2019年は世界中で、とりわけ米国で日本美術を体験できる素晴らしい年でした。4つの主要美術館―メトロポリタン美術館、クリーブランド美術館、ナショナル・ギャラリー、ロサンゼルス・カウンティ美術館―が国際交流基金との連携のもと、日本の豊かな芸術的遺産に関する注目すべき展覧会を企画。全米各地から訪れた来館者は、日本に
捧げられた記念すべき一年を楽しむことができました。
「『源氏物語』展 in NEW YORK~紫式部、千年の時めき~」
日本美術を祝う一年は、メトロポリタン美術館「『源氏物語』展 in NEW YORK~紫式部、千年の時めき~」展(2019年3月5日~6月16日)で幕を開けました。展覧会のタイトルは控え目ながら、何年もかけて準備された本展は、最も有名な日本文学作品にまつわる、選りすぐりの名品が一堂に会する驚嘆すべき企画展となりました。本展では、世界最古の小説とされる『源氏物語』を書いた女性作家、紫式部の偉大な功績が讃えられ、とりわけ紫式部が起筆したとされる石山寺(滋賀県大津市)から出品された奉納絵図《紫式部聖像》の展示は、彼女が崇拝の対象として祀られるかのようでした。紫式部の魅力的な存在感は、物語の主人公、光る君こと光源氏の輝ける美貌をかき消すほどでした。
「『源氏物語』展 in NEW YORK~紫式部、千年の時めき~」
メリッサ・マコーミックとジョン・カーペンターが監修した本展は、メトロポリタン美術館日本ギャラリーを豪華絢爛の海へと変えました。『源氏物語』の場面を描いた絵画やその他の美術作品の多くは金箔を施し、岩絵具を厚く塗るなど、高価な素材を惜しげもなく用い、圧倒的な美を表現。訪れた人々の目を眩ませたとしても不思議ではありません。しかし、意外にも展示は『源氏物語』の宗教的側面から始まります。この冒頭セクションには《紫式部聖像》など、日本国外で初公開となる作品が集結しました。石山寺が所蔵する仏具と並んで展示された《紫式部聖像》は、後世の人々がいかに紫式部の文才を讃え、彼女の冥福を祈ってきたかを示しています。小説という文学ジャンルの嚆
矢となった『源氏物語』、その官能的な描写は、後の時代には罪深いものと見なされ、紫式部は後生が悪く、成仏できないと考えられました。紫式部を供養することで、彼女の苦しみを少しでも和らげたいと人々は願ったのです。
入り口脇の一角に奥まって展示された大和文華館(奈良市)所蔵《源氏物語浮舟帖》は、本展で最も魅力的な作品の一つでした。墨書と墨画で構成されるこの写本は、『源氏物語』の煌びやかな世界とは一線を画し、傑作ぞろいの本展に素晴らしい奥行きを与えていました。高度の芸術性を持つ展示品の数々からは、日本美術における『源氏物語』の広がりと伝統の重みが感じられ、何度足を運んでも新たな発見のある展覧会でした。丹念な研究のもと編さんされた図録は、専門家はもとより一般読者にとっても『源氏物語』を理解するための必読書と言えるでしょう。
「『源氏物語』展 in NEW YORK~紫式部、千年の時めき~」展
https://www.metmuseum.org/exhibitions/listings/2019/tale-of-genji/
「『源氏物語』展 in NEW YORK~紫式部、千年の時めき~」展 図録
https://www.metmuseum.org/art/metpublications/The_Tale_of_Genji_A_
Japanese_Classic_Illuminated?fbclid=IwAR1B4Em1Wr2ZA1bUOK7V
wPTLOWOWwD0Vw5_vvyP6SXYWSHv9eiqWO77tMSg#related_titles
「神道:日本美術における神性の発見」展
2019年4月9日から6月30日まで、クリーブランド美術館で「神道:日本美術における神性の発見」展が開かれました。本展は2019年にアメリカで開かれた展覧会の中で最も驚異的な企画の一つに数えられます。本展の監修者、シネード・ヴィルバーは日本固有の宗教に正面から向き合い、神道の豊かな視覚文化を本展のテーマに据えました。アメリカの観客にとって、日本仏教の豊饒な世界は比較的なじみがあります。そこで本展では、西洋の美術館であまり取り上げられることのない神道の世界観を紹介しました。仏教は仏像制作の長い伝統を誇る一方、神道では、仏教の影響を受けるまでは神像が制作されませんでした。また、神道では神具が制作された後、それらは実際に使用されてきました。例えば、神道における木製の神像は屋外に置かれ、風雨に晒されたため、寺の中に安置された仏像と異なり、残存率が低かったのです。仏教美術と神道美術の知名度の違いは、こうした点に一因があります。
