前川 知大
劇作家、演出家
新作を書く、というのは分かっているが、実際どのように進むのか。私も初日に配られたしおりを見て初めて全貌を知る。ロンドンまで来ているのだから1人で書くわけがない。演出家、翻訳家、スクリプトアドバイザー、そして作家というチームが組まれる。実際書くのは作家の私だが、この4人で脚本を仕上げていくのだ。
まずは翻訳された脚本を俳優と読んでみる。その為にロンドン中から俳優がRCTに集まる。作家は9人いるのだから、この企画の為に膨大な演劇人が劇場に集まることになる。贅沢な企画である。私は普段、演出家も兼任することが多いので、このようなかたちで脚本を仕上げていくことは稀だ。特にスクリプトアドバイザーという肩書きは日本では聞いたことがない。
俳優の読みを聞き、4人で意見を出し合い、脚本の問題や修正方向を話し合う。私はそれをもとに書き直す。そしてまた俳優たちと、今度はワークショップという、より稽古に近いかたちで脚本を検証する。そのフィードバックでまた本を直し、仕上げる。意外とシンプル、としおりを見て思う。しかしそれらメイン作業の合間合間に、様々な特別セッションが組まれている。第一線で活躍する作家たちのワークショップや講義、現地の同世代の作家との交流会、週3本ほどの観劇予定など。これらは皆、参加者9人で行動する。はっきり言って盛り沢山だ。観光などと言ってる暇はないのである。
最初の3日間はイントロダクションということで、脚本作業ではなく、ワークショップや交流会となっている。初日に私の言語能力は証明されているわけで、不安を胸にリハーサルルームに入った。椅子が円形に置いてあるだけ、うぅ、これだけで緊張する。自己紹介から、自国の演劇事情、劇作家の立ち位置など、各人話して意見を言い合う。当然すべて英語。私は貧弱な英語力を少しでも補おうと、全感覚器官をフルに使い、何が話されているのか知ろうとする。聞き取れる言葉、その中で意味の分かる単語、話し手の表情や仕草、聞いてる者の反応、場の空気など、あらゆる情報を集めて理解しようとする。リラックスして話すメンバーの中で、私だけが異様な緊張感を出している。置いていかれたくない一心で、私の姿勢はまるで大金の懸かったカルタ取りか、スタートを待つ短距離走者のような状態である。甲斐あってか、何とか話題は分かった。が、コメントを求められると、絶句。話したいことは沢山あるのだが、単語が足りない。日本の演劇事情についてとか、告白させてもらうと、申し訳ない、適当に言った! 私だって辛いのだ、許していただきたい。そんな感じでイントロダクションが終わると、9人の大体のキャラが定まってくる。私は当然、ろくに自己表現できない足手まとい、である。悪くない。さあ、次はようやく本読みだ。
前川 知大(まえかわ ともひろ)
劇作家、演出家 1974年生まれ 新潟県柏崎市出身
SF的な仕掛けを使って、身近な生活と隣り合わせに潜む「異界」を現出させる作風。
活動の拠点とする「イキウメ」は2003年結成。
主な脚本・演出、『散歩する侵略者』『図書館的人生』『関数ドミノ』『奇ッ怪~小泉八雲から聞いた話』
『見えざるモノの生き残り』『狭き門より入れ』『表と裏と、その向こう』など。
第16回読売演劇大賞優秀作品賞、優秀演出家賞、第17回読売演劇大賞優秀演出家賞、
第44回紀伊國屋演劇賞個人賞、第60回芸術選奨文部科学大臣新人賞などを受賞。