建築が結ぶ、震災以降の「en[縁]」とは?

キーワードは、3つの「en[縁]」

7月27日、国際交流基金さくらホールで第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展の帰国報告会が行われました。
 東京理科大学理工学部建築学科教授の山名善之氏がキュレーションした「en[縁]:アート・オブ・ネクサス」では、映像作家の菱川勢一氏、編集者の内野正樹氏、都市空間論の研究者である篠原雅武氏の3名が制作委員を担い、シェアハウスやコミュニティスペースなどの設計に携わる12組の建築家たちが出展者として参加しました(会場デザインはtecoが担当)。メインスタッフだけで30名を超える規模の同展がテーマとしたのは、タイトルにも表されている「en[縁]」。2000年代以降、特に東日本大震災以降の日本の社会状況と、その中で多くの日本人が求めるつながりや共生の感覚を、「人の縁(The En of People)」、「モノの縁(The En of Things)」、「地域の縁(The En of Locality)」の3つのテーマから捉え直し、この数年の間に施工され、実際に活用されている建築から提示しました。

 今回のヴェネチア・ビエンナーレの全体テーマ「Reporting from the Front(前線からの報告)」に対し、日本各地で実践されているコミュニティの創造や再生の実例を紹介した日本展は、高い評価を得て、特別表彰を受賞しました。

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日本館の展示風景 Photo by: Francesco Galli Courtesy: La Biennale di Venezia

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第15回 ヴェネチア・ビエンナーレ 国際建築展の報告をするキュレーターの山名善之氏

集合知的な展示空間

帰国報告会では、山名氏による全体報告、菱川氏が制作した展示設営の過程を追ったドキュメンタリー映像と、日本館のウェルカムムービーの特別上映、そして展示に関するさまざまな報告が行われました。

 日本各地の自然風景や祭礼、人々の日々の暮らしを捉えた映像によって日本館のコンセプトイメージを鮮やかに示した菱川氏は、それ以外にも参加作家のインスタレーションに関わる映像制作も行っています。例えば、常山未央氏/mnmが設計したシェアハウス《不動前ハウス》では、実際の建築エントランスに射し込む自然光の移り変わりを表現。また、伊藤暁氏、坂東幸輔氏、須磨一清氏/BUSの手がける《神山町プロジェクト》の展示では、「建築による町づくり/コミュニティの形成」を重視する同プロジェクトの動的な性質を、映像を前方と左右の壁に投影する立体的な演出によって来場者が追体験できるような空間性・時間性を具現化しました。各建築が持っている、かたちにしづらい性格や機能を伝えるためのツールとして、菱川氏の映像は大きな役割を果たしたのです。

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本展のために制作した映像について語る菱川勢一氏

 日本に建つ建築の要素を、模型や写真による資料展示にだけ頼るのではなく、いかにしてヴェネチアの会場に持ち込むか、という課題は、本展において特に重視された点です。それは、tecoの金野千恵氏とアリソン理恵氏の手がけた会場デザインに見て取ることもできるでしょう。展示の方向性を試行錯誤する中で、tecoの2名は「建築の文化性、経済活動、地域資源に着目して、社会との新しい関係性を探る参加作家たちの姿勢に非常に感銘を受けた」と言います。

金野千恵/teco:ビエンナーレの全体テーマとも合致する「en[縁]」のコンセプトを、定型的なフォーマットに落とし込むことなく、柔軟な集合知の空間として提示したいと考えました。
吉阪隆正さんが設計した日本館は4本(枚)の壁柱が大きな特徴です。壁柱によって、「人」「モノ」「地域」の3つのテーマを仕切りつつ、各作品がスペースから広がっていき、テーマを超えて重なっていくような展開を構想し、決まった順路のない、鑑賞者自身が「en[縁]」のつながりを思い思いに組み立てて歩く空間を目指しました。
また、館下にあるピロティ(2階以上の建物において、1階部分を外部空間とした建築様式)とつながった中央の開口部からは、地面にバウンドした自然光が射し込んできたり、ピロティに集った人々の話し声が聞こえてくるような空間の連続性を持たせ、展示テーマと日本館の設計が照応し合うことを心がけました。

