前川知大の英国劇作駐在員 001

前川 知大
劇作家、演出家

手短に話そう。ロイヤルコートシアター(Royal Court Theatre以下RCT)とはロンドンにある劇場である。この劇場は新作戯曲の発信地として有名であり、数々の名作と劇作家を世に送り出している。そのRCTが毎年夏に行っているのが、インターナショナルレジデンシーというもので、世界数カ国から若い劇作家たちを招き、新作を作るというプログラムなのだ。これは20年以上の歴史を持つプログラムであり、日本人としては私が始めての参加になる。自慢しているように聞こえるかもしれないが、自慢しているのである。実は私も当初はよく分かっていなかったのだ。参加が決まってからいろんな演劇関係者に「これはすごいことなんだよ」と教えられ、そうだったのかと、こうして慌てて自慢しているのである。

プログラムは7月の約1ヶ月。事前に初稿を送り、現地で英訳される。英訳された台本をRCTのスタッフと共に1ヶ月かけて仕上げていくのである。参加が決まったのは2月中旬なので、後4ヶ月しかない。まず着手すべきは初稿台本であろうが、私は書斎に戻らず新宿の英会話学校の門を叩いたのだった。「4ヶ月で英語がペラペラに」「無理です」「ですよね」

英会話学校に通いつつ台本を書き、5月には劇団公演もあり、あっという間に時間は過ぎた。新しいスーツケースはキャスターの滑りが良く、われ先にとロンドンに行きたがり、私は追いかけるように飛行機に乗り込んだ。ヒースロー空港着。早いものである。プログラム開始まで1週間の余裕を持ってロンドンに入った。海外は久々なので慣れが必要だと思ったからだ。何より演劇の本場をじっくり歩いてみたかった。


ロンドンのロイヤルコートシアター

古く重厚な建築物が並ぶ、美しい町並みを散歩するのは心地よかった。そしてとにかく沢山劇場がある。現地情報誌を見ても演劇の扱いは大きく情報は膨大で、どれを観ようか迷ってしまう。さすが本場は違う、と思ったが本場とは何だろう。カキの本場は広島である、というのとも違う気がする。美味しいものが沢山取れる、という点では確かに同じかもしれないが、1週間で大小の劇場で舞台を観て回ったが、最も本場だと感じさせるのは観客なのであった。演劇を楽しむお客さんがこんなにいる、ということに感動した。この町は演劇を大切にしている、という実感が、演劇に従事する人間になんともいえない満足感をもたらした。ところで、この1週間でのもうひとつの発見は、私の英語が全く使い物にならないということであった。いよいよ明日からはRCTである。果して私はどうなるのか。

プロフィール

前川 知大(まえかわ ともひろ)
劇作家、演出家 1974年生まれ 新潟県柏崎市出身 
SF的な仕掛けを使って、身近な生活と隣り合わせに潜む「異界」を現出させる作風。
活動の拠点とする「イキウメ」は2003年結成。
主な脚本・演出、『散歩する侵略者』『図書館的人生』『関数ドミノ』『奇ッ怪〜小泉八雲から聞いた話』 『見えざるモノの生き残り』『狭き門より入れ』『表と裏と、その向こう』など。
第16回読売演劇大賞優秀作品賞、優秀演出家賞、第17回読売演劇大賞優秀演出家賞、 第44回紀伊國屋演劇賞個人賞、第60回芸術選奨文部科学大臣新人賞などを受賞。

Page top▲