2008年から2011年にかけ、パリ日本文化会館を皮切りにブダペスト(ハンガリー)、エッセン(ドイツ)、ワルシャワ(ポーランド)、サンテチエンヌ(フランス)、ソウル(韓国)、5か国6都市を巡回した「WA - 現代日本のデザインと調和の精神」展。日本が誇るプロダクトデザインとその下地になった伝統文化を体系的に紹介する本展は、各国で大きな反響を呼びました。日本のデザインには、伝統技能や地域工芸にあらためて注目するものや、生産者と消費者のコミュニケーションを誘発するしくみを備えているものが数多くあります。そこには物質的な豊かさだけを求めるのではない、新たな生産と消費のあり方が隠されているのかもしれません。現在武蔵野美術大学美術館で開催中の帰国展にあわせて行われた本鼎談では、「WA」展のキュレーターのひとりである川上典李子氏、長年にわたり地場産業振興プロジェクトに取り組むデザイナー安次富隆氏、欧州やアジアのデザイナーとの交流があるデザインプロデューサーの湯浅保有美氏をお招きし、日本とアジアのデザインの挑戦とその未来についての議論が交わされました。
<職人と共につくられる日本のデザイン>
川上: 6月24日から開催中の「WA」展ですが、柏木博さん、深川雅文さん、萩原修さんと私というキュレーターチームで構想を練っている段階で挙がったのが「調和」というキーワードです。歴史に根ざした伝統工芸と先端テクノロジー、大都市と日本全国の産地のつながり、あるいは日本的なものと欧米的なものなど、一見対立するような事物が融合し、結実するところに日本のデザインの特色があります。この背景には、時代の動きや、ネットワークの発達、海外との交流など色々な要素があると思いますが、その調和を促す「和」の精神というものを、日常の品を紹介する展覧会を通じて考えてみようと思ったわけです。
展覧会に対する海外の反応はさまざまで、例えば韓国では、日本と土地的にも文化的に近い部分がある国ならではの興味の持ち方をしてくださる方が多くいらっしゃいました。その際、安次富さんに特別レクチャーをしていただいたのですが、これからの日本のデザインのあり方を考える上でとても意義のあるお話を伺うことができました。あらためてその時の内容をお聞かせいただけますか?
安次富:
主に話したのは、10年以上関わっている富山県高岡市の地場産業振興プロジェクトについてです。高岡市は漆と鋳物産業が盛んな土地で、仏具や茶器をつくってきた職人の街ですが、最初に伺った1999年には、最盛期と比べると売り上げが大きく落ちてきていて、600社ぐらいある地元の中小メーカーや工場が「1日に1社ずつ潰れていく」というような状況とのことでした。それを何とかできないだろうかというお話をいただいたんです。
僕はずっと「ハイテク」というものを大事にしていまして、伝統的な職人技も見方を変えれば「ハイテク」だと思っています。鋳物であれば、鋳込む人、磨く人、着色する人と分業化されていて、非常に高度な技術が継承されている。そこで、彼ら優れた職人たちをデザイナーに変えてしまうということを考えました。具体的には、職人自身が企画を考え、デザインし、材料調達から流通・販売までできるようになる、という目標を立てました。彼らがデザイナーの視点を持てば、人に頼らず自立でき、本当の意味で産業が活性化するはずです。
最初の5年間、さまざまな実験を重ねて改めて発見したのは、職人たちの目利きの確かさでした。例えば、河原の石ころのなかから器に使えそうだなと思ったものを拾ってきてもらい、蝋で型取りをして鋳物に変えてみる。
すると、デザインの専門教育を受けていなくても、モノを見る目さえあれば美しいお皿がいとも簡単にできでしまう。職人に備わっている眼力と経験が、優れたデザインを自然に生み出すわけです。
今言ったような経緯があって、高岡市が高い技術とそれを支えてきた優秀なつくり手たちに恵まれた町だということがわかった。
じゃあ、それをアピールしようじゃないかということで、「マテリアルプレート」という高岡市でできる漆や金属の表面処理見本、要するに高岡の技術のプロモーションツールをつくったのです。
「マテリアルプレート」
それが評判になって、それまで高岡とは縁のなかった国内外の自動車・家電メーカー、建築やインテリア業界などから高岡市に仕事の依頼が入るようになりました。そういう話を韓国でしました。
川上: 安次富さんのお話は韓国の人たちをとても驚かせ、質問も次から次へとでていましたね。韓国ではチーフデザイナーの裁量が大きく多忙なため、直接現場の人たちや職人とやりとりする時間がなかなかとりづらいようです。工業製品については日本とは開発プロセスも異なりますが、安次富さんのように、クリエーションの細かいところまで関わっていくスタイルは新鮮に見えたのではないでしょうか。
