日本研究・知的交流部
欧州・中東・アフリカチーム
(担当:後藤愛)
去る2009年5月14日から15日に、国際交流基金(ジャパンファウンデーション)とゲーテ・インスティトゥート(ドイツ)(主催)、そして毎日新聞社(共催・15日のみ)は、東京において標題のシンポジウムを開催しました。
・シンポジウム開催案内についてはこちら
■概要
本事業はジャパンファウンデーションにおける調査事業の一環として、海外の文化交流機関との連携を通じて「平和のための文化イニシャティブの役割」というコンセプトを議論するために企画されました。連携の相手は、ドイツの公的な文化交流機関であるゲーテ・インスティトゥートです。1日目の5月14日は専門家会議を行ない、2日目の15日の公開シンポジウムは「平和のための文化の役割」というコンセプトを広く社会に問いかけてゆく機会となりました。
■実施報告1: 5月14日 木曜日 専門家会議(於:JFICホール [さくら])
ワークショップ形式で、9時半から17時まで終日8時間の会議が行なわれました。
主催の日独の両機関からの挨拶に続き、ハンス=ヨアヒム・デア 駐日ドイツ連邦共和国大使からこの会議開催を歓迎するご挨拶を賜りました。
午前中の第1セッションでは、造形美術家の井上廣子さん、ドイツの演出家・振付家のヘレーナ・ヴァルトマンさん、ゲーテ・インスティトゥートカブール所長のリタ・ザクセ=トゥサーンさん、砥部焼伝統工芸士の白潟八洲彦さん、陶芸家永岡泰則さん、ドイツのドキュメンタリー映画監督ウリ・ガウルケさんが各自の紛争地における活動について紹介をしました。
昼食時にはランチョンスピーチとして、ロナルド・グレーツ ドイツ対外文化関係研究所(ifa)事務総長と、門司健次郎 外務省広報文化交流部長に講演をいただきました。
午後は、ジャパンファウンデーション理事長小倉和夫およびゲーテ・インスティトゥート事務総長ハンス=ゲオルグ・クノップ氏の基調講演に続き、同基金参与高橋毅をモデレーターとして、ロナルド・グレーツ氏、平野健一郎 東京大学・早稲田大学名誉教授、西川恵 毎日新聞社専門編集委員、渡辺靖 慶応義塾大学教授をパネリストとして、平和のために文化が果たしうる役割について活発な議論を交わしました。
5月14日にJFICホール [さくら]で行なわれたワークショップの様子
■実施報告2: 5月15日 金曜日 公開シンポジウム15時から18時
(当日配布資料)
・プログラム (PDF/255KB)
・参加者略歴 (PDF/136KB)
外務省松永文夫広報文化交流部部長代理からの来賓挨拶に続き、基調講演が始まりました。
【基調講演】
ジャパンファウンデーション理事長の小倉和夫と、ゲーテ・インスティトゥート ハンス=ゲオルグ・クノップ事務総長が基調講演を行ないました。小倉和夫からは「平和のための文化イニシャティブについて(On Cultural Initiatives for Fostering Peace)」と題し、概念枠組み、前提となる条件、そして実施上の課題について講演がありました。クノップ事務総長からは、日本とドイツの歴史や環境を比較しながら、両国が直面する文化交流にまつわる課題について講演がありました。
・小倉和夫基調講演資料 (PDF/56KB)
【第1セッション】アーティストによる事例紹介および評価 第1セッションでは、造形美術家の井上廣子さんが「Inside-Out:世界のフィールドワークから見えてきた現実と表現」と題し、ドイツ、米国等で行なった、精神病院をモチーフにしたアートの紹介などを行ない、目に見えない紛争や不安の火種を扱う作品を紹介しました。
続いて、ファリード・マジャーリ ゲーテ・インスティトゥートベイルート所長が「行き詰まりの先に ~紛争解決における芸術の役割~パレスチナ、イスラエル、レバノンの文化協力~」と題した講演でレバノンにおいて祭りをプロデュースした経験などから、紛争地の瓦礫の中でも人々はアートに関心を持ち、祭りが人々の支えになっている例を報告いただきました。
