スペインのマンガ好きが見た「ヱヴァンゲリヲンと日本刀」展

ダビッド・ヒメネス・ロマン(ブログ「Ramen Para Dos」 共同設立者)



 国際交流基金は、日本国内で大好評となった「ヱヴァンゲリヲンと日本刀」展を、2014年4月~6月パリで開催し、続いて、日本スペイン交流400周年を記念して7月5日~9月28日までマドリードで開催しています。
 人気アニメ『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』の世界に全国の刀匠たちが挑んだ本企画では、物語の重要な鍵となる武器「ロンギヌスの槍」「ビゼンオサフネ」「マゴロクソード」などを伝統の技で再現した刀剣類、『エヴァンゲリオン』の世界観や登場キャラクターにインスピレーションを受けて新たに制作した日本刀など計20点を中心に、日本古来の名刀5点や刀装具、等身大のエヴァンゲリオン初号機のフィギュアや原画パネルなどと共に展示しております。
 この展覧会、パリやマドリードの来場者の目にはどのように映ったのでしょうか。幼少の頃から日本のコミック、アニメに魅了され、コミック・ゲーム関連のさまざまな雑誌やウェブページに寄稿をし、マンガ・アニメを中心とした日本文化を紹介するブログ「Ramen Para Dos (「ラーメン二人前」の意味)」も開設しているスペインのダビッド・ヒメネス・ロマン氏にレポートしていただきました。

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会場の様子。「日本刀の素晴らしさを再認識した」という声が多くあがっていた

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展示会場入口に吊るされた特大バナー



イノベーションと伝統の融合
 マドリードのABCミュージアム(C/ Amaniel, nº 29)では、2014年7月5日から9月28日までの間 「ヱヴァンゲリヲンと日本刀」展を楽しむことができる。この展覧会の見所は日本の最新アニメと伝統工芸品である刀との興味深い融合であろう。同展はパリでの開催の後で現在はマドリードに来ており、これが終わると日本に戻ってしまうため、日本文化に強く息づくイノベーションと伝統という二つの要素を楽しむためにはまたとないチャンスである。

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銘切りデモンストレーションの開場を待つ観客の列。当日は立ち見でも入りきれないほど多くの来場者があった

 イノベーションと伝統の融合というと日本のアニメ文化愛好者は最初のうち戸惑いを覚えるかもしれない。けれども、二つの要素を結びつけるための共通項はいくつかあって、そのひとつは日本の漫画やアニメの中には信義や犠牲的精神など、伝統的な侍の理想を表現したものが多いことだろう。こうした価値観は彼らの持つ刀の中に共に織り込まれるように描かれており、しかも、メカ、またはロボットたちが剣や刀を操って闘争するエヴァンゲリオンのようなテクノロジーに満ちた近未来志向の作品においてさえそうなのだ。

 このように、漫画やアニメの世界では侍の魂を表現することが多い中で、今回、日本各地の刀匠たちが金属を鍛造してヱヴァンゲリヲンに出てくるあの有名な武器のレプリカを作りたい、そのための許可をもらいたいとエヴァンゲリオンの関係者に願い出た時には、彼らは自分たちの思いが十分に通じたと感じたことであろう。
 こうして製作されたのが「ロンギヌスの槍」である。作品に登場する槍は、聖書によればローマ人兵士がキリストの脇腹を刺したとされるあの伝説的な槍を思い起こさせ、物語中で決定的に重要な役割を担っている。ガイナックス庵野秀明氏によって作られたこのアニメ作品の中において最も特徴的なものの一つである。

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ロンギヌスの槍を鑑賞する人々


 この槍は同展覧会のまさに至宝である。長さは3メートル以上、金属を鍛造してできた槍の重さは22㎏もあり、刀匠たちの技が見て取れる芸術品である。槍の完成度は見事であり、刃の部分も長い柄の部分もその細心な仕上げ具合に人々は魅了され、時間をかけて観察する価値は十分にある。

 この素晴らしい仕事ぶりのために刀匠とアニメ制作者との間の関係は深まり、これがきっかけとなって「ビゼンオサフネ」や「マゴロクソード」など、エヴァンゲリオンに関連するもの及びこれに想を得た作品が数多く作られることになった。これらの作品は第一作とは違う物語の展開を見せる小説『新世紀エヴァンゲリオン anima』の中に登場する。

 これら全ての刀は2012年、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q/Evangelion 3.0 You Can (not) Redo」の封切りにあわせ、岡山県の刀をテーマにした備前長船刀剣博物館の展覧会で一堂に集められた。日本で36万人もの愛好家を集めたこの展覧会は海外ではパリとマドリードの二都市のみで開催され、その後は日本に戻る予定である。