ビエンナーレ会場であるジャルディーニ公園において、ピロティを有する日本館は、内と外がゆるやかにつながる共有部的なスペースを持つ珍しいスタイルのパビリオンです。今回のビエンナーレチームは、ピロティを日本の「縁側」に見立て、栃木県の格子の技術を活用した建具や、新たに行った植栽などが設えられた、人々の出会いと憩いのための場所に変えました。

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会場デザインを手掛けたtecoの金野千恵氏

金野千恵/teco:日本館の敷地にいながら他のパビリオンを眺めたり、散策の途中でふらりと立ち寄ることのできる構成は、「en[縁]」の関係性を生み出すものとして機能していたと思います。上階の展示スペースに足を踏み入れた後も、外部とのつながりは保たれ、空間すべてがプレゼンテーションそのものになるようなデザインを実現できました。

参加作家たちからの報告

続いて、12組の参加作家たちも自身の展示について、それぞれ短い報告を行いました。

 「人の縁(The En of People)」に参加したのは、《不動前ハウス》の常山未央/mnm、《ヨコハマアパートメント》の西田司、中川エリカ/西田司+中川エリカ、《LT城西》の猪熊純、成瀬友梨/成瀬・猪熊建築設計事務所、《食堂つきアパート》の仲俊治、宇野悠里(報告会には不参加)/仲建築設計スタジオの4組。シェアハウス、地域の人も使用できる飲食店や共有部を有するアパートメントなどが示すのは、個の生活を分断しないためのさまざまな実践です。展示に用いられたプレゼンテーションは建築模型だけでなく、映像、写真、建築を取り巻く実際のシチュエーションを再現したインスタレーションなど多彩な仕上がりになりました。
 「モノの縁(The En of Things)」には、《高岡のゲストハウス》の能作文徳(報告会には不参加)、能作淳平/能作アーキテクツ、《駒沢公園の家》の今村水紀、篠原勲/miCo.、《15Aの家》の中川純/レビ設計室(報告会には不参加)、《躯体の窓》の増田信吾、大坪克亘(報告会には不参加)/増田信吾+大坪克亘、《渥美の床》などを発表した辻琢磨(報告会には不参加)、橋本健史、彌田徹/403architecture[dajiba]、《調布の家》の青木弘司/青木弘司建築設計事務所が参加しました。既存の建物をリノベーションしたり、日本の広く普及した建築モデルの転換的利用、古材の再利用など、素材や資材などから「モノ」の具体的な物質性にフォーカスしたこれらの作品群は、制作行程において「モノ」と「人」のネットワークが形成される好例と言えるでしょう。その意味で、「モノの縁」と「人の縁」は、同質の根っこを共有するテーマであるのです。
 最後の「地域の縁(The En of Locality)」では、《神山町プロジェクト》の伊藤暁、坂東幸輔、須磨一清/BUS、《馬木キャンプ | 美井戸神社》の家成俊勝、赤代武志、土井亘/ドットアーキテクツ(家成氏、赤代氏は報告会には不参加)の2組による、地方における建築家の取り組みに視線を向けています。「地域の縁」は、近年活発になっている地域と建築家/アーティストの関わりや、都市部から地方へと生活環境を移しはじめた人々の動向と密接なテーマです。建築家の知見や技術を生かすことで、地方にクリエイティブ、IT関連のオフィスを誘致する動きは、現在進行形で産業と地域文化を建築が結ぶ、まさに最前線なのかもしれません。

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日本館の展示風景
  (左上、右上、中央左)Photo by: Andrea Avezzù Courtesy: La Biennale di Venezia
  (中央右、下)Photo by: Francesco Galli Courtesy: La Biennale di Venezia

「ここには建築がある」と感じさせたものとは?

