世界の映画館 <2>
フリーライター・編集者 岡﨑 優子さん寄稿
「映画の愉しみ方」(前編)

2023.8.10
【特集079】

特集「世界の映画館」(特集概要はこちら
日本では静かに最後まで鑑賞するのが映画館のマナー。でも、ほかの国の映画館では、それは当たり前ではないかもしれません。映画は世界中で愛されているエンターテイメントですが、人々はいったいどんな映画館で、どんなふうに映画を楽しんでいるのでしょうか?世界各地の映画カルチャーをご紹介します。

映画の愉しみ方(前編)

岡﨑 優子
2023年7月寄稿

イタリアの『ニュー・シネマ・パラダイス』、アメリカの『ラスト・ショー』、台湾の『楽日』、近年ではイギリスの『エンパイア・オブ・ライト』、インドの『エンドロールのつづき』などなど、映画館を題材にした映画はいくつもある。
映画ファンにとって、映画を上映する空間=映画館への想いは深く、映画館と共に映画を記憶していることはままある。映画と映画館のある風景に心惹かれることも多く、小宇宙ともいえるその空間は現在・過去・未来、街の人々に愛されると言っても過言ではないだろう。

個人的にも日本各地に点在する街の映画館はもとより、海外を旅した時も、その街の映画館で過ごす時間は格別と、映画館にはよく通った。近年でこそ、大型の商業施設に併設されるシネマコンプレックス(シネコン)の存在は大きいが、それでも観客が違えば映画館の様子はがらりと違って見える。

最近なにかと話題になる応援上映など、声を出しながら鑑賞するスタイルが増えてきたが、静かに鑑賞するのが日本ではマナーとされている。ところが海外ではブーイングしたり、拍手喝さいしたりと大騒ぎ。ラブシーンになると、「ヒューヒュー」と口笛を吹く観客もいて、10代の若者かと思いきや、年配のおじさんだったりするのがおかしい。隣の人と喋りながらだったり、電話が鳴ったり、スマホの画面を見たり、大きな物音がしたりと、静かに映画を観る雰囲気はまずない。

そんな賑やかしい上映がいまだ続く一方で、配信で映画鑑賞する機会が増加。さらにコロナ禍の影響から来場者が激減、映画館は苦境に立たされているのが現状だ。
そこで、配信とは違う映画館ならではの映画体験を提供しようと、アメリカやイギリス、韓国では高級志向の映画館が続々登場。日本でも2023年4月14日に日本初・全席プレミアムシートのシネコン"109シネマズプレミアム新宿"がオープン、大きな話題を呼んだ。

前置きが長くなってしまった。ここでは国際交流基金(JF)の海外拠点から寄せられた映画館にまつわるエピソードと私自身の経験から、世界の多様な「映画館」と映画の楽しみ方の一端をご紹介する。

1.韓国

韓国の人たちにとって映画はとても身近な存在。そもそも釜山国際映画祭を筆頭に、全州国際映画祭、富川国際ファンタスティック映画祭など、韓国国内各地では中小規模の映画祭が多数開催されている。音楽フェスに行く感覚で、各地の映画祭に出かける人も多いとか。
私も何度か釜山や富川の映画祭に参加したことがあるが、その期間、街は映画祭一色に。繁華街は映画関係者でどこも大賑わい。隣で著名な監督、俳優が飲んでいたりすることも珍しくなかった。

映画館も家族・親子・恋人・友人同士で気軽に行ける場所の一つ。「この映画を観よう」と決めて行くのではなく、まずは映画館に行き、上映している作品の中から決めることも多いという。
ところが2022年に平均入場料が初めて1万ウォン(約1030円)を突破。最近は、ネットなどで確実に評判がいいものを狙って観に行くよう変化したという。

