藤井慎太郎(早稲田大学文学学術院教授)
1962年生まれのパスカル・ランベールは、フランス現代演劇を代表する演出家・劇作家のひとりである。平田オリザ氏との個人的な信頼関係に基づいて、2007年から2016年末まで彼がディレクターを務めたジュヌヴィリエ劇場(Théâtre de Gennevilliers、略称T2G)は、こまばアゴラ劇場との協働プロジェクトを数多く実現させ、近年の日本とフランスの間の演劇交流の一大拠点となった。2003年以来、定期的に来日を重ね、こまばアゴラ劇場をはじめとする劇場で自作品を上演したり、自作品の日本語版を演出したりする一方、ジュヌヴィリエ劇場において、平田オリザ、岡田利規、神里雄大ら多くの日本現代演劇の作品を招へいしてきた。今年(2017年)1月、『愛のおわり』の再演と「シアター・コモンズ」(主催:芸術公社)への参加のために来日したランベールに、15年近くにわたる日本との交流について話を聞いた。
©Patrick Imbert
日本との出会い
ランベールが最初に来日したのは、フランス外務省が京都に有するアーティストのためのレジデンス施設ヴィラ九条山に2003年に滞在したときであった。クロード・レジ(1923年生まれのフランスの巨匠演出家)が強く推してくれたおかげであったという。さらに言うと、京都滞在中にすばらしい能の作品を見たときにレジの美学に通じるものを感じて、レジに来日することを強く勧めたそうだが、その後、クロード・レジは宮城聰の招きによって、静岡県舞台芸術センター(SPAC)において『室内』を演出することになった。
ランベールは、日本の演劇界と仕事をするようになった後で、中国、台湾、タイ等たくさんのアジア諸国とも仕事をするようになった。過去には東京日仏学院(現在のアンスティチュ・フランセ東京)のディレクターも務め、舞台芸術のプロデューサーの顔も持ち合わせるロベール・ラコンブがアンスティチュ・フランセ中国のディレクターに就任してから、フランスと中国の間の演劇交流はきわめて盛んになり、ランベールも中国で複数のプロジェクトを抱えているという。
ランベール人気はアジアには限られず、世界中を忙しく飛び回っているのだが、そんな彼にとって、日本は相変わらず特別な国であるという。彼の記憶に今なお強く残るのは、埼玉、静岡、宮崎の3都市で上演された『世界は踊る~ちいさな経済のものがたり~』である。日本人演出家が参加して日本語版を演出したのだが、オリジナルのフランス語版と寸分違わぬものに仕上がっていたのにはほんとうに驚いたという。宮崎版には車椅子の障害者も出演したのだが、彼らの存在のおかげで作品はさらに素晴らしいものになり、その後、世界各地で企画を実現させた際にもこの経験がよき前例となって障害者を受け入れるきっかけになった。ほかにもたくさんの素晴らしい出会いがあったおかげで、日本公演が終わったときには涙が止まらなくなったそうだ。
平田オリザとの出会い
フレデリック・フィスバックが演出した『東京ノート』(2000)をパリですでに見ていたために、平田オリザのことは来日前から知っていたが、そこに割って入る失礼を避けたくて、はじめは連絡するのをためらっていたという。ジュヌヴィリエ劇場のディレクターの公募に応募したときに、自分がディレクターに選ばれたら平田作品をジュヌヴィリエ劇場で上演したいと提案して、そこから劇場同士の交流が始まるきっかけになった。その背景には、作家平田に対する無条件といってもよい尊敬の念がある。来日してそのまま空港から劇場に直行して『東京ノート』を見たときに、時差ボケの状態であったものの、平田が父から受け継いだこまばアゴラ劇場、心の機微を描いた物語、すべてに感銘を受けたそうである。感性も美学も2人はまったく異なるが、あるいは異なるがゆえに、互いに対する信頼と尊敬が生まれたのだ。
ジュヌヴィリエ劇場は、ランベールがディレクターを務めた10年間の間に、複数のランベール作品を上演するのと並行して、ロメオ・カステルッチ、ヤン・ファーブル、ジョエル・ポムラ、ジゼル・ヴィエンヌ、リチャード・マクスウェルといった、世界的に高く評価されるアーティストの作品を招へいしてきた(すべてランベール自身が自分の目で作品を見た上で自ら選んだアーティストであるという)。日本から招へいされた作品の大半は、パリで毎年9〜12月に開かれる大規模な舞台芸術・音楽祭であるフェスティバル・ドートンヌの参加作品でもあるが、それはこれらの作品がフェスティバルの目利きからも高く評価されていることを証言している。通常はフェスティバル・ドートンヌが劇場に作品の受け入れを打診することが多いそうだが、ランベールの場合は、舞台芸術に関するプログラム・ディレクターであるマリ・コランと一緒に企画を考えたり、ランベールから提案を持ちかけたりして、日本からの招へい公演を実現させてきたそうだ。
2016年11月『ソウル市民』初日終演後のジュヌヴィリエ劇場のホワイエ
