日本研究・知的交流部
欧州・中東・アフリカチーム
(担当:後藤愛)
国際交流基金(ジャパンファウンデーション)は、フリードリヒ・エーベルト財団との共催で、「未来の子ども、子どもの未来: 経済危機下の子どもをめぐる政策と、市民社会の役割」と題したシンポジウムを開催しました。ここに概要を報告します。
冒頭、高橋毅(ジャパンファウンデーション参与)とスヴェン・サーラー氏(上智大学准教授、エーベルト財団日本代表大学)が、会議のテーマである「未来の子ども、子どもの未来: 経済危機下の子どもをめぐる政策と、市民社会の役割」について言及し、ドイツや日本のような先進国においても、貧困層に位置する子どもの数が増大しているという点を指摘しました。経済危機がこれら両国においてこの傾向に拍車をかけたとされており、政府のこれまでの政策が、子どもたちを取り巻く現状のニーズに十分に対応しきれていない現状が話されました。高橋氏はドイツと日本が、両国の子どもたちのために安全な未来を構築するための努力において、お互いから学び、協力しあうことへの期待を表明しました。
また、ドイツ連邦共和国フォルカー・シュタンツェル(Volker Stanzel)大使が、セッション1の途中で駆けつけられ、本会議の開催への祝辞を述べるとともに、日独が双方から学びあう試みを歓迎しました。
■セッション1: 子どもと家族を取り巻く社会政策
モデレーター:本澤 巳代子教授(筑波大学)
マルティナ・ポイカー(ドイツ連邦家庭・高齢化・婦人・青少年省):
「ドイツにおける家族・子ども政策の最近の動向」
経済的背景を概括した後、ポイカー氏は、2009年の夏に実施された調査によれば、働く人全ての約三分の一がこの経済危機で直接的な影響を受けていることを説明しました。同じ調査で、子どもを持つ家庭に対する国家の支援が必要であると大多数が考えており、子どもや家族のための政策達が社会において重要な役割を担っていると紹介しました。その結果、連邦政府と州政府は、幼児教育が教育の成功のための鍵であるとの認識のもと、ドイツの国内総生産(GDP)の10%を2015年までに教育・研究に投資することに合意した、とも説明しました。更にポイカー氏は、現行の子どもと家族に関する政策の中心は、デイケア施設の増設であるが、実際にはこれらの質の向上も重要だと指摘しました。これらの方策は早期教育をすべての子どもに均等に提供し、親のワークライフバランスを向上させることを目的としている、と話しました。ポイカー氏はまた、子ども虐待について、悪化している状態に言及し、例えば「早期支援(Early Help)」や児童保護法など、より能動的に子どもを保護してゆくために、連邦政府と州政府が実施している対策を説明しました。この文脈で、子どもや若者を性的暴力から守るための連邦政府のアクションプランや、国際的活動にも言及がありました。最後に彼女は、連邦政府による、社会的に恵まれない家族や若者-特に移民の家族と若者-を支援する「若者強化」イニシャティブ、世代間の協力とコミュニケーションを育むための「多世代ハウス」などの取り組みを紹介しました。
朝川知昭 厚生労働省 雇用均等・児童家庭局 総務課 少子化対策企画室長:
「日本における家族・子ども政策の最近の動向」
朝川氏は、主として日本における低い出生率の問題を扱いました。低出生率は長期的に見て日本の経済力に悪影響を及ぼすが、それは人口に対して働く人々の数の割合が着実に減少しているからだ、と説明しました。特に若い女性達には、結婚をできるだけ遅らせる(晩婚)か、または結婚しない(非婚)という傾向があり、子どもの産まれる数の減少につながっている、としました。朝川氏は重要な点として、日本における極端に長い労働時間が、子育てと職業・キャリア形成との両方を実現させることを、実際上不可能にしてしまっているという点についても触れました。また、若い男性(および女性)が結婚や子どもを持つために必要な経済的な基礎を作ることもますます困難になっていると指摘しました。政府の政策による支援とともに、きちんと機能するワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)を、個々の働く現場で実現させることが必要である、として締め括りました。
【参考資料】朝川氏報告資料:「日本における次世代育成支援策の動向」 (PDF/336KB)
白波瀬佐和子 東京大学准教授: 「子どものいる世帯の貧困に関する国際比較」
白波瀬氏は、子どもに関する福祉の状況を報告しました。日本の社会保障制度が高齢層を中心に展開されてきたことに対して、少子化との関連で子どものいる家族への支援不足が指摘されるようになった一方で、具体的な対策が遅れている点を指摘しました。彼女は、経済危機下の現在においては社会が分断化される傾向にあって、子どもを持つ家庭についても高所得層と低所得層の間での階層化が進んでおり、そのひとつの例として、高所得層の家庭は平均して子どもの教育により多くのお金をかけており、低所得の家庭と同じくらい経済的負担を感じるという点を指摘しました。また、若い家庭や一人親世帯は、いわゆるワーキングプア、すなわち雇用はされているがその所得は家庭を支えるには不十分にある場合が少なくない実態を提示しました。子どものいる世帯への支援のあり方として白波瀬氏は、低所得家庭には子ども手当てのような現金給付を提供し、中・高所得家庭には税額控除を通した優遇措置を講じ、さらには公教育を充実させる総合的なアプローチの重要性を述べました。
前田正子 横浜市国際交流協会理事長、横浜市元副市長:
「子どもを支えるのは、お金か支援の仕組みか―どちらが大事?
