寄稿シリーズ「中国知識人の訪日ストーリー」<1>
日本のへき地教育:真に故郷を愛する人を育てる

2020.9.25

国際交流基金は対日理解の深化や知的ネットワークの構築を目的として、中国で高い発信力を持つ若手・中堅の研究者、知識人を日本に招へいしています。本事業は2008年度の開始から11年間で、個人招へい101件、グループ招へい21件を実施し、累計で192名が訪日しました(2019年末現在)。
本事業の過去の招へい者に日中共通の社会課題をテーマにご執筆いただいたシリーズをお届けします。第1回は教育研究がご専門の21世紀教育研究院執行院長・黄勝利さん(2019年度個人招へい)によるご寄稿です。

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日本のへき地教育に関する研究を行った東北大学大学院教育学研究科棟前で

日本のへき地教育:真に故郷を愛する人を育てる

黄勝利(21世紀教育研究院執行院長)

整備された近代的な街路、礼儀正しい人々......日本を訪れたことのある中国人は、誰もが日本の文明水準と国民の資質を称賛しています。
日本国民の素養の高さを語るにあたっては、日本の基礎教育に言及せねばなりません。日本は明治維新以降、近代化の道を歩み始め、政府は教育を重視し、資金の投入にも全力を傾けました。1907年には6年間の無償義務教育体制を完成させ、日本の義務教育就学率は1909年の時点ですでに98%を超えていましたが、一方の中国は、今世紀に至ってようやく義務教育制度が整備されました。

第二次世界大戦後、日本経済は急成長を遂げ、急速に進む都市化により、大量の人口が農村地域から都市部に流入し、労働に従事するようになったことから、農村地域の人口は徐々に減少し、へき地学校の規模も縮小の一途をたどりました。しかしながら、日本のへき地教育は、現在の中国のような「都市は密集、郷は脆弱、村は空洞化」、すなわちへき地学校の規模は縮小、弱体化する一方で、都市部では数千から数万人規模の小中学校が増加の一途をたどっているという状況にはありません。
日本政府は1954年、へき地教育を振興し、国と地方公共団体の役割を明らかにして、日本のへき地に住む子どもたちが教育を受ける権利を法律面から保護することを目的として、9条の条文からなる「へき地教育振興法」を制定しました。

少子高齢化が進む現在の日本では、若者は都市の生活に対するあこがれが強いことから、農村地域の学齢人口は徐々に減少しています。各地方自治体は、こうした若者をどのように引き留め、または引き付けるかという試練に直面していますが、教育は重要な役割を果たすとの立場から、地方自治体は教育を特に重視し、資金を投入しています。お話を伺った長野県阿智村の黒柳紀春教育長は、「都市の住民を地方に定住させるためには、風景を唯一の魅力とするだけでなく、教育環境が整っているという特色も大きなアピールポイントとしなければならない」と指摘しました。

日本のへき地学校は、中国の村の小学校と同じく小規模ですが、学校ごとにプールを含む教育施設が整備されており、教育の質も感服すべきレベルにあります。筆者が視察したところによれば、へき地に所在する一部学校の教育レベルは都市部を上回っており、子どもにへき地学校で教育を受けさせるため、一家をあげて都市部からへき地に移住し、新世代の「教育移民」となった保護者も多いとのことでした。一方、中国の村には、生徒数100人以下の小学校や教育施設が10万カ所余りありますが、これらは立ち遅れた地区にある最も脆弱な学校となっています。筆者が所属する21世紀教育研究院は、このような学校に注目して研究対象としていることから、今回の訪日の目的には、日本のへき地教育発展の経験を探究することも含まれていました。

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日本での研究成果をオンライン報告会で報告(21世紀教育研究院にて)

中国の農村における小規模学校が直面している問題と苦境への対応策として、21世紀教育研究院は、2014年11月に「農村小規模学校連盟」を設立しました。同連盟は、資源のリンク、情報交換等の手段を通じて、農村の小規模学校が自主的に発展と変革を模索するよう幅広く後押ししています。数年にわたる模索と開拓を経て、連盟所属の会員学校は、現時点で1500校を超えました。現在、農村小規模学校連盟には、(1)資源マッチングプラットフォーム (2)農村小規模学校教員成長プログラム (3)小而美(小規模ながら洗練された)郷村学校育成の3件のサブプログラムがあります。

