2019年3月号
増田是人(前国際交流基金 ジャポニスム事務局長)
パリ日本文化会館外観。「ジャポニスム2018」会期中、美術展、映画上映会、講演会、ワークショップなどが行われ、人々の集う拠点となった。
日仏友好160周年を記念して2018年7月から2019年2月までフランスで開催された大規模な日本文化・芸術の祭典「
ジャポニスム2018:響きあう魂
」は大成功裏に幕を閉じました。縄文から伊藤若冲、琳派、そして最新のメディア・アート、アニメ、マンガ、さらには歌舞伎から現代演劇や初音ミクまで、多様な展示、公演、映像事業に加え、食や祭りなど日本人の生活に根ざした文化交流イベントに多くのフランスの方々が足を運んでくださいました。
昨年9月、「ジャポニスム2018」の行事(伊藤若冲展、松竹大歌舞伎公演、エッフェル塔のライトアップ点灯式)に参加された皇太子殿下は日本のテレビ局の取材の中で「フランスの方々が日本に高い関心を寄せていただいていること、また、より多くの方が日本について知ろうとしていることを大変実感いたしました。」とのお言葉を述べられました。
日本が近代化の道を歩み始めてから、多くの日本人にとって、フランスは憧れの的でした。“日本近代詩の父”である萩原朔太郎が「純情小曲集」の中で「ふらんすへ行きたしと思へども ふらんすはあまりに遠し せめては新しき背広をきて きままなる旅にいでてみん...」という詩を書いてから100年近くが経過した今、この状況は逆転し始めています。
皆様が想像される以上に、多くのフランス人が日本に憧れを抱いているのです。
パリが日本の首都?
「フランス人に、まだ知られていない日本を再発見させ、フランスに日本旋風を巻き起こそう」と豪語してスタートした「ジャポニスム2018」は、当初の予想を遥かに上回る反響と成果をもたらしています。70余りの公式企画と、200件を超える参加企画をあわせると300万人以上の方々が日本文化に触れてくださいました。ジャポニスム事務局ではこれらの事業を展覧会、舞台公演、映像、生活文化他の4つのカテゴリーに分類し、企画・調整・実施を進めてきました。展覧会では「teamLab:Au-delà des limites (境界のない世界)」展の観客数は30万人を超え、「若冲―《動植綵絵》を中心に」展の7.5万人を含め100万人近くに足を運んでいただいています。フランス国内で「ジャポニスム2018」の記事を目にしない日はなく、フランスの週刊誌「TELERAMA」(2018年7月14日付)は、「『ジャポニスム2018』:パリは日本の首都になる」というタイトルで報じてくれました。
現代社会を鋭く切り取る舞台アーティストが大活躍
舞台公演については、歌舞伎や能、文楽、舞踊等の伝統的なものから、野田秀樹さんの『贋作 桜の森の満開の下』や、現代演劇シリーズとして新進気鋭の演出家の作品が高く評価されました。その中でも注目したのは、岩井秀人さんが演出された『ワレワレのモロモロ ジュヌビリエ編』です。これは岩井さんがパリ北部に隣接するジュヌビリエ市に長期滞在し、アマチュアを含むフランス人俳優たちが語る彼ら自身の物語を岩井さんの手により構成・演出した作品です。モロッコ系移民二世で労働闘争に参加するアブダラー、親戚の住むアルジェリアでの暴力的な苦渋の思い出を吐露するサリマなど、移民が多く暮らすジュヌビリエならではの現在のフランス社会が抱える深刻な問題を、フランス人ではなく、日本人である岩井さんが描写し、それが成功したことに驚かされるのです。
魅力ある地方文化
私のパリ滞在中、10月中旬から下旬にかけてパリ郊外のアクリマタシオン公園とパリ日本文化会館で実施された「地方の魅力―祭りと文化―」事業は、数々の文化事業の中でも忘れ難い経験となりました。特に日本の祭りについては、国際交流基金と各自治体とが協力して日本各地から総勢350人以上(自治体が独自に派遣した参加者や現地参加者も合わせると500人以上)が参加し、史上初めて日本を代表する7つの祭り(五所川原の立佞(たちね)武(ぷ)多(た)、岩手の鬼(おに)剣舞(けんばい)とさんさ踊り、市川の行徳神輿、山梨の信玄公祭り、奈良の春日若宮おん祭、徳島の阿波おどり、高知のよさこい)が一堂に集結しました。会場となったアクリマタシオン公園には、3日間で6万人が来場し、日本文化の多様性と地方の魅力を堪能しました。