岩手伝承の「黒森神楽」、復興へのメッセージと共にロシアで初公演

文化事業部 舞台芸術チーム 北川陽子

10月初め、岩手県宮古市に伝わる黒森神楽保存会の一行が、美しく紅葉に彩られたモスクワを訪れました。http://www.jpf.go.jp/j/culture/new/1110/10-01.html


黒森神楽は宮古市にある黒森神社を本拠地として、北は久慈市から南は釜石までという広範囲を移動しながら神楽を見せる巡行(じゅんぎょう)を江戸時代から継承している貴重な伝統芸能です。震災で大きな被害を受けた東北の沿岸地方で受け継がれてきた文化であること、そして何よりも激しい舞の華やかさに心を打たれ、ロシアでの公演の話を進めることとなりました。黒森神楽は2006年に国の重要無形民俗文化財に指定されましたが、これまで海外には、25年前に米国のスミソニアン博物館で公演されたきり長年紹介されておらず、もちろんロシアでの公演もはじめてのことでした。

モスクワまでは成田から直行便で10時間あまり。神楽衆は宮古市から12時間かけてバスで成田に到着、翌日モスクワに向けて出発しました。

モスクワでの公演は2回。1日目の公演場所は、中心部から車で1~2時間ほどの街、ゼレノグラード。小雨が降る肌寒い天気の中、車で現地へと向かいます。この街はモスクワ市北部の郊外に位置し、ソ連時代に国内から優秀な技術者を集めて精密工業の中心地として発展させるべく建設された都市で、現在も約20万人が暮らしています。モスクワ中心部のように日本文化が紹介される機会はなかなか無いものの、日本文化や日本語に関心を持つ人は多い街です。昔ながらの趣のある劇場の正面には神楽の大きなポスターが張られ、公演当日の開場前にはロビーに多くの人が並んでいました。

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ゼレノグラードの会場の様子

黒森神楽の魅力はなんといってもその軽快な囃子のリズムと激しい舞で、今回の演目にはその魅力がふんだんに盛り込まれています。おそらく初めて目にするであろう神楽の囃子と舞を、客席の人々は真剣なまなざしで見つめていました。最後の演目である恵比寿舞は、愛嬌たっぷりの恵比寿さまが魚を釣る楽しい舞。この日は客席にいたロシア人の少年が飛び入り参加して恵比寿さまに加勢!勢いあまって釣竿から糸がはずれてしまうハプニングがかえって笑いを誘い、終演と同時に客席は歓声に包まれていました。学校で日本語を学んでいるという可愛らしいロシア人の少女2人組は、終演後に獅子頭(黒森神楽では権現様と呼び崇敬しています)の横で記念写真を撮っていました。

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ゼレノグラード公演の様子

翌日は記者会見と2日目の公演。記者会見では、実家や所有する船が津波の被害を受けた神楽衆の体験や、彼らがプロの演者ではなく他に職業を持ちながら神楽を継承していることについてなど、集まった記者から多くの質問が寄せられました。展示した獅子頭と面も大きな関心を集め、獅子頭に頭など体の一部を噛んでもらうと厄除けになるという話にロシア人記者たちは興味津々。スタッフが権現様に噛まれる姿が国営第一チャンネルをはじめ多くのテレビや新聞で報道されました。

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記者会見の様子

公演は夜に行われ、震災の3日後に被災地に向けて救援チームを派遣したロシアの非常事態省の関係者20組も招待。前日とは一部演目を入れ替えて上演し、5つの演目を終える時には会場が一体となって素晴らしい公演を見せてくれた神楽衆に喝采を贈りました。アンコールを求めて鳴り止まぬ拍手に、神楽衆は美しい舞を見せて熱い要望に応えていました。

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モスクワ公演の様子

実際の公演は2日間という駆け足のモスクワ公演でしたが、郷土の芸能である神楽の継承に向ける神楽衆の真摯な思い、そして誰よりも被災地の復興を強く願う彼らの姿に、ロシアの人々が深い感銘を受けたことを強く感じました。そして、彼らが神楽と向き合う姿に一番感動したのは私だったかもしれません。彼らが受け継いでいる神楽は、巡行の宿として神楽衆を受け入れる地元の人々や、地域に根づく生活があってこそのものです。復興に向けて歩みだした被災地から、忙しい合間を縫って遠い地での公演に参加してくれた神楽衆の皆さんに感謝するとともに、被災地の復興を願ってやみません。


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