。
――アーティストにとって、技術/テクニックはどのような意味を持っていますか?
真鍋:僕も石橋さんも、「職人芸」な作業へのこだわりがあって、それが全くないのは寂しいと思ってしまうんです。その作業は全く一般化されていないものなので、自分でやるしかないところがやりがいなのだと思います。だから僕はアーティストではなく職人として扱われても満足なんです。アーティストとしては、クラフトのスキルよりもコンセプトが大切にされるので。ただ日本は「手を動かしている=偉い」っていう風潮は他の国よりも強いと思いますね。
石橋:自分が手を動かさなくても今はアートを作るということが成立しますが、僕もちょっとさみしいと思いますね。僕が昔、作品を作り始めたころは、自分でやらないと誰もやらないから自分が手を動かすしかなかった。そうではなくなった今も、自分でやっていたいと思います。
――お二人がアーティストとして創作活動をされる時の技術や表現行為の革新はご自身のためのものですか?広く世界の最先端技術や表現行為の革新のためですか?
真鍋:まれに問題提起だけで世界を変えようとしているアーティストが見受けられますが、それはアートを過信しすぎている、奢りがあると思います。僕が思うに、メディアアートは問題を解決するところまで出来るもの。僕がやりたいのは「アートの力が世界を変えるちからがある」と言って問題提起だけを行い、その問題を放っておくことではありません。例えば「ドローンが危険だ」というアピールをするために危険な資料を展示するのではなく、何かしら実装してプロトタイプを作るようなことができる。影響力や話題性はあるけど問題解決からはほど遠い、やんちゃなスタイルということはあまり興味がないですね。
石橋:アート作品の場合にオーディエンスの反応を考えることはあまりありません。反対に、コンサート演出などエンターテインメントの仕事では、ほぼオーディエンスのことしか考えないといっても過言ではありません。
真鍋:エンターテインメント作品ではお客さんが見ているものが一番大事で、アート作品では自分たちが見ているものが一番大事なのだと思っています。
石橋:わたしの場合、アート作品の場合はテクニカルな面で面白いのかどうか、ということを考えていて、エンターテインメントの場合は、使っている技術自体が面白いのかではなく、どういう演出効果があるか、ファンがどう楽しむか、というところを考えています。メディアアート作品ではテクニカルな面も見られていることを意識しながら作っているんです。
――四方幸子さんのキュレーションで真鍋さんが坂本龍一さんと共同制作した作品《センシング・ストリームズ―不可視、不可聴」(2015年)においても、携帯電話などから発せられる様々な周波数帯の電磁波を収集し可視化する試みが行われていました。
真鍋:《センシング・ストリームズ》を作ったきっかけは、ドローンなどの無線技術を使った作品に取り組み始めたときに、「こんなに目に見えない電波が飛んでいるのか」と気づいたことでした。いまやそうした無線電波は舞台の演出だけでなく、日常でも重要なインフラになっていて、現代人は無意識に大きく依存しています。"見えないものを見る"というコンセプトは、自分が実際にどういう環境の中で生活しているのかを見てみたいということから生まれたものです。
Ryuichi Sakamoto + Daito Manabe "Sensing Streams - invisible, inaudible", 2014
札幌国際芸術祭2014での展示風景 photo by Keizo Kioku
画像提供:創造都市さっぽろ・国際芸術祭実行委員会
《rate》においても、同じテーマがあります。私達が普段何気なく見ているLEDなどの光源は実は点滅していますが、人間が肉眼で確認できないほど高速なので、それに気付かず使っています。同じように、液晶ディスプレイも、レーザーも、人間が見ているのはそこで実際に起こっていることと相違があります。2000年前の人間は、肉眼で観察出来るもの、ほぼそのままを見ていました。しかし現代社会ではそうではない。身近なところでは白熱電球からLEDへの代替が進んでいますが、人間の目では同じように見えていても、実はわからないところで影響が及んでいるかもしれない。そのように、「人間が感じているものと実際に起きていることが違う」ということへの気付きを生み出すための作品づくりには以前から取り組んでいて、視覚ではなく聴覚においても同じ気づきを生み出す仕掛けなども試行錯誤しているんです。犬や猫やネズミは人間よりも幅広い音域の音を聞き取ることができますが、進化の過程においてなぜ人間がそういった機能を切り捨ててきたのか、不思議なものだと思いますね。
Manabe Daito + Motoi Ishibashi "rate", 2012
photo by Daito Manabe
インタビュー・編集協力:齋藤あきこ(Rhizomatiks)
[図録『トランスフィア#1』に掲載されたインタビュー(英語・フランス語)より転載。]
パリ日本文化会館では、「トランスフィア(超域)」第2弾として、6月8日から、日本の建築ユニット・アトリエ・ワンと、フランスを拠点に活動する建築家ディディエ・フィウザ・フォスティノ氏による「マジカル・ハウス」展を開催しています。キュレーターはローマ国立21世紀美術館アーティスティック・ディレクターのホウ・ハンル氏。
2017年1月には、第3弾として内藤礼氏が初めて故郷のヒロシマに取り組んだ祈りのための空間を再構成し発表します。
同シリーズでは来年度以降も年に3回の展覧会を企画、3年間で合計9つの展覧会を開催する予定で、日本および日本以外からの招待作家による未公開作品の制作や、国籍を超えたコラボレーションが企画されており、各アーティストやクリエーターが繰り広げる世界と、展示ごとにラディカルに異なる景色をご覧いただけます。
(右)真鍋大度、(左)石橋素
photo by Shizuo Takahashi
真鍋大度
アーティスト、プログラマー(サウンドデザイン、インタラクションデザイン)。
1976年東京都生まれ、東京都を拠点に活動。 東京理科大学理学部数学科卒業、大手企業システムエンジニアを経て、 国際情報科学芸術アカデミー(IAMAS)に進学。2006年、ウェブからインタラクティブデザインまで幅広いメディアをカバーするデザインファーム「Rhizomatiks(ライゾマティクス)」を立ち上げる。2015年よりRhizomatiksの中でも研究開発的要素の強いプロジェクトを行う「Rhizomatiks Research(ライゾマティクス リサーチ)」を石橋素氏と共同主宰。ジャンルやフィールドを問わず、プログラミングを駆使して様々なプロジェクトに参加し、テクノロジーに芸術を融合した作品を最先端のクリエーションとして発信している。 石橋素氏との共作《particles》は2011年、 世界で最も伝統あるメディアアートのコンペティション「Prix Ars Electronica(プリ・アルスエレクトロニカ)」のインタラクティブ部門にてThe Award of Distinction(準グランプリ)を受賞。同年よりダンスカンパニーELEVENPLAYとのコラボレーションをスタート。新たな身体表現を発明するためにコンピュータービジョンなどの機械学習技術、ドローン、ロボットアームなどのテクノロジーを用いて作品制作を行う。
http://daito.ws/
石橋素
エンジニア、アーティスト。1975年静岡県生まれ、東京都を拠点に活動。東京工業大学制御システム工学科、国際情報科学芸術アカデミー(IAMAS)卒業。デバイス制作を主軸に、数多くの広告プロジェクトやアート作品制作、ワークショップ、ミュージックビデオ制作など、精力的に活動行う。過去に、Ars Electronica 優秀賞、文化庁メディア芸術祭優秀賞受賞。2015年より、アート、テクノロジー、エンターテイメントを活動の中心とした研究・開発部門「Rhizomatiks Research」を真鍋大度と共同主宰する。