西田亮介氏・古市憲寿氏、英国で「日本の若者と仕事」を語る

石川結衣(ロンドン日本文化センター
中村友子(日本研究・知的交流部 欧州・中東・アフリカチーム)



 1990年代には「オタク」、「パラサイトシングル」、「フリーター」、2000年代には「ひきこもり」、「ニート」など、日本では若者に特徴的とされる行動やメンタリティを形容するさまざまな社会的カテゴリーが作り出されました。こういった日本の「若者問題」を構築主義的アプローチから分析した『若者問題の社会学』(ロジャー・グッドマン/井本由紀/トゥーッカ・トイボネン編著、2013年、明石書店)では、「若者問題に対する包括的で、かつ比較視点を取り入れた、社会学的アプローチを探るうえで、日本はどこの国にも引けを取らないほど豊かな実験場となっている。それと同時に、特定の若者問題がなぜその時期に日本で表出するのか、その今日の日本の若者に影響を与える社会経済的状況とは何かを理解することが重要である」と指摘されています。
 「若者」を通して日本の社会経済的状況をより理解してもらおうと、2014年11月10日から13日にかけて、インターネット選挙や若者無業者に関する著作で知られる立命館大学大学院先端総合学術研究科特別招聘准教授の西田亮介氏と、若者による若者論として話題になった「絶望の国の幸福な若者たち」の著者である東京大学大学院(博士課程)の古市憲寿氏に英国ロンドンとシェフィールドでご講演いただきました。今回は、シェフィールド大学で行った同大学生向けワークショップの様子をお伝えします。コメンテーターは同大学のHarald Conrad博士が務めてくださいました。

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(左)西田亮介氏、(右)古市憲寿氏

 西田亮介氏には、日本の「無業社会」についてご講演いただきました。経済学上の完全失業者の定義では求職活動を行っていることが前提ですが、「無業」は失業とは異なり、働くことを希求しながら自発的に求職活動を行っていない(行うことができない)状態を指すそうです。日本の若者の失業率は世界的にみれば低いにも関わらず、なぜ若年無業者に関する問題が先鋭化しているのでしょうか。若年無業者の問題は、若年人材が豊富であった時代に形成された「日本型福祉」や、新卒採用に失敗したり落ちこぼれたりすると労働市場への再参入が困難となる「日本的経営や雇用習慣」といった、同じく若年の就労問題が深刻化する欧州とは異なった前提と歴史的経緯があるそうです。西田氏は、日本の現状、政策、歴史的経緯を丁寧に紹介しながらご説明くださいました。
 1990年代から2000年代にかけて労働市場と福祉が緩やかに変容した日本社会において、政策的、社会的影響力の乏しい若者は一度無業状態になれば抜け出しにくい状況に晒されているにも関わらず、社会や政策担当者はこのリスクを正確に見極めることができず、有効な支援が取られてこなかったと言います。西田氏は、社会理論的な基礎付け作業と政策的な解決策の構想を促進したいとの問題意識を示してくださいました。

 古市憲寿氏は、日本の若者と起業、特に社会起業についてご講演くださいました。企業で働き口が見つからなかったために若者が起業した時代からサラリーマンになって安定した生活を送ることが「良い人生」という価値観が拡がった時代を経て、バブル崩壊後には「起業家」が新しい希望と見なされるようになりました。同時期にインターネットやIT環境が整備され始め、政府や経済団体も若者に起業を推奨するようになりましたが、イノベーティブな起業家が多く誕生すれば、古くからある会社と競合関係に発展することになります。古市氏は、そのような新旧日本の対立を象徴したのが起業家の堀江貴文氏であり、「ライブドアショック」であったと指摘します。
 社会起業家が注目を集めた理由として、堀江氏のような「お金儲け」がネガティブに捉えられるようになったこと、ソーシャルアクションに関心を持つ若者が増えたこと、国家が国民に十分な福祉を提供することが困難になり、社会起業家の方が多様化した国民の問題やニーズに対処しやすいことの3点を挙げられました。また、起業家や社会起業家をただ称賛するのではなく、彼らをサポートするために何ができるか、社会は考えていくべきだと指摘されていました。

nishida_furuichi02.jpg nishida_furuichi03.jpg  お二人のご講演を受けてConrad博士より、西田氏・古市氏の発表はフレームワークの問題が背景にあるという点で共通しており、「落ちこぼれ」あるいは「被害者」としての若年無業者、「人気のないもの」あるいは「救世主」としての起業家という構図があり、そのフレームワークは時代によって、あるいはそれを見る人の立場によって全く異なったものとなっているとコメントがあり、続いて質疑応答が行われました。

