「新型コロナウイルス下での越境・交流・創造」JFの取り組み<3>
「とにかくなにかをはじめよう」
アニメーション制作を通じて自由な表現を手に入れる「シシヤマザキ・アニメーション・マスタークラス」の挑戦

2020.10.30
【特集073】

吉村 周平
(国際交流基金 メキシコ日本文化センター)

「新型コロナウイルス下での越境・交流・創造」JFの取り組み(特集概要はこちら

国際交流基金メキシコ日本文化センターでは9月から、気鋭のアニメーションアーティスト・シシヤマザキさんを講師に招き、メキシコの若手クリエイターを対象とした「シシヤマザキ・アニメーション・マスタークラス」を開講している。「自粛生活がもたらした身体性の変化」をテーマに各自が30秒程度のアニメーションを作り、11月に開かれるラテンアメリカのコンテンポラリー・アニメーションの祭典「ANIMASIVO 2020」でお披露目予定だ。オフラインでのイベント開催が難しい時期だからこそ、普段接点が少ない日墨の若手アーティストをオンラインでつなぎ、アニメーション制作を通じて刺激を与えあう機会としたい。そして多くの人々にさまざまな制約を強いた「コロナ時代」において、アートを通じて自由な表現、自由な身体性を取り戻したいという思いを込めた取り組みだ。

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シシヤマザキさんデザインの本事業ビジュアル

シシヤマザキさんは実写映像をもとにアニメーションを描くロトスコープと呼ばれる手法を使い、「シシピンク」と呼ばれる独特の色を用いた水彩画風のタッチで知られる。国内外問わず数々のアニメーションフェスティバルでの作品上映経験もあり、いま最も注目が集まる日本の若手アーティストの一人だ。新型コロナというイレギュラーな事態を受けて急きょ始まったプロジェクトではあるが、その企画の根底には、これまでのメキシコ日本文化センターとしての経験の積み重ねが生きている。

アジア諸国に遅れること2カ月、2020年春、メキシコでも新型コロナウイルスの感染例が徐々に報告され始めた。メキシコでは2009年の豚インフルエンザの流行で既に公共機関や企業等の閉鎖が行われた経験があったことから、早晩アジアや欧米諸国と同じような状況になり得ることを覚悟していた。国際ニュースで「オーバーシュート」「ロックダウン」などの聞き慣れない言葉が飛び交うなか、これまで通りの国際文化交流は難しくなるという思いは一層強まり、センターを挙げて「コロナ時代」のそのあり方や可能性を模索し始めた。
メキシコにおける感染拡大が本格化し始めたのが、ちょうど日本における年度末に当たる時期。国際移動が難しくなり、新年度に計画していた事業実施の見通しが一切立たない状況に。私たちセンター職員も在宅勤務へのシフトを視野に、早くから準備を始めていた。計画済み事業の実施が見通せなくても、私たちのミッションである「国際文化交流」それ自体を立ち止まらせる訳にはいかない。Zoomなどオンラインプラットフォームを活用した事業アイデアを事務所内から広く募り、まずはできることから始める「走りながら考える」スタイルを取ることにした。

日本やメキシコで活躍する日墨のアーティストを招いた講演会シリーズ「クリエーターズ・トーク・オンライン」や、日本映画研究者をモデレーターに映画ファンとディスカッションを行う「シネクラブ・オンライン」を4月〜5月にかけて実施。SNS上で盛り上がっていた妖怪アマビエのイラスト投稿をここメキシコでも呼びかけ、400件を超えるイラストがわずか1カ月の間に寄せられた「アマビエ・チャレンジ」も大きな話題となった。日墨のアーバ二スト(都市計画の専門家)をキュレーターに迎え、両国のアーティストやデザイナー、建築家ら計10人にそれぞれの国の都市や文化的心象をテーマに、写真やショートエッセイ、ビデオ等の作品を制作してもらうオンライン・エキシビジョン「Overworld」も準備中だ。慣れないオンラインでの事業ということもあり試行錯誤の連続ではあったが、オンラインならではの利点を実感できた。なにより国土が日本の約5倍という広大なメキシコでは、参加に地理的な制約を受けないことが大きかった。また中南米・カリブ諸国をはじめとするスペイン語圏の国々、スペイン語話者が多く住む米国からの参加もあり、より広範にリーチできる可能性を秘めていた。

