バンコク日本文化センター
瀧田あゆみ
2012年3月15日から18日にかけて、バンコク日本文化センターでは、チュラロンコン大学、大阪大学、劇団「青年団」と共催で、人間そっくりのアンドロイド「ジェミノイドF」と人間俳優が共演するアンドロイド演劇『さようなら』を上演しました。
アンドロイド演劇『さようなら』は、日本を代表する劇作家で演出家の平田オリザ氏(青年団)とロボット研究の第一人者である石黒浩氏(大阪大学ATR知能ロボティクス研究所)が、大阪大学にて2007年から共同で進めているロボット演劇プロジェクトの最新作。最先端の科学と芸術が交差する、衝撃の短編作品です。
胸から上しか動かない俳優(アンドロイド)を使った戯曲を依頼された平田氏が書いたストーリーは、死を目前にした女性と、その女性のために父親が買い与えたアンドロイドが会話する一場面。「何か励ます詩を読んで」という彼女に、アンドロイドは、その子の気分に「おそらく」あった、谷川俊太郎、ランボーなどの詩を読んであげます。
「あなたは世界に何体あるの?」
「20万体くらいあると思うんですけど...壊されたものもあるので」
時にはっとさせられる二人の会話。「人間にとって、ロボットにとって、『生』とは、そして『死』とは...」を鋭く問いかけます。
■世界で初めての日タイコラボレーション
2010年に「あいちトリエンナーレ」で初演された『さようなら』は、オーストリア、フランスなど欧州各国でも上演され話題を呼びましたが、日本以外のアジアでは、タイが初めての上演。さらにタイ公演が画期的だったことは、オリジナルの日本の舞台をそのまま持ってきて上演したのではなく、タイ人の女優を起用して、タイ語・日本語両言語で上演(英語字幕付き)したことです。「現地の女優を使い、現地語で行うコラボレーション形の上演は、タイが世界でも初めて」と平田オリザ氏は語ります。
どうしてシンガポールでも香港でもなく、タイを最初に選んだか、という質問に対し、平田氏は旧知のチュラロンコン大学演劇学科との関係を挙げています。平田氏は、2003年に同大学の学生向けに演劇ワークショップを実施し、2006年には『東京ノート』を上演(国際交流基金事業)。タイ演劇界での反響は大きく、その経験は、平田氏にとっても印象深いものであったそうです。
他方、タイの共催者(会場)となったチュラロンコン大学演劇学科のキーパーソンは、タイ演劇界で有名な批評家・演出家・俳優のパーウィット・マハサリナンド氏(本公演ではアシスタントディレクターを務めた)。この舞台の話を持ちかけたとき、平田氏を再びお迎えできるなら、と大歓迎。ご自身の日本出張時に、平田氏、石黒氏を訪ねて打ち合わせするなど、積極的にコラボレーションを進めてくださいました。
公演に先立ち、2011年6月には、平田氏が来タイし、タイ人女優をオーディションで選考。人間女性役、およびアンドロイド役として、プロ・学生の計7名が選ばれました(タイ語・日本語ともにダブルキャスト)。また、台本のタイ語訳は、広報もかねて、日本語を学ぶタイ人学生向けに、戯曲の台本翻訳コンペティションを行いました(2011年8月)。
翻訳コンペで優勝したランシマン・ギッチャイジャルーンさん(Rangsimun Kitchaicharoen/大学生)は、「自分の翻訳台本が実際に劇で使用されて嬉しい」と日本語学習意欲をさらに高めた様子。
また、日本語を話すタイ人女優2名と、日本人のアンドロイド役の女優・井上美奈子氏が、日本語でも『さようなら』を演じました。タイ人女優らは一生懸命日本語を勉強し、セリフを覚えて舞台へ。これは、チュラロンコン大学の先生方の提案によるもので、日本語を学ぶタイ人に、もっと日本の文化・芸術を学んでもらうきっかけになるようにと企画されたものです。
■洪水の影響
本公演に向けて気持ちも高まった2011年10月、バンコクは、50年に一度と言われる大洪水に襲われました。最終的にはバンコク中心部への浸水はなかったものの、2か月におよぶ洪水で、バンコク近郊は水浸し。キーパーソンのパーウィット氏も、自宅が被災して、1か月間避難生活を余儀なくされました。関係者も多くが水害からの避難で散り散りになり、当初2011年11月に予定していた『さようなら』公演は、延期を決断せざるを得ない状況になってしまいました。
洪水の様子
この延期によって、現地では様々な苦労がありましたが、全ての関係者の熱意と協力により、再度、公演スケジュールを組みなおし、チュラロンコン大学演劇学部主催の「World Performances at Drama Chula」の一環として、2012年3月15日~18日に公演を実施することになりました。
公演のカタログ制作などには、シンハビール、SCGなどタイの企業からも協賛を得て行われた。左は、バス停での広告。チュラロンコン大学の学生が制作したもので、この広告も広告会社の協力でバンコク市内数カ所に貼り出された。「ジェミノイドF」があまりにリアルなため「彼女はロボット。演劇の舞台に立つ」と強調するメッセージを添えることに。
日タイ合同アンドロイド演劇『さようなら』バンコク公演
日付:2012年3月15日~18日
会場:チュラロンコン大学演劇学科ホール
共催:チュラロンコン大学、大阪大学、劇団「青年団」、国際交流基金バンコク日本文化センター