「ジャポニスム2018」開催期間中の2018年9月に、パリではフェスティバル・ドートンヌ・ア・パリ(以下FAP)が幕を開けます。1972年に創設されて以来、毎年秋に開催されるFAPは、ヨーロッパ芸術界を牽引してきた舞台芸術祭です。国立劇場やパリ市立劇場など、パリ市内外の多くの公共劇場で演劇・ダンスをはじめとするパフォーミング・アーツのさまざまなプログラムが展開されます。本年は、「ジャポニスム2018」との共催プログラムとして、日本から10作品以上の上演が予定されています。日本と特別な関係を築いてきたFAPの足取りを、FAP芸術監督であり、フランスの舞台芸術界の顔的存在、マリー・コラン氏に語ってもらいました。
―マリー・コランさんは1980年からFAPの演劇・ダンス・美術分野の芸術監督をされてきました。舞台芸術の世界に入ったきっかけは何ですか?
1968年、私はナンテール(パリ第10)大学で哲学と社会学を学んでいました。5月革命が起こった年に紛争の中心となる大学の学生でしたので、授業に出るよりもデモに参加していることのほうが多かったです。元々は映画好きで、舞台芸術についてはそれほどよく知らなかったのですが、FAPの創設者ミッシェル・ギィに出会い、20代になって、たくさんの舞台を鑑賞する機会をもらったのです。10年ほど単発の仕事をしながら、旅や観劇にいそしみました。数多くの観劇体験をできたこの期間が、私の出発点です。舞台はたくさん観ないといけません。駄作も含めて(笑)。
―コランさんの日本に対する愛情はどこで培われたのでしょうか。
ミッシェル・ギィが伝えてくれたものと言えます。彼は日本の文学・音楽・建築を愛していました。
ミッシェルは1972年にFAPを創設し、音楽家のジョン・ケージや舞踏家のマース・カニングハムら、当時まだフランスで知られていなかった芸術家を紹介しました。80年代パリの芸術界が面白くなったのは、彼の働きが大きかったのです。FAPでは、国家間の周年イベントなどを機に特集が組まれたことがあります。日本に関していえば、1978年、1997年、2008年に特集が組まれました。
日本現代演劇の旗手・岡田利規(チェルフィッチュ主宰)が生み出す、演劇の起点かつ新領域。
撮影:前澤秀登
―FAPでは周年でなくても、日本の作品だけでチラシを作成・頒布する年があるほど、日本の演劇を積極的に紹介されていますね。
日本はフランスにとって近くて遠い国。FAPの観客は今までの日本プログラムを通して、日本に対して特別な興味を抱いていると思います。
私たちにとって日本の演劇を知る上で、パリ日本文化会館の存在は大きいと言えます。私自身が初めて岡田利規さんの作品を観たのも2007年のパリ日本文化会館でした。そこから共同製作の関係が始まったのです。岡田さんは特別な演劇の言葉を生みだしました。異化効果と独特の身体表現を取り入れ、パリの観客を魅了しました。岡田さんの凄いところは、常に新しい演劇を追究しているところです。近年の作品はミニマルな世界観の中で、哲学性を強めています。フランスの演劇は饒舌なので、フランス人の観客は岡田さんの演劇における間や行間に含められた意味に高い密度を感じるのです。
ほかにも、私がパリ日本文化会館で出会い、すっかり魅了された演劇人たちが居ます。三浦大輔さん、タニノクロウさん、松尾スズキさんなど。狂気とイマジネーションが爆発しているのですが、それが混沌と提示されるのではなく、それに対する重力のように、舞台作りの上で緻密さ・正確さが存在しているのです。これは日本特有の強みだと思っています。
松尾スズキさんは、商業演劇と実験演劇という二つの分野を自由に往来できている日本にしかいない才能だと思っています。アメリカの才能はあそこまで挑発的にみせることはないですね。FAPの観客もここで新鮮な発見を重ねてきたからこそ、パリ日本文化会館で上演する公演はすぐチケットが売り切れるのだと分析しています。
タニノクロウ率いる庭劇団ペニノによる岸田國士戯曲賞受賞作品、『地獄谷温泉 無明ノ宿』
©Shinsuke Sugino
―今回は珍しく、すでに上演したタニノクロウさんの『地獄谷温泉 無明の宿』を初演からわずか2年で再演されますね。それはなぜでしょう。
2年前のパリ日本文化会館での上演では、FAPの会員も全員は予約ができないほどの人気で、作品を観られなかった人が大勢いたのも理由のひとつです。静岡県舞台芸術センターで『ガラスの動物園』を製作するなど、日本に特別な思い入れのあるダニエル・ジャヌトーがジュヌヴィリエ劇場のディレクターに就任し、『地獄谷温泉 無明の宿』をパリ日本文化会館で観て再演を希望したので、『ダークマスター』との二本立てで上演することにしました。先日パリ日本文化会館で『ヒッキー・ソトニ・デテミターノ』が上演され、演劇人としての抜きん出た才能が確認された岩井秀人さんも、ジュヌヴィリエ劇場でフランス人と新作を作りますね。こちらも非常に楽しみです。
マームとジプシーを率いる若手演劇人、藤田貴大が寺山修二の初期代表作を演出。
©Nobuhiko Hikiji
文楽公演が大好評だった杉本博司さん、また宮城聰さんのように大きな舞台を作れる演劇人、藤田貴大さんのパリ日本文化会館での舞台にも期待をしています。
「ジャポニスム2018」のお陰で、今年のプログラムは特別な厚みを持つことができ、感謝の思いで一杯です。今年は確かに特別な年ですが、これからもFAPはパリ日本文化会館や他の劇場との連携を続けていきたいと思っています。
インタビュー・文:副島綾
マリー・コラン(Marie Collin)
1980年からフェスティバル・ドートンヌのダンス、演劇、美術部門の芸術監督として、歴代の事務局長ミッシェル・ギィ、アラン・クロンベック、エマニュエル・ドゥマルシー・モタと共に、ピーター・ブルック、ロバート・ウィルソン、マース・カニングハム、ロメオ・カステルッチといった国内外のアーティストを精力的に紹介してきた。
フェスティバルの芸術監督を務める傍ら、ジョルジュ・ラヴォダン、ロバート・ウィルソンの制作担当、ポンピドゥ・センター・プログラミング担当、ニーム劇場館長などを歴任。フランスの舞台芸術界における立役者のひとり。