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「アマビエ・チャレンジ」受賞作品の一例

「シシヤマザキ・アニメーション・マスタークラス」の企画を担当したのは、メキシコ人スタッフで文化芸術事業担当コーディネーターを務めるイレアナ・ロハス。メキシコ国立自治大学(UNAM)でビジュアルコミュニケーションと美術史を学び、将来は現代アートのキュレーターを目指す。

メキシコでは2000年代後半に初めて、総合大学でアニメーション専攻の学位が開設された。以降、アニメーション産業を担う人材育成が進み、業界も急成長している。他方でアニメ作品や商業広告において用いられているほとんどが、いまだ2D・3Dアニメーションであり、シシさんのロトスコープ・アニメーションのような実験的な手法(正確にはロトスコープ自体は古くからある手法ではあるが)に挑戦し、新たな領域を開拓するようなクリエイターの活動の場が限られているのが実情だ。イレアナはシシさんに注目した理由を「絵巻物や浮世絵などの日本美術に見られるような『遊び心』がシシさんの作品には感じられ、そこがなにより面白かった。(アートとしての楽しさだけでなく)商業的にもしっかりと成功を収めている先駆的な事例としてメキシコの若手アーティストに紹介したかった」と説明する。シシさんにはアニメーション制作を通じた日墨のアーティスト交流を行いたいとの私たちの思いを受け止めていただき、突然の依頼にもかかわらず講師役を快諾いただいた。

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マスタークラスの教材となるチュートリアルビデオの一コマ。シシさんが実際にロトスコープでのアニメーション制作について実践しながら解説している

今回、マスタークラスのテーマを「身体の変化〜コロナ前/コロナ後(Transformación de los Cuerpos AC/DC)」としたことには狙いがある。新型コロナウイルスの感染拡大により長期の外出自粛生活を強いられるなか、それぞれが心身共にさまざまな変化を経験している。シシさんのアニメーション作品の特徴の一つは、シシさん自身がパフォーマンスを披露する映像をもとに描かれた「シシガール」と呼ばれるキャラクターが作り出す世界観にある。そこにはもう一人のシシヤマザキが、現実世界の彼女とは別個の存在として躍動している。イレアナはここにヒントを得た。ロトスコープ・アニメーションという手法を通じて自身の身体性を探求し、投影することでその領域を拡張し、そこへ感情をさらけ出すことでリアルライフの外出自粛やそれがもたらす心身への影響から、自身を解き放つことができるのではないかと考えた。「ロトスコープ・アニメーションが、アーティストに創りたいものを創り出す自由を与えるだけでなく、自分自身を自由にするメディアであると感じてもらえたら」と話す。

講師を務めるシシさんは日本でもオンラインサロン「シシヤマザキのお絵かき教室」を主宰している。「描くという行為に良し悪しというものは根本的には存在せず、一番大切なことは、繰り返し描くことによって、実感と反映を繰り返すという感覚を自分の手でつかんでいき、自分自身の思想や観点を獲得するということだと思います」と話し、今回のマスタークラスについては「作ることのきっかけを作り、交流することでお互いにたくさんのことを学ぶことができたらと願っています。メキシコからしか生まれない要素も皆さんの作品から感じとることができたらうれしいです」と期待する。

7月にマスタークラスの事前広報を兼ねて開催したオンライン講演会には約450名がライブ参加。アーカイブ再生回数は6500回に迫る勢いで、関心の高さをうかがわせた。9月25日、公募で179人から選抜したアーティスト19人がメキシコ、アルゼンチン、ブラジル、イタリアから参加し、シシヤマザキさんとキックオフトークを行った。クラスの中核となるワークショップ・コンテンツは事前収録・編集のチュートリアル・ビデオにスペイン語字幕を付けて教材として配信し、シシさんによる受講生のフォローアップは全てオンラインプラットフォームやツールを通じて行う。課題は選択式で、シシさんが事前に用意する実写映像をもとにロトスコープ技術を学ぶものと、自身で実写映像から準備し完全オリジナルの作品を作る2通りを用意している。10月10日に行った最初のフォローアップセッションでは、各自がロトスコープの試作やコンテを持ち寄り、シシさんとの間で合計5時間にわたり意見を交わした。熱量あふれる交流となり、「多くの学びがあった」との声が生徒から相次いだ。