2020年1月末に訪問した北海道の釧路市立山花小中学校は、14人の小学生と15人の中学生が学ぶ9年制の小中一貫校ですが、在校生のうち地元出身者は4人だけで、それ以外は諸般の理由で釧路市内に転入してきた転校生でした。この学校は児童・生徒数が少ないため、小学校の段階から複式教育を実施しており、学年は、1・2学年、3・4学年、5・6学年の3学年編成で、1学年1クラスとなっています。校長の案内で小学校の教室を見学した際は、異なる学年の児童・生徒が1つのクラスで背中合わせに着席し、教師が異なる学年の授業を段取り良く行っており、その入念なカリキュラム設計と補助教育用具を中国の村の小学校と比べると、その差は歴然としていました。

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釧路市立山花小中学校での複式教育を視察

教育経費の安定的な投入のほか、公務員の身分である公立校の校長、教員には定期的な異動があることも、均質かつ良質なへき地教育に対する大きな保障となっています。山花小中学校で6年間教壇に立っておられる先生は、20年間の教育経験をお持ちで、現在は、5・6年生の国語と算数を担当されていましたが、市教育委員会により、近く次の学校へ異動することが決められていました。

日本の農村地域では、どの学校も郷土と故郷を愛する気持ちを育み、真に故郷を愛する人を育てることに力を入れており、これは日本のへき地教育において、最も魅力のあるところであると感じました。教育に従事している筆者は、郷土や地域コミュニティーに根ざした教育に対する地域住民の熱意と資金投入に、深い感銘を受けました。一方、中国のへき地教育ではへき地から出ていく若者を育成しており、教師、保護者のいずれもが、子どもの入学時から、将来は故郷を離れて都市へ行けるよう刻苦勉励し、進学を目指す教育をしています。

学校教育は、その土地での教育と有機的に融合させており、その土地のコミュニティーや確立している制度と不可分の関係にあります。長野県阿智村では、「私たちのふるさとを学習するための教科書を作成する」ふるさと学習カリキュラム作成委員会を立ち上げ、子どもたちに地域の特徴を学習させて考えさせることにより、自分が故郷の一員であるという帰属意識を高めています。当地の学校では、ふるさと学習のカリキュラムを通じて、生徒の自尊心、社会観、労働観、職業観を育てています。

愛知県豊田市旭地区の鈴木正晴氏は、2007年に小学校校長の職を退いた後、旭観光協会会長および豊田市立旭中学校の地域学校共同本部のコーディネーターを務めておられます。鈴木氏の主な日常業務は、週末に旭中学校の音楽教室、美術教室、調理教室、体育館、図書館を住民に開放することです。このほかにも、1カ月に2回、住民が子どもたちに、縄ない、棒術など当地の伝統文化を指導する講座や、当地の企業で働く中国人研修生が、子どもたちに中国語を教える講座を開催しています。また、高齢者を学校に招いて、昔の生活や当地の歴史を話していただいたり、ヒマワリの種を福島に贈るなどの活動を行ったりして、人と人との絆を深めています。

鈴木氏によれば、学校は地域の最も中心的な拠点であり、外来者を呼び込む大きな力になるとのことでした。学校と地域との絆は人間関係を深め、交流を強化し、生活し、生きるための技術を伝え、文化活動を利用して人の力と共同作業能力を引き出すためにあるのであり、学校がへき地に存在し、絆の役割を果たすのは必然と言えます。

21世紀教育研究院では、次の段階として、農村小規模学校連盟に所属する会員学校の数と資源の連携力を拡充し、地域の農村小規模学校による自主的な連盟構築をサポートし、日本の農村小学校運営の実践経験を参考に、「小而美」農村学校の育成件数を拡大するとともに、日本の全国へき地教育研究連盟との交流と相互訪問を強化することを計画しています。

4.-Ko-san.jpg 黄勝利(こう しょうり)
1981年生まれ。中国の民間シンクタンク・21世紀教育研究院の執行院長であり、指導的人物として、中国における公教育と民間・草の根教育の双方の視点から中国の教育政策に関する提言等を行っている。中国の教育研究が専門。2019年度国際交流基金日中知的交流強化フォローアップ事業として東北大学大学院教育学研究科・劉靖准教授のもと日本のへき地教育について研究を行った。

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