寄稿シリーズ「中国知識人の訪日ストーリー」<2>
高齢者のより「安心」な暮らしのために、中国が日本から学べるものとは

2020.9.28

国際交流基金は対日理解の深化や知的ネットワークの構築を目的として、中国で高い発信力を持つ若手・中堅の研究者、知識人を日本に招へいしています。本事業は2008年度の開始から11年間で、個人招へい101件、グループ招へい21件を実施し、累計で192名が訪日しました(2019年末現在)。
本事業の過去の招へい者に日中共通の社会課題をテーマにご執筆いただいたシリーズをお届けします。第2回は医療・健康分野がご専門の北京中関村科学城創新発展有限公司副総経理の戴廉さん(2019年度個人招へい)によるご寄稿です。

高齢者のより「安心」な暮らしのために、中国が日本から学べるものとは

戴廉(北京中関村科学城創新発展有限公司副総経理)

戦後日本の発展の過程は、まさに現在の中国を映し出す鏡のように見えます。
急速に進む都市化、数年間連続して10%を超える国内総生産(GDP)の急成長、絶えず値上がりする住宅価格、世界中で観光とショッピングを楽しむ大勢の人々、過労のオフィスワーカー......戦後40年間、日本に発生したこれらすべては、時代を1979年以降の40年間に移しただけで、現在の中国で再現されているようです。

私が初めてこの思いを強くしたのは、2019年9月に東京を訪れてから間もなくのことでした。このとき私は、国際交流基金の日中知的交流強化事業のフェローとして、東京大学で高齢社会問題の研究を行いました。
初めて参加した活動は、千葉県柏市で行われた一人暮らしの高齢者との交流会でした。その活動では、ご高齢の皆様とおしゃべりし、子どもの頃のお話を伺いました。
「当時は子どもがとても多かったから、田舎の小学校は午前と午後の2班に分かれていて、子どもたちは班ごとに登校しなければいけなかったんですよ」。
それは出生率が急上昇した戦後の1950年代のことでした。

青年時代のお話も大いに盛り上がりました。
「当時の通勤電車はぎゅうぎゅう詰めだった。弁当を持って通勤していたが、押し合いへし合いして会社に着いたときには、弁当はぺちゃんこになっていたよ」。
日本の都市化と工業化が急速に進み、GDPが急上昇した1960年代のことです。

これらは、まるで過去40年間の中国のようでした。同じように人口と経済が急成長期にあった中国で、国民は同じく工業化、都市化、近代化に至るすべての過程を経験してきたのです。日本の高齢化社会を見て、私はそこから情報を得たいと強く思うようになり、高齢化社会での経験の貴重さも強く実感しました。

中国国家統計局によると、2019年末の中国の人口のうち、65歳以上は1億7603万人でその割合は12.6% *¹ となっていますが、これは日本の厚生労働省による1992年の65歳以上の人口の割合である12.78% *² に極めて近いものとなっています。言い換えれば、中国の高齢化は、日本からちょうど30年遅れて訪れています。中国政府は高齢化対策として、コミュニティー、在宅、団体による高齢者介護を組み合わせたさまざまな取り組みを始め、特に、2016年に15の都市と2つの重要な省が長期介護保険の実証事業を開始し始めたことは言及する価値があるでしょう。こうした模索を続ける中で、日本は常に中国が学ぶべき対象となっています。私が見たところでは、日本の成熟した介護保険と高齢者介護のシステムは、これまでの数十年間に及ぶ高齢化対策で蓄積された経験であり、このほかにも中国が学ぶべきところは数多くあります。

①東京大学でのセミナーの様子を同大学のHPで紹介.png
東京大学滞在中、ランチセミナーにて、急速な高齢化が進んでいる中国の状況と課題について、学生の皆さんにお話ししました(東京大学 高齢社会総合研究機構公式サイトより)

両親が高齢になると、働きながら高齢者を介護する子どもは負担が増える一方となります。東京都主催の「介護と仕事の両立推進シンポジウム」によれば、政府は働く人の介護休暇取得を進めているだけでなく、企業に対して、介護休暇をより多く導入するよう奨励し、支援するためのさまざまな施策を打ち出しているとのことです。中国の「一人っ子」世代も、両親の介護というプレッシャーが高まりつつあることから、このような制度を中国が学ぶ価値は極めて高いといえます。