©青年団
ジュヌヴィリエ劇場の今後
ランベールの後を継ぐジュヌヴィリエ劇場のディレクターが、フランス演劇界きっての日本通であり、これもまた日本との深い縁があるダニエル・ジャンヌトーであることには、偶然以上の何かを感じてしまう。ランベールが築いた交流の蓄積が、また異なるかたちで受け継がれていくことに期待したい。
*本インタビューの実施にあたって、元国際交流基金職員でこまばアゴラ劇場の国際プロジェクトの責任者である西尾祥子さんにたいへんお世話になった。記して感謝申し上げる。
国際交流基金PAJプログラムは、平田オリザが推薦する若手日本人演出家3名とパスカル・ランベールによる戯曲の共同制作『世界は踊る~ちいさな経済のものがたり~』(ジュヌヴィリエ劇場、2010年)、平田オリザ作・演出の『東京ノート』『ヤルタ会談』(ナポリ、サンタルカンジェロ公演、2011年)、岡田利規作・演出の『現在地』(フェスティバル・ドートンヌ参加作品、会場:ジュヌヴィリエ劇場、ベルリンHAU劇場、2013年10月)、海外公演助成事業は平田オリザ作・演出の『東京ノート』東南アジアツアー(タイ、マレーシア、インドネシア公演、2006年6~7月)、『東京ノート』『ヤルタ会談』ジュネーブ公演(2009年9月)などを助成しています。
■ジュヌヴィリエ劇場に招聘された日本現代演劇の作品(シーズン別)
2016-17年 岡田利規作・演出『部屋に流れる時間の旅』(2016年9月23~27日)、神里雄大作・演出『+51 アビアシオン, サンボルハ』(10月5~9日)、平田オリザ作・演出『ソウル市民1909』(2016年11月8~10日)、同『ソウル市民1919』(2016年11月11~14日)
2013-14年 岡田利規作・演出『現在地』(2013年10月14〜19日)
2012-13年 平田オリザ作・演出『アンドロイド版 三人姉妹』(2012年12月15~20日)、同『さようなら Ver.2』(12月16〜20日)、フィリップ・ケーヌ作・演出『Anamorphosis アナモルフォーシス』(青年団の俳優を起用して日本語で上演された作品、2013年4月22~26日)
2010-11年 岡田利規作・演出『ホット・ペッパー、クーラー、そしてお別れの挨拶』(2010年10月2~5日)、同『わたしたちは無傷な別人である』(同10月7~10日)
2009-10年 池田亮司(サイト・スペシフィック・インスタレーション)
2008-9年 平田オリザ作・演出『東京ノート』(2008年10月10~19日)、岡田利規作・演出『三月の5日間』(2008年11月17~22日)、平田オリザ作・演出『砂と兵隊』(2009年3月18日~4月11日)
■日本で上演されたパスカル・ランベール作品およびジュヌヴィリエ劇場制作作品(年度別)
2016年度 パスカル・ランベール作・演出『愛のおわり』(日本語版の再演、こまばアゴラ劇場 2016年12月22~28日、四国学院大学ノトススタジオ 2017年1月19〜21日)
2013年度 パスカル・ランベール作・演出『愛のおわり』(日本語版、SPAC 2013年9月28・29日、ナレッジ・シアター 同10月5・6日、KAAT 同10月11~14日)
2012年度 フィリップ・ケーヌ作・演出『Anamorphosis アナモルフォーシス』(アトリエ春風舎 2013年2月7~11日、KAAT 2013年2月13日)
2011年度 パスカル・ランベール作・演出『Knockin'on heaven's door』(西麻布Super Deluxe 2011年4月19日・20日)、クリストフ・フィアット作・演出『DAIKAIJU EIGA』、マチュー・ベルトレ作・演出『Rosa, seulement』(こまばアゴラ劇場 2011年9月30日~10月5日)
2010年度 パスカル・ランベール作・演出『世界は踊る~ちいさな経済のものがたり~』(いずれも日本語版、多田淳之介共同演出、キラリ☆ふじみ 2010年10月16・17日、大岡淳共同演出、SPAC 2010年10月23・24日、吉田小夏共同演出、宮崎県立芸術劇場2010年10月30・31日)
2009年度 パスカル・ランベール作・演出『演劇という芸術』『自分のこの手で』(こまばアゴラ劇場 2009年11月19~23日)
2007年度 パスカル・ランベール作・演出『愛のはじまり』(日本語版、こまばアゴラ劇場 2007年6月7~10日)
藤井 慎太郎(ふじい しんたろう)
早稲田大学文学学術院教授(演劇学、文化政策学)。主な著作に監修書『ポストドラマ時代の創造力』(白水社、2014年)、共訳書『演劇学の教科書』(国書刊行会、2009年)、共編著『演劇学のキーワーズ』(ぺりかん社、2007年)、翻訳戯曲『炎 アンサンディ』(ワジディ・ムワワド作、シアタートラム、2014・2017年)など。