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9月25日に開催したキックオフトークで初顔合わせをする参加者とシシヤマザキさん(上段右から2番目)

11月25日〜29日にはメキシコシティでコンテンポラリー・アニメーションの祭典「ANIMASIVO 2020」が開催予定で、マスタークラスで制作したアニメーションを一般に公開する絶好の機会。シシさんをメキシコシティに招いて講演会を開き、受講生との交流の機会にできればと考えていたが、新型コロナウイルスの感染拡大が続きオンラインでの実施となってしまった。完全オンラインで完結できる事業ではあるが、やはり実際にその土地を踏んで、そこで育まれた文化を肌で感じ、食を楽しみ、人々とふれあうことに勝ることはないというのが、変わらぬ思いだ。メキシコをはじめラテンアメリカ諸国に近ごろ関心を持っているというシシさんも訪問を楽しみにされているようで、センターとしても新型コロナウイルスをめぐる状況が改善した暁にはぜひメキシコにお招きし、全身でメキシコを感じ取ってもらいたいと考えている。

シシさんの新作アニメーション「とにかくなにかをはじめよう」(下記参照)に倣ってではないが、今を生きる私たちにとって未知の出来事である「コロナ禍」の中で、メキシコ日本文化センターとしても、とにかく最初の一歩を踏み出したかった。その思いを一つの形にできた事業のように思う。「コロナ時代の国際文化交流のあり方」という大きな問いへの答えはいまだ模索途中ではあるが、まずはこのオンライン・マスタークラスを、アーティストの相互交流や協働制作の新たなモデルケースとして成功させたい。

「とにかくなにかをはじめよう」
Song / Lyrics / Animation
by ShiShi Yamazaki シシヤマザキ



きぶんがのったらはじめようか
のらなくてもなにかをとにかくはじめようか
なにになるかはわからないけど
とにかくなにかをはじめよう
やりはじめるまでが
いちばんたいへんだから
ちょっとだけふみきれば
なにかがひらけてそこからひろがる
オリジナルのせかい
だめならだめでいいけど
つくってみることがだいじ
たすけてくれるひとをまつのは
とおまわりだよ
きぶんがのったらはじめようか
のらなくてもなにかをとにかくはじめようか
なにになるかはわからないけど
とにかくなにかをはじめよう

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「シシヤマザキ・アニメーション・マスタークラス」シシヤマザキ オンライントーク アーカイブ(2020年7月22日)
https://www.facebook.com/watch/live/?v=1153950218309688
Fundación Japón en México 国際交流基金メキシコ日本文化センター Facebook
https://www.facebook.com/fjmex1/
Fundación Japón en México 国際交流基金メキシコ日本文化センターInstagramで今回制作した作品も発表している。
https://www.instagram.com/fjmex1/

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シシヤマザキ
アーティストとして、ロトスコープ・アニメーションのほか、2017年よりクリエイター集団「1980YEN(イチキュッパ)」の楽曲制作や各地でのライブパフォーマンス、アートプロジェクト、陶芸制作等も行っている。2018年に米『Forbes』誌の「アジアを代表する次世代を担う『30歳以下の30人』」に選ばれた。CHANELやPRADA、資生堂など著名ブランドのプロモーションやロックバンド「BUMP OF CHICKEN」、歌手YUKIさんのミュージックビデオにアニメーションを提供。映画「ちはやふる -結び-」(2018年)ではアニメーションディレクターとして関わる。芸術活動として一日一個の顔「MASK」を2010年から毎日作り続けるプロジェクトも行う。
オフィシャルウェブサイト http://shishiyamazaki.com/
Instagram https://www.instagram.com/shishiy/
Facebook https://www.facebook.com/shishiyamazaki.official/
オンラインサロン「シシヤマザキのお絵かき教室」https://community.camp-fire.jp/projects/view/288325

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吉村 周平(よしむら しゅうへい)
全国紙の宇都宮・広島両支局、大阪社会部で記者を経験し2016年より国際交流基金。日本研究・知的交流部企画調整・米州チームを経て、2018年よりメキシコ日本文化センターにて文化芸術交流事業と日本研究・知的交流事業を担当。

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