渡仏された首長さんの中には流暢なフランス語でPRされる方もいらっしゃいました。青森の五所川原市の高さ11メートルの立佞武多は公園の中でとても存在感のある作品となり、祭り前日の予行演習で運行する姿を見た時には、思わず涙がこみ上げてきました。同公園の責任者は「この日本の祭りの3日間、アクリマタシオン公園は日本列島に連なる一つの島になった」と大喜びでした。公園内には日本政府観光局(JNTO)の他、複数の自治体や旅行関係企業の観光ブースや、縁日さながらの屋台が多数設置され大賑わいで、対日観光促進のPRにもなり、「ジャポニスム2018」の狙いとしていた2020年の東京オリンピック・パラリンピックに繋がるインバウンド観光促進に大いに貢献できたのではないでしょうか。
教育面でのレガシー
「ジャポニスム2018」が一過性の盛り上がりに終わらないように事務局が重視してきたのは、将来を担う若者をどのように動員するか、ということでした。嬉しいことに、フランス教育省内の「アカデミー・ド・パリ」(日本の教育委員会に相当)は、期間中に「日本文化・芸術の教育シーズン」として、パリの中等教育の現場において日本文化に関する様々な取組を行うことを可能としてくれました。また、イル・ド・フランス州の若者議会のメンバーが、ロゴ入りのTシャツや法被を着て、会場となる10か所の文化施設の間を自発的にランニングする「夕映えジョギング」を実施してくれました。ジャポニスム事務局では、日本で「日仏高等学校ネットワーク」(COLIBRI)を立ち上げられた橘木芳徳先生をパリに派遣し、若者への「ジャポニスム2018」事業のPR活動に従事していただきました。私も複数の高校を訪問し、フランスの若者が日本文化や日本語に多大な関心を有していることを肌で実感することができました。すでにフランスの複数の高校から日本語教育を含めパリ日本文化会館との連携・協力関係が期待されております。これは教育面でのレガシーの一つとなるでしょう。
パリ日本文化会館のチャレンジ
「ジャポニスム2018」は、海外における最大の日本文化施設であるパリ日本文化会館にとっても大きなチャレンジでした。パリのみならず地方各地で数多くの多様なイベントを準備、実施するため、日仏の関係者間の調整を行うことは想像以上に大変な作業でした。
また、会館の施設をフルに活用して美術展、映画上映会、講演会、ワークショップ等をこれまでにない規模で開催し、地上階には「ジャポニスム2018」のイベント情報を提供する情報センターを置き、初音ミクやシン・ゴジラの等身大フィギュアがたくさんの来場者をお迎えしました。子どもから大人まで、今まで会館には足を運んだこともなかった人たちも来てくださいました。また、フランス国内の多くの美術館や劇場などとの緊密な共同作業を通じ、新たなネットワークが生まれたことで、今後、フランスと日本との文化交流がいっそう深まる基盤づくりにもなりました。
パリ日本文化会館の地上階に設置した情報センターでは「ジャポニスム2018」のイベント情報を提供。
文化外交への道
日本文化に造詣の深いフランスのジャック・ラング元文化大臣は「『ジャポニスム2018』は、フランスにとって最高のプレゼントだ」と様々な機会に述べられています。この文化イベントは、2016年の夏に発足した駐仏日本大使と仏外務次官をトップとする「日仏合同委員会」を2か月に1回開催して公式プログラムを選定するなど、実質的な日仏共同プロジェクトでした。そしてこの文化事業を通じ、両国の首脳レベルはもちろん日仏のアーティストや市民交流によりパートナーシップが強化されていったのです。
その動きは、9月、マクロン大統領が2021年には日本でフランス年事業を行うと発表されたことにも繋がりました。このように、文化が外交のツールであり、日本のソフトパワーであることを示すことができたのではないでしょうか。そして、フラッグシップ・プロジェクトとも言えるこの一大文化事業は、日仏の民間企業のご支援とご協力なしには実現しなかったものであり、過去に類を見ない規模での事業を成功に導けたことは事務局をつとめた国際交流基金にとっても大きな自信と貴重なアセットとなりました。
この経験を生かし、質の高い総合的な日本文化事業を引き続き海外で実施し、文化外交の一翼を担うことが国際交流基金の使命ではないでしょうか。