鑑賞中の観客の感情表現はとても豊か。面白いシーンでは大いに笑い、衝撃シーンでは思わず驚きの声を出してしまう。つられて笑ってしまうこともよくある。
本編が終わると、エンドロールが流れている途中でも照明が点灯し、すぐに退席するのが当たり前だった。ところが最近は最後までしっかり観ていく若い観客も増えてきた。これはエンドロール後にも次回作に続く映像が流れる、マーベル映画の影響も大きいだろう。

一方で、韓国映画やハリウッド映画のダイナミックで目まぐるしい展開を好まない層には、淡々とした心理描写が心に響く日本映画が選ばれる傾向にある。特に今年は、日本でも大ヒットしたアニメ作品『THE FIRST SLAM DUNK』『すずめの戸締まり』が大人気。どちらも観客数400万人を突破し、関連商品のグッズの売り上げも好調なようだ。

映画館に足を運ぶ人が多いからか、ソウルなどには大型シネコン以外にも多くのミニシアターがある。床に座って観ることができたり、併設のカフェや書店があったりとそれぞれ特色があり、居心地が良いと評判だ。中には高齢者向けのシルバー劇場や、大学の中で運営されているミニシアターもあるのだとか。

映画館大手CGVが運営する釜山の高級映画館「CINE DE CHEF」は、横になって映画を鑑賞できる高級座席モーションベッドを全席に設置しているサービスもあって驚いた。
ほか屋上や駐車場、ビーチなどで開催される野外上映イベントも、お酒や食べ物の提供もあり評判は上々。ほか多様なコンセプトで上映するケースも増えてきた。韓国における映画を観る環境は、今後も多様化していきそうだ。

2.中国

輸入規制の厳しい中国にとって、海外の映画を観られる機会は少ないのが現状。2021年の統計では、輸入された新作は62作品、旧作を含めると67作品と、全体の12%にとどまっている。昔は30%くらいあったと聞くが、なかなか状況は変わらない。

今年は日本映画の上映が多く、特に『THE FIRST SLAM DUNK』は公開初日、深夜0時から北京大学の100年講堂で上映イベントが開催。その熱狂ぶりがすごかった。高さ27メートルの巨大スクリーン、1~3階まであるフロアはすべて観客で埋め尽くされ、まるでバスケットボールの試合を見ているような観戦スタイルで盛り上がった。
『すずめの戸締まり』も同じく北京大学の100年講堂で上映。オープニングの廃墟となった公園をステージ上に再現し、あの"扉"から新海誠監督が登場する演出も大きなニュースとなった。

okazaki_1_001.jpg 大人気の『すずめの戸締まり』と『THE FIRST SLAM DUNK』

中国では、一般的に海外作品は編集されて上映されることが多いが、国際映画祭では海外作品がオリジナルに近い状態で観られるということで、国際映画祭での上映は映画ファンに大人気。SNS上で作品と上映場所のリストがファンの間で共有され、チケットは一気に買いつくされてしまう。

映画館は日本と同じく、大型デパートやショッピングモールなどに併設されているシネコンが圧倒的に多いが、独立営業しているミニシアターも若い映画ファンに厚く支持される。
例えば、戦前から営業している上海の「国泰電影院」はアールデコ様式のレトロな外観で、優秀歴史建築にも選出された老舗ミニシアター。
一方、北京の「THE ORANGE CLUB CINEMA」は実際のクラブとしても利用されているモダンな映画館。高級クラブのような内装で、ソファでくつろぎながら映画を観られるのが嬉しい。注文すればスタッフが食事や飲み物を運んでくれる。

最近は集中して映画を観る人も増えたが、シネコンの場合、声を出して反応する人も多い。途中、観客同士が話をしたり、スマホを見たり電話で話をする(!)場面にも遭遇した。今年の上海国際映画祭で、齊藤工監督のサスペンス映画『スイート・マイホーム』がプレミア上映された時も携帯音が何度も鳴り、緊張感がほぐれ会場の笑いを誘った。「それを含めて観客の皆さんが非日常の映画を楽しんでいるんだなと思った」とは齊藤監督。