安次富:
僕の中では、ソニーでやっていたことも、いま地場産業でやっていることも同じなんですよ。ソニーには1985年から91年まで在籍していましたが、上司が厳しい人で「デザイナーたるもの現場に行くべし!」という考え方の人でした。だから先輩や同僚も日本全国を飛び回っていましたし、僕も職人さんと直接やりとりするのが好きでしたから日本中を回りました。出張費が出ないときは、自腹で行ったこともあります。
当時はCAD(※1)のない時代でしたから、きれいなカーブを定規で描いて図面化するんです。それを元に職人さんに木型をつくってもらうのですが、現場で出来上がったものを見るとイメージと違う。そこで「ちょっと手直しさせて下さい」と言って、僕が磨き始めたりする。そうすると「ちょっと待て、それじゃーダメだ、俺がやる」なんて職人さんが言ってくる。そういう緊張感のあるやりとりをずっとしてきたものですから、地場産業の人たちとのつき合いもその延長線上にあるんです。
湯浅: 日本のものづくりの醍醐味ですね。イタリアもそう。デザイナーと職人さんがまさに二人三脚ですね。
安次富: 当時は、昼は製造現場に行き職人さんや工場の人たちと打ち合わせし、夜は会社で図面を引くっていうことも度々ありました。その繰り返しなんですけど、おもしろくてしょうがないからやめられない(笑)。ところでお二人は治具(ジグ)(※2)ってご存じですか?
川上: 加工や組み立てを効率よく行うための調整部品ですね。
安次富: 出荷された状態だと機械は思い通りに動かないんですよ。だから現場で機械のクセを見て、自分たちの使いやすいように微調整する。それだけでなく、製造しやすくするための道具まで創ってしまう。ですから、治具には工場ごとの知恵や工夫が見えて面白いし、勉強になります。
湯浅: そうなんですね。機械は、みな均質なのかと思っていました(笑)。
安次富:
職人さんが調整して、はじめてうまく稼働するんです。そういう時に「このジグ、おもしろいですね」とか言うと、向こうも「おっ、わかるの?」なんて言ってくれる(笑)。そうやって職人さんと仲良くなっていくと、お互いに気心が知れて、こちらが細かいチェックをしなくても、どんどん良い仕事をしてくれる。しまいには、職人さんたちの方が僕よりも目が肥えちゃって、こちらがOKを出しているのに「いや、まだだめだね」なんて言ってくることもあります。
そういうときは嬉しいですよ、気持ちがつながりますから。やっぱり図面だけでは気持ちは伝わらないです。ましてやCADなんて全然伝わらない。フェイス・トゥ・フェイスで話すことで、僕たちが大事にしていることを理解してくれるようになる。そうするとスムーズに仕事も進むし、新しいアイデアも飛び出してきます。最初こそ大変ですけど、すごく仕事がやりやすくなるんです。
湯浅:
まさに阿吽の呼吸。一緒にものをつくっていく環境の大切さが伝わるお話ですね。安次富さんがお話していた、高岡市の伝統技術を生かして造った素材のサンプル板セットである「マテリアルプレート」を、仕事仲間のイタリア人デザイナー達にも見せましたが、彼ら本当に驚いていました。日本の職人技術って、こんなにすごいのかって驚嘆していました。
日本が培ってきたクリエーションをひとつの価値にして、世界に発信しようという今のムーブメントもこの頃から、安次富さんはスタートさせていたんですね。
とはいえ、ものづくりは、決して美学だけでは語れないので、長期の戦略や中短期の事業戦略と連動することも欠かせないですね。ただ、最近は、デザインストラテジーやマーケティングといった左脳的なメソッドに組み込まれてしまいすぎて、本来のものの良さや佇まいをどう表現するかというところに時間とエネルギーをかけづらくなっていますね。
安次富:
左脳的というのは当たっていますね。その良さはもちろんあるのですが、全部がストラテジーで語れるわけじゃない。
高岡市では、最初に「このプロジェクトを『1000年プロジェクト』にしましょう」って言ったんです。そうしたら、みんなひっくり返っちゃった(笑)。「1日に1社ずつ無くなっているのに、1000年先のプロジェクトだなんて、なにを言っているんだ」という反応でしたよ。でも、そのぐらい腰を落ち着けることで初めて見えてくるものがある。1000年先から1年後のことまで、とにかく様々なスパンの中で自分たちがやるべきことを考えて、アイデアを出す。そのアイデアがどのスパンで行うべきプロジェクトなのか、というのをちゃんと見極めようっていう話をしたんです。やはり企業の仕事の大半は、来年どうしましょうかっていう話が多いので。
湯浅:企業にとっては、それがミッションなのでしかたない部分でもありますよね。何より市況が厳しいと、どうしても今期をどう乗り切るか、という短いスパンだけが課題になってしまう。
