小川 忠
国際交流基金
日本研究・知的交流部長
国際交流基金に入社してまもなく30年になります。主に海外における日本研究の支援や知的交流畑を中心に経験を積んできました。
駆け出しの頃、上司や先輩から教えられたのが、国別アプローチの大切さです。国別アプローチとは、国ごとに日本研究を振興するために、中長期的な方針をたてて日本研究の人材を育て、日本研究の中核となる機関を形成していくことです。
そのためには、その国の政府の教育政策、高等教育制度の状況、日本研究者の社会的影響力、日本に対する関心のありかた、日本との関係などを視野に入れておく必要があります。
国境を越える研究者、情報、資金の移動が少なかった時代には国、研究機関、研究者が結びついていたので、国別アプローチは、日本研究を根づかせていく上で効果的、効率的な手法でした。
しかし近頃、日本研究の世界にもグローバリゼーションの波が押し寄せ、国を単位とした考え方では対応できない新しい現象が顕著となっています。
昨年10月、世界12カ国から指導的立場にある日本研究者を招いて開催した「世界日本研究者フォーラム2009」においてキーワードとなったのが、「日本研究のグローバリゼーション」という言葉でした。その特徴として挙げられたのが、日本研究者の国境を越えた移動、ITの普及、国際的な共同研究機会の拡大などです。
日本研究者の国境を越えた移動の典型例が、ヨーロッパ日本研究協会のハラルド・フース会長でしょう。ドイツで生まれたフース氏は米国で博士号を取得し、上智大学や英国シェフィールド大学を活躍の舞台としてきましたが、最近ドイツのハイデルベルグ大学に移籍して話題となりました。フース氏ほどではないですが、日本の大学でも近年、中国や韓国出身の研究者たちが日本文学や政治を教えるケースが増えています。
フース氏のように軽やかに国境を越えていく研究者が増えるほど、これまでのような国を軸とした日本研究支援のアプローチは有効ではなくなるケースが出てきます。このような新しい状況にどのように対応していくべきなのでしょうか。
ところで80年代までの海外の日本研究者の主要な関心は、経済大国日本の強さでしたが、90年代以降は「重厚長大」なかつての日本研究では考えられないような、自由な発想、意外な視点が見られます。ここ数年間で訪日した研究者の研究テーマを見ても、「ロボット工学と日本の高齢化社会マネージメント」「社会的な視点からの『プリクラ』研究」「イスラム・神道比較研究」などユニークなテーマが含まれています。
こうした研究テーマの多様化の底流にあるのも、やはり日本研究のグローバリゼーションでしょう。より多くの国々の研究者が日本に対する関心を寄せることは、研究の視座の多様化をもたらしています。例えば前述の「イスラム・神道比較研究」は、イスラム圏においても日本研究が浸透してきたために現れた研究といえるでしょう。
日本研究のグローバリゼーションは、日本研究のすそ野を世界に広げる好機です。ただ、同時に、優秀な研究者が特定の国の特定の研究機関に集中することによる研究者の「頭脳流出」、そして、研究機関間の格差拡大などの弊害も懸念されます。
今後は、こうした変化を受けて、国際的な協力に基づく次世代の研究者の育成や、研究情報の共有化など、日本研究を国際公共財と捉えた相互協力ネットワークを強化する対策を進める必要があると考えています。
小川 忠(おがわ ただし)
国際交流基金(ジャパンファウンデーション)
日本研究・知的交流部長