ショーン・ベンダー
日本は、その人口構成のシフトという点で、世界の多くの先進国が直面する変化の最前線にいます。日本は現在、世界で最も高齢者の比率が高い国として知られています。出生率は何十年もの間、総人口の維持に必要な水準を下回っている上、質の高い高齢者福祉制度、移民に対する比較的保守的な姿勢もあって、高齢者の比率はかなり先まで上昇するのではないかとみられています。実際、人口動態予測によると、日本の相対的な高齢者数は、少なくとも今後数十年は増え続ける見通しです。この点で日本は、イタリア、デンマーク、ドイツなど欧州の数カ国、および近隣の韓国、中国、台湾と似たような状況にあります。
しかし日本は、人口動態上の変化の度合いとペースからみて、諸外国より早い段階でその影響に直面することになりそうです。減り続ける若い就労者が増え続ける高齢者を支えるという未来の構図を前に、日本政府は、少子高齢化の社会的コストに対応するため一連のプログラムと政策に乗り出しています。子どものいる世帯への減税措置、育児休業の延長、年金・福祉制度の改革、新形態の健康保険などは、すでに実施されている対策の一部にすぎません。
ハイテク超大国という名声にたがわず、日本では技術革新で少子高齢化に対処するための研究が、特にロボット工学の分野を中心に進んでいます。言うまでもなく、日本は長年、産業用ロボットの活用では世界のリーダーとなってきました。工場の作業ロボットの数は依然として世界一ですが、研究者はこの技術を医療・保健分野と家事労働向けに応用し始めています。官民一体となった投資が実を結び、日本は、社会向けロボット、サービス・ロボットのほか、体に装着して体力を補う動作支援ロボットの分野で世界のトップクラスです。こうした技術の多くはまだ試験段階で研究の域を出ませんが、一部の用途については徐々に実用化が進んでいます。
アンドロイド by ATR石黒浩特別研究室
Android by ATR Hiroshi Ishiuguro Laboratory
テクノロジーと社会の結びつきに関心をもつ文化人類学者として、私はロボット技術の応用に向けたこのような試みに強く引かれました。そこでいくつかの疑問が浮かびました。こうした装置の実用化はどれほど進んでいるのか? 装置はどのような環境に組み込まれているのか、また、人々の反応はどうか? 私は2010年から2011年にかけて、国際交流基金のリサーチフェローシップを受けて、日本のロボット研究者への民族学的調査を実施し、これらの疑問の検証に乗り出しました。
私はかねてから、ロボットが一部の高齢者介護施設でセラピー(癒やし)にどう利用されているのか強い関心を抱いていました。しかし、ロボット工学の研究者に接触はしたものの、調査に適した場所を見つけるのに苦労しました。その意味で、私と国際交流基金とのつながりは思わぬ幸運を呼びました。来日するフェローシップ受給者のために同基金が主催したパーティで、私はたまたまひとりのスタッフに自分の計画と研究テーマを話しました。すると1カ月後、あるロボット研究者から、実際にロボットが使われている現場に案内するというメールを受け取りました。それは、まさに私が関心を寄せていた現場でした。後で聞いた話によると、この研究者は、ドイツで開かれた高齢化社会におけるロボット工学に関する日独合同会議のパネルの出席者でした。会議は国際交流基金が一部支援し、私がレセプションで話をしたスタッフもその会議の場に居合わせていました。スタッフから私の研究テーマを聞いたこの研究者は、親切にも私に連絡をとってくれたのです。
偶然が重なったこの思いがけない出会いに、少子高齢化問題の解決という世界共通の関心事が重なり、私は日本滞在中、研究者たちと最も有意義な関係を構築することができました。私が調査を始めたロボット研究グループは、メンバー全員が日本の大手企業でエンジニアとしてキャリアを重ね、現在は関東地方の各大学で教鞭をとっていました。高齢者施設の入居者の心理的ストレスの緩和に自分たちの専門知識が生かせないかと考えていた彼らは、10年ほど前、「ロボット・セラピー・グループ」を設立しました。このグループは、同じく癒やしを目的にペット(主に犬)を利用した別の組織が発展したものでした。ペットセラピーは、日本の介護施設では衛生面やアレルギーの問題、咬まれることへの恐怖、動物嫌いや入居者による虐待のおそれなどから、実施に消極的なところが多く、一部のケースではその効果が見られるものの、実行面で困難が多いことが分かりました。そこで技術者たちは、機械ならば、生き物でうまくいかなかった場所でも使えるのではと考えました。