安次富:だからこそ技術だけでなく、デザインの思想や哲学的な部分へも目を向けたリサーチと実践が必要だと思います。本当は大学などの教育機関がその役目を果たしてきたと思うのですが、だいぶ変わってしまっている。就職や短期的な成果ばかりが求められる時代なので、今はそこが一番懸念されるところでもあるのかなという気はします。
<若い世代に期待すること>
川上: たしかに若い世代は早いスピードの中で生きていかざるをえないわけですけど、その一方で時間をかけるものづくりをしなければいけないという抵抗や自発的な提案も彼らから感じませんか? 安次富さんの活動からも影響を受けていると思いますが、直接産地に行ってリサーチする若い人は少なくない。自分なりに何か発見したいという目標があると思います。
湯浅:
それは国外でも感じますね。最近、中国の若い方とやり取りをするチャンスが多いのですが、彼らは中国の伝統や風習を継承しながら、それをモダナイズする、新しいスタイルをつくるという考え方を持っている。中国も変わってきていると感じます。
デザインプロセスの中でも効率アップということで、産地を訪ねたり、リサーチで深堀したり、モックを弄り回したり......ということに、確かに昔より時間を割けないという現状はありますね。それによる質の低下も懸念されるでしょう。
一方で、最近は中国の若いデザイナーのメンバーとの仕事が増える中で、気づくことは、彼らも「自分達の伝統や文化」を守りたいと思っていることです。それを継承しモダナイズする、そして新しいデザインを生み出そうという考えがだんだん出始めています。
安次富: 4、5年前であれば、日本に来る留学生の多くは日本の大手メーカーに就職したい、母国に戻って大企業に就職したいという人ばかりでしたけど、今は日本の伝統に興味があるから来ているという子たちが多いです。僕はけっこうイジワルなので、「中国のほうが歴史があるのだから向こうで勉強すればいいじゃない、帰って自分のところを調べたら?」なんて冗談を言うんだけど(笑)。彼らからすると「中国はあまりにも広いので、文化が集約された日本できちんと学びたい」って言うんです。
湯浅: それは嬉しいですね。逆に日本人も、中国や韓国など、違うアジア国の伝統や文化と日本の最新テクノロジーを合わせてものづくりをしようとか、もっとワールドワイドに活動してほしい。例えば、エルメスは自分達の価値コアは職人の匠にあると思っていて、職人をとても大切にしています。なので、今の経済発展の中で中国の伝統文化そして職人技が消えていくことに、大きな懸念をもっていました。そんな時にエルメスのCEOがひとりの中国女性のアートディレクターと出逢って意気投合。中国やアジアの匠を生かして新しいブランドを創ろうとエルメスのスポンサードで「上下」というブランドを2010年に上海に立ち上げました。このブランドはまさに、東方文化圏の思想やライフスタイルを大切にして、職人技で世界に発信する、デザインの未来のひとつの方向だと思います。
安次富: 僕もそれは望んでいますが、日本の多くの学生の興味は相変わらず欧米のデザインなんですよね。それは、僕らの世代の欧米志向も大きな原因ではあると思うのですが......。
湯浅:
やっぱり80年代を生きている私達はどうしても、欧州からデザインを学んだ経緯があるので、ついつい若い世代にもそれを教えてしまいがちですね(笑)。実際、デザインリサーチ、エクスペリエンスデザイン、サービスのデザイン、ユニバーサルデザインなど、次時代に必要な概念をいち早く教えてもらいました。
ですが、今はデザインの市場もデザインへのユーザーの期待値も、アジアのほうがより熱い。今年の4月のミラノサローネの集客も、中国や韓国、インドなど、アジアからの比率が格段に高まっています。日本のデザイナーも、もっともっと私達の回りのアジアに目を向けてもいいのではないかと思いますね。
安次富: ゆっくりとですが、そういう学生も増えています。今年大学院を卒業した女性がいて、彼女はもともと居合をやっていたんです。そういうバックボーンもあったのでしょう。「日本の伝統文化、特に長く使われてきた畳やお膳などの中に、世界へ普及できる特性があるのでは?」という研究をしていました。彼女は行動力がすごくて、「あそこへ調査に行きなさい。今度はそっちが面白そうじゃない?」なんて言うと、すぐに飛んで行きました。で、職人に会って詳細なリサーチをしてくる。今、彼女は韓国、台湾の同級生と一緒に会社をつくりたいと夢見ているようです。3人が揃えば、中国語、韓国語、日本語、英語の4か国語をカバーできるので、東アジアはもちろん、欧米でも勝負できる。彼女たちの将来がとても楽しみです。
湯浅: それは頼もしい!