その後、砥部焼伝統工芸士の白潟八洲彦さんと永岡泰則さんからは、それぞれ「イスタリフ焼との出合いと今後」、「イスタリフ焼を伝統の薪窯からガス窯へ」と題した講演を行ない、ジャパンファウンデーションとともに実施したアフガニスタンのイスタリフ村の陶工支援事業を紹介しました。白潟さんは、事業のパイロット部分としてアフガニスタンに出張し、現地の職人さんに「あなたの手は職人の手だ」と言われたときの心の通い合った感動を伝えてくれました。イスタリフ村との交流事業で見出された実務者交流という方法を、世界で他の、第二、第三のイスタリフ村を見つけ、応用して実践できないか、という提言をいただきました。
【第2セッション】
第2セッションは、モデレーターに毎日新聞社専門編集委員の西川恵さんを迎え、「平和のための文化イニシャティブの役割」と題したパネル討論が行なわれました。紛争地での文化活動を行なう際の実務上の課題や、公的な文化交流機関が危険地域で活動することへの制約などが話し合われました。
平野健一郎東京大学・早稲田大学名誉教授からは、会議配布資料として配った青山学院大学国際交流共同研究センターの「平和のための文化イニシャティブの役割」中間研究報告書に基づき、紛争の発展段階を4つに分けて示し、それぞれの段階における介入の可能性につき、ひとつの鳥瞰図を示していただきました。
ハンス=ゲオルグ・クノップ ゲーテ・インスティトゥート事務総長やファリード・マジャーリ ゲーテ・インスティトゥート ベイルート所長からは、メディアや政治家に、文化と平和の関係についてもっとよく知ってもらいたい、との話がありました。演出家・振付家のヘレーナ・ヴァルトマンさんは自身のアフガニスタンでのブルカを題材にした演劇パフォーマンスの実施の経験から、文化の障壁を目に見える形で表現するというアーティストの心がけについて言及がありました。
渡辺靖 慶應義塾大学教授からは、国益の中に国際益が含まれている場合がある、として、国益を狭く解釈することの危険性が指摘されました。
最後に西川さんから、まとめとして、文化・芸術の分野は新しいものがどんどん生まれている、メディアや文化交流機関はこれらの潮流に追いついてゆかなくてはいけない、との提言がなされ、会は幕を閉じました。
■会場来場者からのコメント
約100名の参加者のうち、26名からアンケートの提出をいただきました。参加理由としては「平和と文化というテーマに関心があった」が最も多く25%、次に「平和構築と文化」が10%でした。満足度は、「とても満足」(58%)と「まあ満足」(29%)を合わせると8割以上の方が満足した結果になりました。満足だった方からのコメントとしては、「具体的な事例を聞けた」「パネルディスカッションが刺激的だった」「現場の声が聞けた」「日独が国際社会に対して積極的に発信することに好意を持った」などがありました。一方、「やや不満」だった方は、「4時間は必要な内容。もったいない印象」「時間配分があいまいだった」と、時間に関するものが大半を占めました。
■終わりに
ゲーテ・インスティトゥートとのコラボレーションはひと段落となりますが、会議の中で出された、具体的な日独共同の文化事業について、今後は実現可能性の検討を進めてゆくことになりました。
ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。
*5月15日写真撮影:高木あつ子
*本国際会議の結果をまとめた報告書『平和のための文化イニシャティブの役割~日独からの提言~』を刊行しました。
詳細はこちらをご覧ください。
*当日の様子を記したコラムが毎日新聞5月30日 土曜日 朝刊9面 「西川恵のGLOBAL EYE」に掲載されました。
>>PDFダウンロードはこちら (345KB)