ジャカルタ日本文化センター 橋本歩
「監獄」と「楽園」という、2つの対照的な言葉。これが、2011年山形国際ドキュメンタリー映画祭で日本監督協会賞を受賞した、インドネシアのダニエル・ルディ・ハリヤント監督によるドキュメンタリー映画『監獄と楽園』(原題:Prison & Paradise)のタイトルだ。
この新進気鋭の若手監督によるドキュメンタリー映画上映会を、2012年1月20日、ジャカルタ日本文化センターで開催した。当日は平日の昼間にも関わらず、インドネシア人を中心に約70名が来場した。事件発生から10年近くたった今でも、この事件に対する関心が高いことを感じた。ダニエル監督も来場し、上映後にジャカルタ日本文化センター所長の小川も交えて、ディスカッションを行った。
この映画が突出している点は、ダニエル監督自身が2002年10月12日にインドネシアのバリ島で起きた爆弾テロ事件の実行犯(うち3名は、2008年に死刑執行)への獄中インタビューを行った際の、実行犯の肉声が実際に映し出されていることだ。さらに監督は、実行犯の一人とイスラーム寄宿舎時代に友人だった記者とともに、加害者の家族、被害者の家族の姿も追っている。爆破テロ事件を行ったことをジハードとして誇らしげに語る実行犯、テロが過ちだったと悔恨する実行犯、父親がテロ実行犯であることを幼い子供達に告げられないでいる母親、家に帰らない父親をいぶかしむ子供達、爆破事件で夫を亡くし、息子を女手一つで育てる母親、実行犯となった息子の過ちについて語る父親。そのどれもが現実であり、爆破テロ事件によってもたらされた結果だ。
ダニエル監督は、それぞれの現実を映し出すことに徹し、ある特定の側に立つということをしていない。しかし彼が捉えて見せた様々な現実は、観る者にあの事件とは何だったのか、何であり続けるのかを考えさせる。終始冷静なトーンを保つ映画でありながら、テロという難しい問題と向き合った監督の、二度と同じ過ちを繰り返してはならないという、強いメッセージが伝わってくる。
上映後のディスカッションでは、小川より「この映画はテロリスト達の動機やモラル、彼らが描いた夢や感情について映し出している貴重な映像資料でもある。この映画の中で、我々がテロリストとは誰で、我々との違いは何なのか、さらにテロリストでないその我々というのは誰なのかを考える上で重要な視点を提供している」というコメントが述べられた。小川は日本の原理主義的思想やテロの例を挙げたうえで、「或る人をしてテロへと走らせる本質的な原因というのは、世間一般にいう「一神教」や「多神教」の対立といった宗教的な対立ではなく、様々な「不平等感」であり、それを問題とすべきである」という点についても言及し、テロや原理主義に対する考え方をさらに掘り下げた。また、2009年にジャカルタのJWマリオットホテルで起こった爆弾テロ事件の被害者家族会のメンバーも参加しており、「被害者と加害者の家族は互いに避けあうのではなく、お互いにもっと交流し、理解し合っていくべきだ。」と述べ、実際に当事者双方が和解への一歩を踏み出している例が挙げられた。
事件の前と、事件の後の、「監獄」と「楽園」。人が囚われ、人が憧れる、夢と現実。そのことをどのように捉え、どのように対処していくのか。これは、他の誰かの問題ではなく、我々が一緒になって考えていかなければならない問題だ。
上映後のダニエル・ルディ・ハリヤント監督(左)とのディスカッションの様子。『テロと救済の原理主義』などの著書もあるジャカルタ日本文化センター所長 小川忠(中央)が日本の原理主義的思想やテロについても紹介した。
若者から年配まで幅広い関心を呼び、熱心にメモを取る人も多かった。
◆ ドキュメンタリー映画『監獄と楽園』オフィシャルHP
* 英語字幕付の予告映像がご覧になれます。
http://prisonandparadise.com/
◆ 山形国際ドキュメンタリー映画祭HPより
ダニエル・ルディ・ハリヤント 監督インタビュー「平和への話し合いのために」(2011年10月8日)
http://www.yidff.jp/interviews/2011/11i058.html