安次富:
彼女たちは特に目立つ例ですが、他にも日本の伝統に注目している学生は多いですから、同時代的な感覚でもあると思う。学部生にも日本文化を研究テーマにしている人がかなりいます。家電や自動車に興味を持つ学生は全体の3割もいないんじゃないかな。
それと「生命とは何?」「物の根源とは何なのか?」という原理的な部分に注目して、生命科学や複雑系科学に興味を持っている学生も非常に多い。だから、流行のジャンルだからだとか、儲かりそうだからという理由でデザインを志す若い学生はほとんどいなくなっています。
昨年僕の友人の関根秀樹さんという和光大学の先生を授業にお呼びしました。関根さんは世界各地の原始生活の研究をされていて、原始的な道具づくりや火起こしの達人です。自然物で楽器をつくったり、知的障がいを持つ子どもたちのレクチャーを開いたりもしています。
彼の講義は、学生から非常に好評で、今年もぜひやってほしいとリクエストされています。学生たちが関根さんから得るものは非常に大きい。ただ物をつくり出すだけじゃなくて、身の回りには知恵を使ってできることがたくさんあることに気づかされるのでしょう。
川上: 知恵と工夫はデザインの原点ですものね。そこに関心を持つ若い方が増えてきているんですね。
安次富: そうなんです。ですから僕は未来に期待を持っています。今の若い人たちはおとなしいから、なかなか積極的に主張しませんが、みんな勉強家です。僕が知らないことをいっぱい知っているし、人間はどう生きるべきなのか、という大きな問題を真剣に考えています。
川上:
最近、海外の学生や同世代のデザイン関係者と話す機会に話題に挙がるのが、「ギルトレス・プロダクション」と「ギルトレス・コンサンプション」。つまり、罪悪感を感じないものづくりと消費の仕方ですね。どこで、どのようなつくり方を選択すれば、本当の意味での幸福なデザインを生み出せるかを真剣に考えていて、リサーチも熱心です。それは日本の学生や若手デザイナーにも共感する部分かもしれません。
ヨーロッパもこの10年で大きく変わってきています。EU(欧州連合)で統一通貨ユーロがスタートしたのと、インターネットが発達した時期が大体同時期なんですけど、そのあたりから、みんなの意識が変わってきています。それぞれの関係が密になることで、逆にそれまではあまり意識してこなかった隣国間の文化や伝統技術の違いを考えるようになった。全体が広がると同時に、自分たちの文化背景を掘り下げていかなければいけないという意識が深まっています。
湯浅:
私達のクライアントは世界に市場をもっている企業が多いので、最近は会議の中で「グローバル」という言葉が沢山出てきます。でもヨーロッパの人にむやみにこの言葉を多発すると「ひかれて」しまう(笑)。
彼らにとってグローバルという言葉の響きの中に「均質化」という意味もあって、自分達の国のアイデンティティーが損なわれてしまうのでは......という危惧を抱かせてしまうのでしょうね。
ネット社会で世界とコミュニケート出来るがゆえに、逆に自分たちは何者だろうという疑問がふつふつと湧いてきて、何かを探したいと願う、そのエネルギーが若い人にもだんだん現れはじめているのではないかと思います。
<言葉とデザイン>
安次富:
僕は、去年から大学で「単純にデザインを教える」ことをやめました。学生に指導するのではなくて、定例ミーティングをやり始めたんです。毎週1回、自分のデザインの進捗状況を報告し合って、上も下もなく、勝手な意見を言い合う。要はブレイン・ストーミングです。