このグループが使用しているロボットの多くは本物の動物にそっくりで、すべて日本製です。この中に、現在は産業技術総合研究所(AIST)に所属している技術者が発明した「パロ」というロボットがあります。パロは、アザラシの子どもとほぼ同じ大きさで、見た目も動きもアザラシそっくりです。白い毛の中にあるセンサーがロボット内部の超小型コンピューターと接続しており、センサー情報はそこで処理されるため、パロは接触、会話、動きに反応することができます。長年の研究データに基づき、パロは相手に合わせて反応するようプログラムされており、言葉も一部理解できます。グループはその他に「AIBO」も使っています。AIBOはソニーが開発し、2006年まで販売されていた小型犬形のロボットです。パロと同じく、AIBOも体表面に一連のセンサーを搭載しており、接触や音に反応することができます。パロと違うのは、AIBOの外見は光沢があっていかにも機械に見え、ユーザーによるプログラムが可能で、無線で制御できる点です。生来の職人であるエンジニアたちは、自分たちのニーズや目的に簡単に合わせることができるAIBOのシステムを高く評価していました。
JFブース癒し系ロボット・パロの展示(ベトナム)
セラピーでは、介護施設の一角にある大きなテーブルの周りに何人かの入居者に集まってもらい、テーブルの上に大きさや形の違う6、7体のロボットを置いて、1時間ほどロボットと触れ合ってもらいます。ロボット研究者は、介護スタッフや活動に参加した大学の学生とともに、ロボットと入居者が交流しやすい環境を整えます。セラピーの目的は、楽しい活動を通じて日常生活の息抜きをしてもらい、入居者を元気づけることです。もちろん、入居者全員がロボットに同じ反応をするわけではありません。いろいろなロボットに積極的に触れる人もいれば、特定のロボットだけを好む人もいます。終了後、研究者は介護スタッフと個々の入居者がどのような反応を見せたかを話し合います。この情報は記録され、今後グループのメンバーが活動の枠組みとロボットの運用を改良していくなかで活用されます。
分析、検証、改良を重視する姿勢は、私が「現場で」ロボット技術を観察する際に多く見られました。セラピー目的のロボット使用はまだかなり新しい試みであり、どのような使い方が最も有効かは完全には分かっていません。研究と実用の線引きは極めてあいまいです。しかし、はっきりしているのは、日本の多くの人々が、将来の高齢化社会に対処する上でこうした装置が成功の決め手になると考えている点です。さらに、上述の日独合同会議が指摘しているように、関心は日本にとどまりません。AIBOの生産は終了しましたが、例えば、パロは先ごろ米国で使用が認められたほか、欧州数カ国でも高い人気です。日本が開発した他のロボット技術にも海外進出の動きが見られます。私はこれからも、日本と海外での日本製ロボットの開発と実用化の動きを追跡調査するつもりです。そして、この胸躍る知的好奇心の旅に出る機会を与えてくださった国際交流基金に対し、深く感謝いたします。
ショーン・ベンダー
ディキンソン大学(ペンシルベニア州・カーライル)東アジア研究 助教授
日本に焦点をおき、現代東アジアの社会および文化について教えている。2010年度日本研究フェローシップとして2010年8月から1年間日本に滞在。2003年カリフォルニア大学サンディエゴ校 文化人類学の博士号を取得後、レークフォレスト大学(イリノイ州・シカゴ)、カリフォルニア大学サンディエゴ校にて教鞭を取る。現代日本の科学、技術、政治および地域社会の交わり、特に高齢者、体の弱い人に使用されるロボット技術の発達の研究をしている。
国際交流基金関連事業
アンドロイド研究の第一人者によるレクチャーとデモンストレーション
ロシア、クロアチアでのロボットのレクチャーとデモンストレーション
ベネズエラ、エクアドル、ペルーでのロボットのレクチャーとデモンストレーション