急速に進む高齢化により、認知症患者は増加の一途をたどっています。東京都健康長寿医療センター研究所の杉山美香研究員と意見交換を行った際、私が「日本の社会はどのようにして認知症を予防しているのですか?」と尋ねたところ、返ってきたのは意外な答えでした。「誰もが認知症になる可能性があるので、認知症を無理に予防しようとは思っていません。私たちは、認知症の人もそうでない人も共に暮らしていける環境を創造しなければなりません」。この「Dementia Friendly Communities(DFCs): 認知症にやさしいまち」の考えには、認知症サポーターを養成し、身近なところで認知症の人を手助けする取り組みや、認知症カフェの取り組みなどによって地域コミュニティーでの活動に積極的に参加できるようにすることが含まれています。

東京大学の税所真也特任助教(当時)らには、日本の「成年後見制度」についても伺いました。これは、行為能力を失っている人に対し、法定の手続きに従って、第三者が資産処理等の手続きをサポートするものです。同じく認知症患者が増加している中国でも、このような対策の必要性は高まっています。

このほか、日本の社会全体で、「高齢」の定義が見直されていることがわかりました。東京大学の秋山弘子特任教授は、数年前に「人生100年時代」をテーマとして取り上げました。秋山教授は、「60歳でリタイアするような社会インフラや、個人がより長いスパンでライフデザインを行うべきである」という考えに基づき、「長寿時代のライフデザインと社会の創造」を提唱しています。
同様に、2017年から安倍晋三首相(当時)が自ら議長を務める「人生100年時代構想会議」が開催されています。この「100年人生」をよりしっかりと支えるために、政府や社会各界が高齢者の就労環境創出に注力しているだけでなく、イノベーション産業界も力を入れており、VR(バーチャル・リアリティ)技術を駆使して、より多くの高齢者のオンライン就労を支援する研究を行っている研究団体もあります。これらのすべてが非常に素晴らしい試みであると感じました。

②筆者(右)が東京大学の秋山弘子教授(真ん中)を訪問した様子.jpg
東京大学・秋山弘子特任教授(中央)と一緒に(右が筆者)

日本滞在期間中は、こうした制度、対策、理念のほかにも、高齢社会のために尽力している多くの方々に接し、大変感動しました。なかでも特に心を動かされたのは、元・千葉県柏市保健福祉部長の木村清一氏と、元・厚生労働事務次官の辻哲夫氏のお話でした。一人暮らしの高齢者が、より充実した生活を送れるよう、理想的な高齢者介護システムを構築するため、お二人は柏市の豊四季台地域で、在宅医療や地域包括支援等の新しいシステム作りを進めてきました。10年に及ぶ努力を経た現在、同地域は高齢社会のモデルとして日本のみならず海外でも広く認知されており、同地域の超高齢者コミュニティーは徐々に活力を取り戻しています。

③筆者(右)が元厚生労働省事務次官の辻哲夫氏(左)を訪問した様子.jpg
元・厚生労働事務次官の辻哲夫氏と

日本の高齢者施設や政府関係当局を訪問してお話を伺ったときに度々耳にしたのは、「安心」という言葉でした。社会各界は、高齢者が「安心」な老後を過ごせるよう、さまざまな努力をしています。すべてが同じということではありませんが、中国の社会と日本の社会には、非常に多くの共通点があります。私は、介護休暇、認知症にやさしい環境、成年後見制度、地域包括支援、長寿時代のライフデザイン等、そのすべてが近い将来中国でも取り上げられ、より多くの高齢者が「安心」な老後を送るための手助けになると信じています。

http://www.stats.gov.cn/tjsj/zxfb/202001/t20200119_1723767.html
https://data.worldbank.org/indicator/SP.POP.65UP.TO.ZS?locations=JP

4.-Dai-san.jpg 戴廉(たい れん)
1981年生まれ。中国を代表する経済メディア「財新伝媒」の記者時代に医療や健康を担当したことをきっかけに医療・健康分野に進む。現在は北京中関村科学城創新発展有限公司副総経理として医療・健康産業の側から高齢者の健康をサポートする活動を行っている。2019年度国際交流基金日中知的交流強化事業として東京大学 高齢社会総合研究機構・税所真也特任助教(現:東京大学大学院人文社会系研究科研究員/東京大学高齢社会総合研究機構研究員)のもと、日本の高齢化社会について研究を行った。

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