それぞれがプレゼンをして、他の人は質問や意見、アドバイスを言う。でも最初の1、2回は、誰もほとんど発言しなかった。僕も言いたいことはたくさんあるんですけど、ぐっと我慢して何も言わない。最初の2回ぐらいはそんな感じであっという間に終わっちゃう。でも3回目ぐらいから、今の学生って気を使うでしょう、沈黙を破る学生が出てくるわけ。これはこうしたほうがいいんじゃないかと。そうするとね、ぽつぽつと意見が出てくる。で、4週目になるとミーティングが終わらなくなる。学生たちからどんどんおもしろいアイデアが出てきて、具体的なアドバイスをそれぞれがしていくわけ。だから1人の学生の発表で1、2時間が平気で過ぎていくこともありました。それを1年間続けたんです。そうしたら、その学生たちが卒業式で「本当にあれはよかった。卒業後もやりたい」って言ってくれて。
湯浅: 人と対話をして自分の考えを言葉にするのは大切ですよね。それは彼らの人生にとって大きな財産になると思います。私たちの市場調査でよく問題になるのが、調査対象のボキャブラリーの少なさで、特に日本人は気持ちを言語化するのが苦手。20代の若い女性に商品の感想を尋ねると、みんな「かわいい」になってしまう。
安次富: そうですね。海外の人たちとの交流が増えると、自分の感情を翻訳して伝えるボキャブラリーが必要になります。デザインというのは、言葉にも大きく左右されるものなので、ボキャブラリーをどれだけ充実させていけるかというのは非常に重要です。例えば、韓国語を使う人がデザインしたものは、やっぱり韓国のオリジナリティーを感じますよ。
川上: 思考がどこか韓国的になるのでしょうか。
安次富: 英語で考えると、英語のデザインになると思います。だから、日本語のデザインっていうのはやっぱりあるんだろうと思っていて、今後デザインを考えていくときには、言葉についての議論は大事だと思う。FacebookやTwitterでは、みんな短文で簡潔にやりとりをしていますよね。「かわいい」だけでは困るけど、そこからもう少し練り上げて、和歌や俳句ぐらいの表現力を身につけると面白くなるのではないかと思います。
川上: 湯浅さんはいろんな言語圏の方とやり取りなさっていますけど、言葉について気になることはありますか。
湯浅:
デザインやリサーチの仕事の中で、言葉はとても重要です。同じ言葉を使っても、まったく違う意味やイメージで使用されていることが普通だからです。ひらたくいえば、地域の数だけ「かっこいい」があるわけですね。
また、海外での現地インタビューの場面でも、新しいワードを発見して盛り上がることもあります。たとえば、インドでは、日本の「精緻なイメージ」「未来的なイメージ」にポジティブな評価が出るんです。なので、デザイナーなどの有識者調査をすると「ガジェッティ」というワードもよく出てきます。ホンダの車のインテリアのインパネ周りやガンダムのデザインなどが、彼らにとってはまさにこのイメージなんですね。
最初は「ガジェット」といわれて、「雑貨っぽい」「オモチャっぽい」と理解して、「日本の質は伝わっていないのかな」、と一瞬がっくりしましたが、よく掘り下げてみるとそれは彼らの最大の褒め言葉。この言葉の中には「性能の良い、精緻な、インテリジェンスのある」という賞賛の意味が含まれていました。こんなケースはとても沢山あるんですよ。とはいっても、インド市場では今、日本以上に韓国の製品がとても人気がありますね。
川上: それはどういった面で?