Q.東アジア学部大学院生:英国では、一定数の従業員を雇用し職を生み出すといったクライテリアを満たせば、税の控除や補助金といった起業家に対するスタートアップ支援がありますが、日本政府からの支援はどうなっているのでしょうか。

A.古市氏:日本でも政府からの支援はあるのですが、多くの起業家が使うのは、地方自治体からの100万円程度の補助金で、なかなか大きい額の支援はありません。税金についても優遇措置はあるのですが、大きな企業向けではなく、小さな自営業向けのものが多いです。

Q.日本研究者:西田さんの発表の中で、若者の失業率は推定6%程度との話がありました。94%の若者が雇用されているというのはOECD平均から考えて非常に高い割合です。欧州の視点から見ると、実際のところ世界の多くの国々は若者の雇用に関して日本から学べることがあるのではないかと考えてしまいます。

A.西田氏:日本においては、女性が最初から求職活動をしていないために統計の母数に入っていない可能性があります。割合では日本の失業率は低いですが、若年の失業者ではなく無業者の数は60万人いると指摘されていて、潜在的に最大で400万人の無業者がいるのではないかというOECDの試算もあります。日本は人口の多い国なので、割合は低くても人数は多い可能性があるということです。

Q.日本研究者:英国では英国独立党(UKIP)、フランスでは国民戦線の台頭など、欧州では右傾化が指摘されていますが、日本でも同様でしょうか。無業者の増加と保守化・右傾化に関係はあるのでしょうか。

A.西田氏:センシティブな問題だと思います。因果関係はわかりませんが、事実だけみると、日本の景気が悪くなり無業の問題が取り上げられるようになった時期と排外主義的な言説が増えてきた時期は重なっています。フランスやドイツの状況と似て見えるところもありますが、十分な検証が必要だと思います。日本社会全体が右傾化したかというとそうでもないように感じますが、インターネットの言説は右傾化したように見えます。ただし、私はオンライン・デモクラシーの研究もしていますが、拡がっていると言われている原子力発電に関する言動の分析をしてみると、ボリュームは多いのですが発言している人の数はすごく少ない。恐らく、排外主義的な言動についても、同じ構造があるのではないかと感じています。

Q. Conrad博士:日本では大学を卒業して就職した人を「社会人」と呼んでいるようですが、そうでない人は社会の一員ではないのでしょうか。「社会人」という言葉について、これも老若にまつわるひとつのフレームワークだと思いますが、いかがお考えですか。

A.古市氏:日本では大学を卒業した人が「社会人」という英語に翻訳しにくい言葉の人物になっています。欧州と違って入社のタイミングも同じなので、大学を卒業してみんなで4月の入社式を経て社会人になる。フリーターは社会人と呼ばれないこともあるのですが、社会人という社会のフルメンバーにならないと色々なサポートを受けられないのに、一度外れてしまうと社会人になりにくい、という不思議な仕組みがあります。

A.西田氏:古市さんの認識に同意します。その上で、どのような変化が求められているかというと2つの道があるように思います。ひとつは、社会人という社会規範が人々が気づかないうちに変化しているというゆるやかな変化、もうひとつは企業社会あるいは日本社会が意識しながら主体的に変化を選び取っていくという道です。どちらが望ましいかというと恐らく後者の方で、前者のように人々が認識しない変化が起こると、そのしわ寄せが弱い人々のところに集中すると思うからです。過去の日本の変化は前者のタイプで、緩やかな変化がずっと起こって気がつくと社会が変わっていたということが繰り返されてきました。これからは、古市さんが研究されている社会起業家やNPOのような、いろいろな働き方があって良いのだと認識される、寛容な社会を選び取っていく、選択していく、主体的な選択ができればいいのではないかと思います。

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質疑応答も白熱

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学生たちと

講師のお二人には異なるトピックについてお話をいただきましたが、それぞれのご発表により相補的に「若者と仕事」というテーマにせまるセミナーとなりました。質疑応答では主に大学院生からよせられた踏み込んだ内容の質問により、若者の労働環境だけではなく、その周辺にある政治、日本の社会規範などに潜む課題や少子高齢化の問題についても日本の若い研究者の意見をお伝えできたのではないかと思います。



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