Vol.10 盆栽の見栄えを左右する樹と鉢の組み合わせ

過去のエッセイを読み返すと、文字で伝える難しさを実感します。
今後、皆さんが盆栽と触れ合う時間の中で、エッセイでお伝えした内容と実際の経験がピタッと交わる。そうなることを願いつつ、残り2回となるエッセイも頭を抱え悩みながらも大切に綴っていこうと思います。

プロが請け負う仕事の一つに植え替えがあります。私はお客様の棚場へ出向いて植え替えをすることが多いのですが、その際に、使用する鉢をお客様と一緒に考えながら作業をします。もともと樹が植えられていた鉢をそのまま使うことは多いですが、樹の成長に合わせて最適な鉢を提案するのもプロの役目。

「鉢映り」という盆栽用語があります。樹と鉢の調和のことで、調和がとれた状態を「鉢映りが良い」と表現します。
調和といっても大変難しいもので、鉢の形状、大きさ、深浅、色、時代感など、樹と調和する鉢の条件は多様で、長年愛好してきた方でも大いに悩むところ。日頃、水やりをしながら、どんな鉢が合うのか想像を働かせるのは楽しみの一つですが、鉢選びは相当のセンスと審美眼を要求される作業です。

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鉢の形状や大きさ、色は実に多種多様。

盆栽の鉢というと、どのような形を思い描くでしょうか。
「茶色で長方形」とイメージされる方は多いと思います。しかし、形状だけでもざっと挙げると、長方形、正方形、楕円形、丸、六角、八角、輪花りんか木瓜もっこう古鏡こきょうなどあり、さらに縁の形、足の形、胴紐の有無など実にさまざま。

一般的に松柏類には「泥物でいもの」といって、釉薬ゆうやくが使われていない鉢を合わせ、雑木類には白や青や緑といった釉薬がついた「色鉢」を合わせます。
しかし、これも一概には言えないのです。
雑木類であっても、幹肌に古さが備わり、格別な風格を持った樹に対しては、落ち着いた雰囲気の泥物の鉢を合わせることがあります。

鉢選びのイメージとして、次のようなことが一般的に語られます。
幹の太い樹は重量感のある鉢。幹の細いものは浅く軽めの鉢。古木には渋めの落ち着いた鉢。若木には明るい色の鉢。柔らかい雰囲気のある樹は角のない鉢。背の高さを強調する樹には浅めの鉢。実物みもの、花物盆栽の場合、実や花の色と同色にならない鉢。といった具合です。
幹の太さ(直径)と鉢の深さが近いものを選ぶという選択も全てに当てはまるわけではありませんが、目安として覚えておいても良いかもしれません。

とはいえ、鉢映りの良し悪しは多くの盆栽を見て、それらを頭に記憶し蓄積していくことでわかってくるものなので、審美眼を養うべく、展示会などでは樹と鉢の調和を意識しながら鑑賞することをお勧めします。

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根上り(根が露出した樹形のこと)五葉松に合わせた輪花の深鉢。

鉢についてさらに興味を持って詳しく学んでいくと、土目や時代、産地、作家など覚えることがたくさんあり、知識はどんどん広がります。

盆栽界で貴重とされる鉢に「古渡りこわたり」と呼ばれる中国の鉢があり、今日の盆栽界では清朝の末期をもって古渡りの時代は終わったというのが定説となっているため、宋代、明代を経て、清代の末までに作られたものを指します。愛好家であれば1鉢でも手元に置きたいと願う鉢。落ち着いた土目と時代感は鉢単体でも鑑賞にあたいし、風格のある樹に合わせると、まさしく盆栽を芸術の域まで引き上げてくれます。

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落ち着いた色目が魅力の紫泥切立長方鉢。

産地によってもさまざまな呼び名が使われています。中国の江西省景徳鎮産は「南京焼」。広東省で焼成されたものは「広東鉢」。ベトナムよりの中国南部から運ばれたものは「交趾こうち」。東南アジア製の素焼き陶器は「南蛮」。外国から入ってきた鉢には生産地や制作過程の違いによる特徴があり、それぞれに呼び名があるのです。

もちろん日本国産の鉢もあります。
その代表が「常滑焼とこなめやき」。愛知県常滑市を中心に生産される鉢で、常滑市は古くから盆栽鉢の生産地として盆栽界を支えている重要な地。現在でも著名な作家から新しい作家へと、脈々と盆栽鉢の技術が引き継がれています。
外国の盆栽業者は自国の盆栽ブームや知識の向上に伴い、大量生産された中国製ではなく、ハンドメイドの日本製を求める傾向が年々増加しているらしいです。窯場を訪れる海外愛好家も多いとか。
常滑は急須や招き猫が思いつく陶器の産地ですが、盆栽の鉢を探しに一度は訪れてみてはいかがでしょう。登り窯が立ち並ぶ街を散歩するだけでも楽しい場所ですよ。

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日本の著名作家が手がけた一点物の変わり鉢。

盆栽の「盆」は鉢のことなので、作品の半分の価値を占めていると言っても過言ではないでしょう。
鉢を変えるだけで、イメージがガラッと変わる。「馬子にも衣装」という表現は盆栽には当てはまらないかもしれませんが、樹格(盆栽の風格)が上がった時のためにも鉢をいくつか買い揃えておくのも良いのではないでしょうか。
樹と鉢の風格がピタッと合わさった時には、「一生懸命育ててよかった」と格別の喜びが生まれると思いますよ。

bonsai_profile.jpg 森 隆宏(もり たかひろ)
盆栽師。1979年、東京都生まれ。常磐大学国際学部を卒業後、2002年より勝田光松園にて盆栽を修行。2006年に独立し、盆栽師として活動を開始する。2009年、由緒ある国風盆栽展で職人として手がけた作品が国風賞を受賞。2009~2013年、さいたま市大宮盆栽美術館の専属盆栽技師を務める。2013年、欧州文化首都2013コシツェに盆栽デモンストレーターとして、第8回世界盆栽大会(2017年開催)のさいたま誘致プレゼンテーションに盆栽師代表プレゼンテーターとして参加。2014年にはスロヴァキアの国際盆栽フェスティバルでもデモンストレーションを行い、2016年の国際園芸博覧会トルコ・アンタルヤでは日本政府出展の展示に盆栽専門スタッフとして携わった。現在、盆栽師の仕事に従事する傍ら、2013年に構えたアトリエ「盆栽もり」などで初心者向けワークショップを開く他、米カリフォルニアでも講習会を行うなど、国内外で盆栽の普及活動に取り組む。

盆栽もりHP http://bonsaimori.jp/
盆栽もりfacebook https://www.facebook.com/Bonsaimori/

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