湯浅:
彼らは言うまでもなく、マーケティングが得意。デザインもわかりやすい造形、未来感を表現したりしてインドの中間層にアピールするのが上手ですし、プロモーションも彼らの生活に根ざした形で大規模な予算で勝負してくる。映画とクリケットはインドでは人生の娯楽そのものなんですが、そのスターを起用した広告展開を継続的に行っています。
また農村まで出かけていって、その地域の人たちとの対話によって商品のニーズや期待値を探りつつ、自分達のブランドをすりこんで来る。そのフットワークの軽さは私達も見習わないとね。インドと韓国の人はマインドが似ているのでしょうかね。合理的且つ情緒的で......。
安次富: なるほど。
湯浅: また韓国の企業は、インド国内の一流大学に数々のスポンサーシップをしています。産学協同プログラムですね。学生の時からその企業と接するので、ブランドのロイヤリティが自ずと高くなる。そして彼らが大人になって良い消費者、ロイヤル顧客となる(笑)。先を見据えた戦略のひとつですね。
川上: 最近の韓国はエネルギーがあって、好奇心旺盛ですよね。今回の展覧会の準備とレクチャーのためにソウルに行きましたが、やはり元気があると感じました。音楽業界のエネルギーは日本でもよく知られるところですが、グラフィックやプロダクトを始めデザイン分野でもそうです。企業も勢いがある。シンポジウムに来てくださった皆さんも、興味の幅が非常に広く、会場での質問も具体的で鋭いものが多かったです。
安次富: 韓国らしさみたいなものがどんどん育ってきている。おそらく中国もそうなっていくだろうと思います。向こうもデザイン教育が盛んですから。
湯浅:
大陸的でざっくりで、でもスピード感が全然違う。日本的な感覚でいるとびっくりすることが多いです。日本の場合は当然、工程をラインで考えるので最初にきちんと計画を立てて、それに従って中間報告をして、微調整して、っていう中でクリエイティビティーを発揮するというスタイルですから、最終的にはプラス方向へ進んでいくけれど、逆に最初から考え直す、やり直すなんてことはほとんど無理ですよね。
でも韓国や中国は、ヨーロッパと同じように担当マネージャー個人に決定権があるので、例えば、途中で「これは赤じゃなくて黒で勝負したほうがいい」となると、その決断が前触れも無く突然下りてきて、それを皆で徹夜でやってなんとかつじつまを合わせる。体育祭で皆で走っている感じ。だから日本的なスピード感覚で仕事をしていると、ついていけなくなる(笑)。
<日本のキーワードは、ゆとり?>
川上: 今までのお話から、日本とアジアの国々の間には、かなり対照的な状態があるということがわかってきました。しかし同時に、皆さんは日本の若い世代に大きな期待を寄せてもいらっしゃいます。最後にお伺いしたいのですが、これから日本はどのような方向へ向かっていくと思われますか?
安次富: うーん、いい意味でも悪い意味でも、日本人は余裕があると思います。日本人ってすごくゆっくり考えるタイプの民族。例えば昔ながらの漆の技法に、ウグイスの糞を混ぜるとこうなるだとか、お米を混ぜるとこうなるとかっていう、どうやって思いついたのか想像がつかないアイデアがいっぱいあります。これは相当余裕や遊び心がないと考えつかない。どんなに苦しい時も花見は忘れないみたいな心情が日本人にはあると思うんですが、今も昔も「ゆとり」が日本文化のキーワードだとは思います。
川上: なるほど! そして安次富さんご自身は、その変わらない部分は悪くないと思ってらっしゃいますか?
安次富: 悪くないと思っています。僕にとって日本ならではだなって思うのが、まさにそこなんです。ヨーロッパの流れを追いかけているような感じもするけれど、妙なところで自分がやっていることや感覚に自信がある。
湯浅: スピード感に組み込まれないクリエイティブの強さと、スピード感をより一層加速するクリエイティブの方法があって、その2つをうまく合わせることができればいいですよね。
安次富: そうですね。
湯浅: 先日もインドのデザイナーに質問されましたが「日本人は、なぜ漠然と好きなことの延長で大学を選ぶのですか」と。その質問自体に私はびっくりしたのですが、彼らは「自分は将来何々の職業について、何年後にはこうありたいので、だから何々大学に入る」という明解な将来設計を、大学に入るほとんどの人がもっているようです。日本の若者は、とりあえず大学入ってから自分のやりたいことや適正にあった仕事を探す、という傾向がありますね。インドでは30代でデザイン事務所を率いているデザイナーは沢山いますし、彼らと会話するとしっかりしている。人生のスピード感の違いを実感します。アジアのデザイナーは皆、大人びていますね。まさに自立しているって感じ。
安次富: 僕はせっかちだから、学生たちに「早く動きなさい」って言っていますが、なかなか。でも、活動はしているんですよ。卒業して別の進路に進んだ同級生が、週末だけ秘密基地みたいなところに集まってデザインの研究をしている。そういうグループは結構あって、横のつながりも強いので、明日にでも会社を始めちゃえばいいのにって思うこともあります。
<デザインの未来>
川上: 一方的に、私たちの世代がああしてほしい、こうしてほしいと言うわけにも参りませんので、最後にみなさんの今後の目標をお話いただけますか?