報告会全体の流れを俯瞰しながら、今回の展覧会について、キュレーターの山名氏はこのように概観します。

山名:2016年の今日でも、ヨーロッパにおける日本の建築とは丹下健三やメタボリズムといった高度成長期のイメージが強くあります。しかし、そういった近代的建築と、現在の日本で作っている建築家たちの心情は大きく異なるはずです。大きなスローガンを掲げ、それに向かって建築を作るのではなく、小さな社会......つまり地域や個人間などでの関わりから建築を考えることが必要とされているのではないか。そのような発想から「en[縁]」というテーマに至りました。
「en[縁]」の概念は、ル・コルビジェが提唱したエスプリ・ヌーヴォー(ESPRIT NOUVEAU)と、対照的な関係を結んでいるのかもしれません。つまり小文字の「en」と大文字の「EN」ですね。これは最近ふと思いついたことなので、参加作家の皆さんも驚いていますが(笑)。
でも現地の反応も、この対象関係からあながち外れたものではないように思います。「Reporting from the Front」という全体テーマに対して、欧米の多くの国が、いま目の前にある課題を「課題」として全面化するという選択をしました。そのようなコンセプト主導のキュレーションでは、建物そのものが果たすことのできる役割や、具体性が曖昧になりがちです。
ですから、審査時にとある審査員から投げかけられた「ここには建築がある」という一言は、私にとって非常に手応えを感じさせてくれるものでした。

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山名氏が、本展テーマ「en[縁]:アート・オブ・ネクサス」の3つの「en[縁]」について語る

今年のヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展はヨーロッパ全域の課題である難民問題や、社会不安に対する試行錯誤それ自体が前景化するものだったといいます。現在進行形の、つまりまだ解決方法の定まらない社会的イシューに対して提言することは、建築展と交互に行われる美術部門においても見られる傾向ですが、山名氏が述べたように、具体性や実践性のレベルで課題の多い枠組みです。そんななかで「en[縁]:アート・オブ・ネクサス」が評価を受けたのは、東日本大震災以降にあらためて浮上した「人のつながり」「都市/地域文化の停滞」の問題に取り組んだ(あるいは震災以前から取り組んできた)個々の建築家、団体の実際の活動に目を向けたからでしょう。それらの活動が、日本においてけっして稀少な例でないということも評価の一因であったはずで、それは約30名という、帰国報告会としては類例を見ない登壇者の数にも現れているでしょう。

山名:ほんとうに大型バス一台がいっぱいになるくらいの大人数のメンバーで、展覧会の実現に取り組んできました。それが評価されたことを嬉しく思っています。
大きく社会が壊れていっている中で、参加してくださった建築家の皆さんは、非常にポジティブなヴィジョンを持って、もう一度社会を作り直していこうとしていると私は思っています。それはアジア諸国や南米の若手建築家にも感じることで、彼らの目はとてもいきいきと輝いている。ヨーロッパを中心とした視点が大きく変化しつつある空気を感じさせるビエンナーレでした。

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報告会での本展参加メンバーによる記念写真

(編集:島貫泰介 / 報告会の撮影:相川健一)

キュレーター :山名善之(やまな よしゆき)
制作委員会:菱川勢一(ひしかわ せいいち)、内野正樹(うちの まさき)、篠原雅武(しのはら まさたけ)
キュレーター・制作委員略歴
https://www.jpf.go.jp/j/project/culture/exhibit/international/venezia-biennale/arc/15/profile.html

出展作家:菱川勢一(ひしかわ せいいち)、mnm[常山未央(つねやま みお)]、西田司+中川エリカ[西田司(にしだ おさむ)、中川エリカ(なかがわ えりか)]、成瀬・猪熊建築設計事務所[猪熊純(いのくま じゅん)、成瀬友梨(なるせ ゆり)]、仲建築設計スタジオ[仲俊治(なか としはる)、宇野悠里(うの ゆうり)]、能作アーキテクツ[能作文徳(のうさく ふみのり)、能作淳平(のうさく じゅんぺい)]、miCo.[今村水紀(いまむら みずき)、篠原勲(しのはら いさお)]、レビ設計室[中川純(なかがわ じゅん)]、増田信吾+大坪克亘[増田信吾(ますだ しんご)、大坪克亘(おおつぼ かつひさ)]、青木弘司建築設計事務所[青木弘司(あおき こうじ)]、403architecture [dajiba][彌田徹(やだ とおる)、辻琢磨(つじ たくま)、橋本健史(はしもと たけし)]、BUS[伊藤暁(いとう さとる)、坂東幸輔(ばんどう こうすけ)、須磨一清(すま いっせい)]、ドットアーキテクツ[家成俊勝(いえなり としかつ)、赤代武志(しゃくしろ たけし)、土井亘(どい わたる)]
会場デザイン:teco[金野千恵(こんの ちえ)、アリソン理恵(ありそん りえ)]
出展作家・会場デザイン略歴
https://www.jpf.go.jp/j/project/culture/exhibit/international/venezia-biennale/arc/15/profile2.html

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