芸術と遊びが交じり合う空間
 ABCミュージアムで見られるこの展覧会は際立って相違する2つのスペースに分けられている。一つは伝統的な刀を展示しているコーナーで、真の芸術作品である刀を見ることができるのだが、中には800年以上の時を超えて現代に伝わるものもある。長身の刀から短刀まで、あらゆる種類の刀剣類が、製作過程や使われている素材、その特徴といった解説付きで並べられている。また、刀剣類はすべて柄、鍔、鞘とともに展示され、刀鍛冶の属していた流派のスタイルや技術が長い歴史を超えて分かるようになっている。一点ものとして彫られた鍔やハバキの展示もある。

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日本刀を構成する刀装具や道具類の展示にも多くの関心が集まった

 展覧会のもうひとつの主要コーナーでは刀匠とアニメ・エヴァンゲリオンのコラボレーションがテーマで、日本の職人50人以上が参加して制作された20作品が集められている。このコーナーではエヴァンゲリオンシリーズやその他関連する漫画、小説に想を得て作られた作品を見ることができる。

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日本刀の展示に見入る観客の様子。ヱヴァンゲリヲンにインスピレーションを受けて製作された刀剣作品の他、伝統的な日本刀も展示されている

 作品中の登場人物一人ひとりの心や姿を、その人物に固有の色や役割に沿って形にした作品もある。例えば、主要キャラクターであるヱヴァンゲリヲン初号機をモチーフにした刀は紫色の鞘がついた素晴らしいものである。また、アスカに捧げた短刀には刀身にその姿が透し彫りされているのだが、刀身彫刻師が刀身に人間の女性の姿を彫ることは日本刀の歴史上きわめて異例であり、独特の一品に仕上がっている。

 さらに、ヱヴァ(シリーズに登場するメカ)のプログレッシブナイフや前述した「ビゼンオサフネ」、「マゴロクソード」など、作品の中に登場する武器のレプリカもここでは見ることができる。これらの武器はエヴァンゲリオンの作品にしか登場しないもので、日本の伝統的な刀剣に想を得て、かつ、作品のイラストに従って作られたものであり、その出来映えは実に素晴らしく、唯一無二の作品である。

 このコーナーにはさらに、サムライの甲冑と、人間性を備えたエヴァンゲリオン・ロボットの関係を表現する面頬もある。特にヱヴァ初号機暴走をイメージしたマスクは日本の伝統的な悪魔(鬼)を彷彿とさせる。

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展示会場と初号機フィギュア

 これら2つの主展示室の他、同展は日本刀の製作過程やこうした特徴を持つ日本刀を維持、管理するために必要な工夫など、日本刀の持つさまざまな側面を丁寧に解説しようと試みており、刀の研ぎ方の工程、その際に使われる工具や材、柄の作り方を見ることができる。例えば柄は伝統的に木製で、その上に鮫皮を張り、使い手の握りをより確かなものにするために綿や皮また絹の紐の巻き方も数種類あるということがわかるように工夫されている。

 また、ヱヴァ初号機やアスカ、綾波レイなど、エヴァンゲリオンのキャラクターのフィギュアや、伝統的な日本のサムライの甲冑が展示されている。さらに刀の歴史及びその製作過程に関するさまざまな図や解説表、同展覧会及び「ロンギヌスの槍」の鍛造工程を写したビデオが備えられ、訪れる人の好奇心を刺激し、知的体験を豊かにしている。

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7月4日の内覧会の様子

 同展は全体として極めて重要な日本文化の2つの側面を結びつける格好の機会である。その2つの側面は一見すると大きく相違するが、実はそれぞれ相手からインスピレーションを受けている。そこでは芸術と遊びがこれまで誰も想像できなかったような形で互いに交じり合い、多様な年齢層を惹き付ける。その2つの側面とはすなわちイノベーションと伝統であり、それらが日本文化の中でどのように息づいているのかを私たちに見せてくれるのである。





evangelion_and_sword09.jpg ダビッド・ヒメネス・ロマン David Jiménez Román
ブログ「Ramen Para Dos」共同設立者。1978年バルセロナに生まれる。幼少時からコミック・アニメに魅了され、80年代にはコミック「トランスフォーマー」を読み始め、92年のドラゴンボールの全盛期にマンガ・アニメに興味を持ち始める。長年に渡り、コミック・ゲーム関連のさまざまな雑誌やウェブページに寄稿するなどの形で協力を続けてきたが、2007年にディアナ・カジェハと共にRamen Para Dos (「ラーメン二人前」の意味)というオタク文化をテーマにしたブログを開設。現在は、同テーマブログの中では、スペイン国内アクセス数ランキング1位を誇るウェブページとなっている。




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