湯浅: そうですね。私はこれまで、欧州の最新のデザインの思想やメソッドを、日本企業のインハウスのデザイナーに伝えていくことで、日本企業が世界の中でも優位性ある製品をつくるお手伝いをすることに終始してきました。ですがこれからは、これまでの経験を生かして、ユーザーの気持ちや言葉にまだ表れてこない企業や製品への期待を「カタチ」にする手伝いに、より重点を置きたいですね。具体的には、感性分野でのリサーチやその結果を見える形に描いてシナリオを創ることになるのでしょうけれど、日本をはじめ様々な国の企業が様々な国の市場に進出するにあたって、その地域のユーザーの代弁者として、デザインへの期待を語れるようになりたいと思っています。デザインの翻訳業、コミュニケーターってところでしょうか。
川上: それはステキな目標ですね。
湯浅: 心の中にあるものをカタチにしてあげることは、デザインの大きな役割ですから、これから自分のテーマにしたいなと思っています。
安次富: 最近僕が思っているのは、クリエーションよりも、セレクションが大事だということです。創造より選択です。つくることは小学生や幼稚園児にもできるし、アイデアを出すこともできる。でも、最終的にどのアイデアやデザインを選んだかが結果を左右するからです。
川上: 選ぶということは、同時に、何かを手放さなくてはならない判断でもありますよね。
安次富: そうです。捨てることが重要と言い換えこともできると思います。おもしろいからって全部選んじゃったらとんでもないことになってしまう。最初に話した高岡市では、職人さんたちにどんどんデザインをつくってもらって、最終的に商品化するものを全員の投票で選んだんですよ。おもしろいのは、職人さんたちはクリエーションは苦手だ、デザインなんかできない、とか言いながらもやっぱり目利きなので、確実に良いものを選ぶんです。だから選ぶことの重要性は今後ますます高まっていくし、自分も何を選ぶかということを課題にして、選択眼を養っていきたいと思っています。
川上:
私も皆さんと結構近いところがあるかもしれないですね。私はデザイン誌の編集に関わっていましたが、自分自身が刺激を受けたり驚いたデザインの考え方を広く伝えられないかという、シンプルな気持ちで仕事に就いたんです。そして、今や個々人が情報を発信できるようになり、伝達の手段がぐっと広がったことで、デザインについての発信をさらに違うかたちでも行えないかと考え始めています。
今度は活発な対話の場をつくりたいという気持ちが強くなってきたんですね。入り口はデザインかもしれないけれども、もっと大きなテーマ、例えば「未来をどうするべきか?」についての意見交換をさまざまなジャンルの人たちと交わしたいと思っているんです。私がアソシエイトディレクターとして関わっている「21_21 DESIGN SIGHT」では、エンジニアやサイエンティストなど、デザイン分野以外の専門家と企画を進める機会を積極的につくっています。トークに参加いただくことも多く、佐藤卓さんディレクションの「water」(2007年)ではゾウリムシの専門家やダイバーもお招きしたりして、幅広いお話を伺いました。山中俊治さんディレクションの「骨」展(2010年)では、からくり人形師にも参加してもらい、明和電機(アーティスト)とのトークも実現しました。より多くの人、より違う文化の人、より違う世代の人が集う対話の場をつくってきたいです。
「water」(2007年)。文化人類学者、デザインエンジニア、雨水利用の研究者、地球水循環システムの研究者、水中生物の研究者など、幅広い専門家が結集した展覧会の会場風景。
Photo: Masaya Yoshimura/ Nacasa & Partners Inc. Courtesy of 21_21 DESIGN SIGHT
「骨」展(2010年)。館内でのトークイベントから。山中俊治氏、玉屋庄兵衛氏(からくり人形師)、明和電機(アーティスト)。Courtesy of 21_21 DESIGN SIGHT
安次富: 専門領域が変わると、使う言葉が全部違う。僕はお医者さんと話したいし、スキューバダイビングされてる方とも話したいけども、それぞれの専門分野の話をワーッとしてもなかなか通じ合えない部分もありますよね。その時に湯浅さんや川上さんがインタープリターとして、つないでいってくれるのは非常に頼もしいです。