限られたパイの中での優先順位を考える」
前田氏は、自身が以前副市長を務めていた横浜市を例に、子どもと家庭は金銭的支援を提供することだけで完全に救済することは不可能であるという点を強調しました。個人の間のつながりの希薄化と、失業の増大は、孤立し、孤独な若い人々、特に若い母親の数を増大させる結果となっており、子ども虐待の増大もあると指摘しました。これらを踏まえ、ソーシャルワーカーとカウンセリングサービスの役割は、子どもを持つ家庭のニーズや、社会において家族のつながりの大切さを再認識させることと同じくらいに重要であるとしました。
アンチェ・リヒター=コルワインツ(ニーダーザクセン州立健康協会・社会医学アカデミー):
「ドイツにおける子どもの貧困とその緩和のための実践的対策」
リヒター=コルンワインツ氏は、ドイツにおいて子どもの貧困が明白になっているという現状をまず紹介しました。それから彼女は、そこで社会的に恵まれない人たちが、特に格差の影響を受ける二つの側面として「教育」と「健康」を挙げました。教育や健康に対する平等なアクセスの実現を阻んでいる一つの問題点は、責任の所在が縦割り化され、分断されていることを前提とした議論が多すぎる点であるとし、現在は、より包括的な取り組みが求められていると述べました。連邦政府および州政府はよりいっそう協力し、貧困に直面する子どもたちを非難するのではなく、彼らを統合してゆくような試みのために必要な枠組みを作る必要があるとしました。
■セッション2: 親と市民社会の役割の変化
モデレーター:佐藤実千秋 朝日新聞社編集局紙面委員
安藤哲也 (NPO法人ファザーリング・ジャパン代表理事):
「笑っている父親が社会を変える~パパにシチズンシップが生まれるとき」
過去数年の間、NPO法人ファザーリング・ジャパンの代表理事であり、会社員という立場も経験している安藤氏は、若い父親達を支援するという目的をもつファザーリング・ジャパンの活動を紹介し、その取り組みが家庭にとっていかに有益であるかを説明しました。彼らのプロジェクトはセミナー、ワークショップ、および討議セッションを含み、そこに参加する父親たちは、自分の家庭でどのような役割が期待されているのかについて理解するとともに、同時に、自分自身の父親としての心配ごとや問題意識を扱うようになっていると話しました。長時間労働が妻や子どもとの時間を持てなくさせているという一般的な主張に対し、安藤氏は反論し、自身の管理職としての業務効率化の例を挙げつつ、効率的な仕事が余暇時間を増やすための鍵となると述べました。この試みは男性と妻との関係を改善し、家族の結びつきを強化することができると紹介し、これらの目標を実施するためには政府、企業、社会環境の変革が必要であるが、何にもまして家庭における個々人の態度こそが大切であるということを指摘しました。
ハインツ・ヒルガース(ドイツ子ども保護全国連盟会長、ドルマーゲン市前市長):
「子どもの貧困に関する取り組みー市民社会の視点」
ドイツにおける子どもの貧困の現状についての情報と、ドイツ子ども保護全国連盟についての簡潔な報告に続き、ヒルガース氏がドルマーゲン市で始めた「できるだけ早期に:統合計画」と題された事業の紹介が行われました。この事業の目的は特に子どもを持つ家庭の支援でした。ヒルガース氏は短い紹介映像を上映し、ドルマーゲン市において若年で、かつ往々にして過度の負担を感じている家庭がどのような支援を得られるかを示しました。ヒルガース氏は、市民の自立支援に関しては、グッド・プラクティス(良い事例)の重要性を強調し、単なる法律改正よりも大きな効果が得られることがあると説明しました。
アクセル・クライン(ドイツ‐日本研究所専任研究員):
「日本とドイツにおける家族政策―比較研究」