「神道:日本美術における神性の発見」展は、神道をめぐる多彩で、時に風変わりな図像世界を紹介。その展示の幅広さは息をのむほどでした。奈良国立博物館や日本全国の神社からの借用品を中心に、本展ではアメリカで滅多に見られない第一級の作品が勢ぞろいしました。120点を超えるそれらの展示品は、見る者を圧倒するのではなく、その一つひとつが祖霊信仰と自然崇拝の体系について教えてくれるものでした。平安時代から江戸時代後期までの約千年間に及ぶ作品を展示した本展は、様々な要素を折衷する神道美術の性質を解き明かし、神道美術の魅力を余すところなく伝えた初めての大規模展覧会でした。12世紀に作られた、二人の力士と行司を模した3体の小さな木像から、中世の神事で使われた仮面、江戸時代の豪華な屏風に至るまで、展示品は慎重に選び抜かれ、見事なデザインの展示室に陳列されるなど、今後の日本美術展が目指すべき高い基準を設定したと言えるでしょう。また、本展の図録には神道と神道美術に関する新たな研究成果が収録されており、日本文化の中で特別な位置を占める神道に関する待望の参考資料となりました。
「神道:日本美術における神性の発見」展
https://www.clevelandart.org/exhibitions/shinto-discovery-divine-japanese-art
「日本美術に見る動物の姿」展
国際交流基金が2019年にアメリカで携わった企画展の中で、唯一の巡回展となったのは「日本美術に見る動物の姿」展でした。本展はワシントンD.C.のナショナル・ギャラリーで開かれた後、ロサンゼルス・カウンティ美術館に巡回しました。ワシントンでは日本から出品された驚くべき数の作品が展示される一方、ロサンゼルスでは展示品を一部入れ替え、数を絞り込んだ展示となりました。ナショナル・ギャラリーは日本美術に関する数々の企画展を開催してきた歴史を誇ります。最近では2012年、「色彩の世界・伊藤若冲 日本花鳥画展1716−1800」を開催し、江戸時代の最もきめ細やかな絵師の一人、伊藤若冲の色鮮やかな世界を紹介しました。京都の名刹の一つ、相国寺から出品された30点の見事な掛け軸で構成された本展は、作品の数こそ控え目でしたが、ナショナル・ギャラリーの史上最多入場者数を記録する企画展の一つとなりました。このような前例は、その後に続く展覧会への期待をいやが上にも高めました。
建築家I・M・ペイが設計したナショナル・ギャラリー東館で開かれた「日本美術に見る動物の姿」展は、その巨大な建物の特性を活かし、コンテクストの提示方法と作品の展示方法において斬新なアプローチを採用しました。ロバート・シンガーと河合正朝の共同監修による本展は、日本美術に特異的な視点を前面に押し出しました。展示は十二支に関するセクションで始まります。パステル調の展示ケースが左右に並ぶ、曲がりくねった小道を進んでいくと、日本美術で大きな存在感を示す様々な動物のコーナーにぶつかります。膨大な数の展示作品の中には、有名な傑作ばかりでなく、一般には知られていない作品も含まれ、その両者の組み合わせの妙が見る者の目を大いに楽しませてくれました。日本からは66にも上る団体や個人が本展に作品を貸し出しましたが、昨今開かれる日本美術の企画展でこれほどの多くの出品者を数えることはほとんどありません。これに30を超える米国のコレクションに所蔵される作品も加わり、その総体は、ナショナル・ギャラリーのケイウィン・フェルドマン館長の言葉を借りれば「芸術に満ちた動物園」さながらでした。しかし、「日本美術に見る動物の姿」展はそれに留まりません。本展は、日本美術における動物の遍在について教えてくれるばかりでなく、それらの動物表現を生み出した芸術家たちの豊かな創造力を探求してみるよう来場者に促すのです。絵画、彫刻、その他のジャンルの作品のどれを見ても、そこには日本の歴史のあらゆる時代に浸透してきた職人技と創造性が疑いもなく感じ取れました。本展は、日本美術を満喫する一年を締めくくるに相応しい、心奪われる展覧会となりました。
「日本美術に見る動物の姿」展(ナショナル・ギャラリー・オブ・アート(ワシントンD.C.))
https://www.nga.gov/exhibitions/2019/life-of-animals-in-japanese-art.html
「日本美術に見る動物の姿」展(ロサンゼルス・カウンティ美術館)
https://www.lacma.org/art/exhibition/every-living-thing-animals-japanese-art