川上: 視点や領域が変わることで、ものの見方は大きく変わりますが、普遍性を持つ大切な要素をピックアップして、次のステップへ進めていきたいと強く思います。ひょっとすると、その運動自体が広い意味での新しいデザインなのかもしれません。今回の鼎談を通じて、皆さんが考えられていることの共通性を知ることができたのではないかと思います。長い時間になりましたが、ありがとうございました。
安次富隆
(有)ザートデザイン取締役社長。多摩美術大学教授。プロダクトデザイナー。1985年多摩美術大学プロダクトデザイン卒業後、ソニーデザインセンター入社。1991年(有)ザートデザイン設立。現在はプロダクトデザイン、地場産業開発、デザイン教育など、総合的なデザインアプローチを行っている。
http://www.saat-design.com
湯浅保有美
トリニティ(株)取締役社長・デザインプロデューサー。イタリアの家具会社の製品開発・広報宣伝業務に従事した後、1991年のイタリアのデザイン大学院のドムスアカデミーと三菱商事、内田洋行の出資によるドムス・デザイン・エージェンシーの設立にかかわる。 1997年独立。同社は携帯電話、自動車等の定性・定量調査、海外現地調査、デザイントレンド調査からデザインに繋がるデザインコンセプト立案などを手がける。
www.trinitydesign.jp
川上典李子
ジャーナリスト。デザイン誌『AXIS』編集部(1986-1994年)を経てフリーランスのデザインジャーナリスト。ドムスデザインアカデミーリサーチセンターの日伊プロジェクトへの参加(1994-1996年)など、デザインプロジェクトにも関わる。人とデザインとの関係を幅広く探っていく施設、21_21 DESIGN SIGHTのアソシエイトディレクターとしても活動。著書『Realising Design』(TOTO出版)他、国内外のデザイナーの作品集への寄稿多数。
http://norikokawakami.jp
http://www.2121designsight.jp/
※1:コンピューターを用いた製図システム。プロダクトデザインや建築分野でよく用いられ、人の手で描写することの難しい有機的なラインや立体を自由につくることができる。
※2:加工や組み立ての際、目安となるマーキング(線を引く、穴を開けるなど)をすることなく、取り付け部品や工具の位置をそろえることのできる器具。高度な熟練技術がなくとも加工が容易になり、作業能率が増す。
東京(日本)
「WA: 現代日本のデザインと調和の精神」展
世界が見た日本のプロダクト ――Paris, Budapest, Essen, Warsaw, Saint-Etienne, Seoul and Tokyo
会 期|2011年6月24日(金) --7月30日(土) ※7月18日(祝日)は特別開館 (10:00--17:00)
会 場|武蔵野美術大学 美術館展示室2,4,5
Photo:Yuichiro Tanaka
ソウル(韓国)
일본 현대디자인과 조화의 정신
会 期|2011年2月12日 -- 2011年3月19日
会 場|コリアファウンデーション文化センター
サンテチエンヌ(フランス)
WA: l'harmonie au quotidien - Design japonais d'aujourd'hui
(サンテチエンヌ国際デザインビエンナーレ 2010)
会 期|2010年11月20日 土曜日 から 2010年12月5日
会 場|La Cité du Design, BIENNALE INTERNATIONALE DESIGN [2010]
ワルシャワ(ポーランド)
WA: Harmonia. Japoń ski design dziś
会 期|2010年1月14日 -- 2010年3月28日
会 場|Instituite of Industrial Design
Photo:Pawel Wygoda
エッセン(ドイツ)
Wa: The Spirit of Harmony - Japanisches Design heute
会 期|2009年8月20日 -- 2009年9月20日
会 場|レッド・ドット・デザインミュージアム
ブダペスト(ハンガリー)
Wa: a mindennapok harmóniája - Kortárs japán design
会 期|2009年4月9日 -- 2009年5月31日
会 場|ブダペスト応用美術館
パリ(フランス)
WA: l'harmonie au quotidien - Design japonais d'aujourd'hui
会 期|2008年10月22日 水曜日から2009年1月31
会 場|パリ日本文化会館
Photo:C.-O.Meylan