クライン氏は、日本の政策はドイツに比べて子どもの福祉を目的とすることが少ないのではないか意見を表明しました。その理由として彼は、出生率という課題が日本では選挙の際に扱う政策課題になりにくいのではないかという考えを述べました。また、政治家自身が個人的に少子化やワークライフバランスの課題に影響を受けた経験が少ないことも、この話題をいっそう政治課題から遠ざけているのではないかと述べました。ドイツで見られるような、福祉協会、教会、連邦憲法裁判所などが政治に影響力を及ぼすことも日本では少ないのではないか、結果として政治的意思決定への圧力が不十分なのではないか、と述べました。クライン氏は日本における政権交代の結果としてこれらの現状が変わる可能性があると希望を述べました。
■パネルディスカッション: 未来のためにできることとは
モデレーター:佐藤実千秋 朝日新聞社編集局紙面委員
パネリスト:安藤哲也氏、白波瀬佐和子氏、前田正子氏、ハインツ・ヒルガース氏、
マルティナ・ポイカー氏、アンチェ・リヒター=コルワインツ氏
会場から、子どもや若者よりも、高齢者に向けた政策に重点を置く選挙キャンペーンについて質問が投じられました。これに対してヒルガース氏は、そのような傾向はドイツでも数名の政治家の態度として確かにあるとしつつ、実は高齢者たち自身は子どもたちの将来を大切に考える人が大半なので、実際は、高齢者と子どもたちとは原則として味方同士であるとみなされるべきである、との考えを述べました。また別の質問では、会場から、日本の父親達はより効率的な働き方を学ぶ必要があり、その結果としての短い労働時間が、孤立に悩む母親たちにとって大きな救いになるのではないかという意見が出されました。安藤氏はこれに答え、実際には、多くの父親たちが、ワークライフバランス(仕事と生活の調和)の乱れ、すなわち本人の希望以上に「ワーク」部分が膨らんでしまっている現状に悩んでいることを紹介しつつ、しかしながら、父親という存在はかけがえのない役割であることを理解しきれず、仕事に高い優先順位をつける父親たちの存在も指摘しました。一方で、学生や20代の男性には家庭志向が見られ、男性の意識も変化の過程にあることを紹介し、今後に期待が持てるとしました。ほかにも、有意義な質疑応答が繰り広げられ、会場にはまだ質問の挙手もありましたが、終了時刻をもって閉会となりました。
終了後も、参加者はラウンジに残り、パネリストらと更なる意見交換が続けられました。
会場参加者の45%にあたる23人からアンケートを回収しました。回答者の半数以上(65%)が、出席理由として「テーマに関心があった」を挙げており、具体的には「子育て支援」「市民社会の役割」「ドイツの家族政策」「父親の子育て」などが挙げられました。(テーマ以外の理由としては、講演者に関心、欧州(ドイツ)・日本の事業に興味、など。)満足度については、回答者の73%にあたる16名が「とても満足」、23%にあたる5名が「まあ満足」を選択肢、あわせると96%が満足したとの回答であり、理由としては、「具体的な事例、ドイツの政策に触れることが出来、アイデアが湧いた」「子どもの貧困という問題について、日本における問題が明確になった。今後の活動に役立てたい」などがありました。「やや不満」は1名でした。
日独共通課題、という視点から浮き彫りになった、経済危機下における子どもを取り巻く状況と、政策や市民社会に求められる役割。今後も、国際交流を通じて、日本と諸外国との課題を浮き彫りにし、新たな知見を探る試みを続けてゆきたいと考えています。
*当シンポジウムの報告記事が「 I(アイ)女のしんぶん」 2010年1月31日第1002号4面に掲載されました。
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