厳島神社と原爆ドーム~ヴェネチアで東洋の伝統的な価値を伝える

鷲田 めるろ(金沢21世紀美術館キュレーター)

私は、これまでずっと金沢で仕事をしてきた。金沢には、今も茶道などの伝統的な文化や町家の古い町並みが息づいている。そのような町に現代美術館をつくり、今日の美術作品を紹介してきた。その過程で、地域の伝統的な文化に触れ、刺激されてきた。時には、自分が身を置く「美術館」という西欧近代的な制度の限界を軽々と乗り越えてゆくような文化のあり方も目の当たりにした。
岩崎貴宏に初めて出品を依頼したのも、金沢の町家を会場とした展覧会だった。町家では、表の道と中庭との間を風が吹き抜ける。この展覧会は夏だった。岩崎は座敷に、青いビニール製の蚊帳を使った作品を展示した。天井の低い、狭い部屋に、ボリュームのあるインパクトのある展示だが、視線も空気の流れも遮らない。現代美術では忘れられがちな、季節感のある作品だった。この町家にかつて住んでいた人物は文人で、床の間にはその人の描いた、力の抜けた水墨画があった。空き家になっていた会場を大掃除して真っ黒になった雑巾を、岩崎は即興的にくしゃくしゃと丸めて岩に見立て、床の間に置いた。一見盆石にも見えそうなその塊に近づいて見ると、繊維が引き出され松になっている。この松は、軸に描かれた松と対応していた。こうした岩崎の文脈に反応する力、作品のモチーフと手法の両方を通じて日本の伝統の良さを引き出す力を評価して、私は岩崎をヴェネチア・ビエンナーレ日本館に選んだのだった。

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(左)岩崎貴宏《アウト・オブ・ディスオーダー(布団)》(部分)
(右)楳荘の軸と岩崎貴宏《アウト・オブ・ディスオーダー(雑巾)》
「かなざわ燈涼会」(金沢青年会議所主催)の一環として、CAAK(Center for Art & Architecture, Kanazawa)が企画した岩崎貴宏展(2010年)
撮影・提供:岩崎貴宏

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日本館展示風景
撮影:木奥恵三

今回のヴェネチア・ビエンナーレの展示の中にも、厳島神社をモチーフにした作品がある。水面に反射する像を実体と全く同じようにつくった「リフレクション・モデル」という立体作品である。この作品の厳島神社はかなり壊れていて、その壊れ方もそっくりそのまま反転してつくられている。なぜ、壊れた厳島神社か。岩崎は広島に生まれ育ち、現在も住んで制作の拠点にしている。そこにある二つの建物の残し方が対照的だと岩崎は言う。一つは厳島神社で、もう一つは原爆ドーム。厳島神社が台風で壊れたのは一度や二度ではない。平安時代の創建時から、壊れては直すことを繰り返し、少しずつ形も変えながら今日まで残ってきた。一番重要な本殿を波や強風から守るため、それよりも海側にある建物は、大きな外力を受けたとき、壊れて力を受け流すようにつくられている。壊れることで、修復する大工の技術も継承され、必要となる木材も育て続けられる。

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(上・下)
岩崎貴宏《Reflection Model (Ship of Theseus)》
撮影:木奥恵三

一方の原爆ドームは、破壊されて「原爆ドーム」になったあと、負のモニュメントとして、それ以上壊れることがないように補強され、70年間、その姿を保ち続けている。この残し方は、「美術館」という施設の保存の仕方と共通する。美術館では、大きなコストをかけて温湿度を調節し、作品の公開期間を制限して光に当てないようにする。すべては、作品を成り立たせている物質を変化させないようにするためだ。物質や形状が同じであることが作品のアイデンティティと真正さを保証している。ここから作品のアウラも生まれてくる。
しかし、厳島神社の場合、修理の度に部材も少しずつ更新されている。千年を越える時間のなかで、おそらくほとんどの部材は置き換えられ、創建当時からの部材はほとんど残ってはいないだろう。壊れた厳島神社をモチーフにした「リフレクション・モデル」に岩崎は《テセウスの船》という題名をつけた。これは、ある船の部材がすべて置き換わってしまったとき、それは同じ船と言えるか否かという古代ギリシャのパラドックスである。厳島神社は、自然の変化に対して人が手を加えて残す、美術館的な、言い換えれば、西欧近代的な「残し」方ではなく、自然と共生しながら残ってゆく東洋的な「残り」方とも言えるだろう。岩崎が関心を向けたのは、人と自然とのこうした関係である。

東洋の伝統的な価値を再発見することが、岩崎の作品のすべてではもちろんないが、重要な一側面だと思う。特に今回のヴェネチア・ビエンナーレでは、ヨーロッパを中心とする観客に対して示すべきことだと考えた。内覧会では、他のパビリオンを見て回っているときでも、見ず知らずの人に日本人かと声をかけられ、「日本館はよかった!」と言ってもらえた。地元紙には、ドイツ館やフランス館と並んで日本館が取り上げられた。他館のキュレーターは膨大な手仕事に驚き、ユーモアがあると評してくれた。金沢のキュレーターとして、現代美術を通じて東洋の伝統的な価値を再発見し、伝えることをこれからも続けてゆきたい。

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鷲田 めるろ(わしだ めるろ)
金沢21世紀美術館キュレーター。 1973年京都府生まれ。東京大学大学院美術史学専攻修士課程修了。 地域や住民参加をテーマに現代美術や建築の展覧会を企画する。主な企画に、妹島和世+西沢立衛/SANAA(2005)、アトリエ・ワン(2007)、イェッペ・ハイン(2011)、島袋道浩(2013)、坂野充学(2016)の個展や、「金沢アートプラットホーム2008」(以上すべて金沢21世紀美術館)などのグループ展がある。 2010年、金沢青年会議所が主催し、金沢特有の歴史的町並みや空間を活かして、各所で展示する「かなざわ燈涼会」で岩崎に出品を依頼し、町家で展示した。

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