エンドロールにさしかかると照明がつき、ほとんどの人が席を立つ。挙句にはスタッフが入ってきて掃除を始めるので、最後まで席にいるのは2~3人くらい。中国ではエンドロールと同時に退出するのがある意味、常識なのかもしれない。

3.台湾

韓国、中国とは逆に、国内映画よりも海外映画が多くの割合を占めるのが台湾。2019年は興行収入101億9100万元(約400億円)のうち台湾映画は6.9%、2021年は49億6400万元(約220億円)のうち24.6%と、その割合はかなり少なめだ。

台湾には2022年現在、112の映画館、933スクリーンがある。シネコン、ミニシアターのほか、台北市政府が運営する「光點台北」、文化部からの助成を受けて運営する「光點華山」、日本の国立映画アーカイブにあたる「TFAI」などがあり、国をあげて映画興行に注力していることが分かる。
実際、台北の人に聞くと、小学校のときは夏休みや冬休みの前になると、市内の映画館から無料チケットを配布してもらった思い出があるとか。また最近、コロナ禍で影響を受けたエンタメ業界を盛り上げようと、18歳以下の若者を対象として映画館や劇場、書店などで1年間使える「文化幣」(1200元=5400円相当)を台湾政府が発行。「若者×文化」の支援策なんて、日本では出てこない発想だなと羨ましくもある。

不満があるのは座席選び。日本では座席表を見せてもらい席を選ぶが、台湾では自分から主張しないと勝手に席が決まり、空席ばかりの中、なぜか隣の人とくっつき並ぶこともよくある。そのためか、最近は席を自分で選択できるネットで予約する人も増えてきた。

個人的に思い出深いのは観光名所、九份にあるレトロな趣の「昇平戯院」。1914年に営業を開始し、1934年に今の場所に移転。現在の建物は1962年に改築されたものだという。
九份はかつて鉱山で栄えた街だが、鉱山事業の衰退ともに昇平戯院も1986年に閉館。ところが1989年、九份をロケ地とした侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の『悲情城市』がヴェネチア国際映画祭でグランプリを受賞、再び九份は脚光を浴び始める。さらには『千と千尋の神隠し』のモデルになった街として注目されることも大きい。
そして2011年にリニューアル・オープン。劇場では、午前中は九份の歴史を紹介するドキュメンタリー映像を流し、午後は旧作の映画上映を行っている。入場無料というのも嬉しい。現在、劇場内には昔の映写機や映画のポスターが配され、資料館的な雰囲気も併せ持つ。

また、台南では1950年に開業したレトロな映画館「全美戲院」が映画ファンの間で人気で、アン・リー監督が通ったことでも知られる。その向かいには手描きの看板を作成する職人がいて、その作成風景を見学できるお愉しみも。職人は見学者がじっと見ていてもお構いなく、作業を黙々と進めていく。出来上がった手描き看板を表通りに掲げる全美戲院の外観もまた、ノスタルジックな気持ちに浸らせてくれる。


okazaki_1_002.jpg 日本ではほとんど見かけなくなった手描き映画看板の職人さん


okazaki_1_003.jpg 台南の繁華街にある「全美戲院」の正面入り口

4.マレーシア

マレーシアの人々にとって、映画は娯楽の要。大型ショッピングモールにはたいていシネコンが入っていて、多くの人で賑わう。

中でも、ホラーやアクションなどジャンル映画が大人気。年60本くらい公開される国産映画のほか、ハリウッドや香港映画、台湾映画、タミル映画、タイやインドネシアの作品も数多く上映される。日本映画で商業的に成功しているのは主にアニメ作品で、大抵は公開に先駆けファン・スクリーニングが行われる。時に、通常の10倍くらいの金額のノベルティ付きチケットが販売。コアなファンに支持されているのに驚かされる。

しかもマレーシアの公用語はマレー語、準公用語は英語、ほか中国語、タミル語なども使用される。そのため、海外作品は字幕が2言語以上つくことも多い。日本映画に至っては英語、マレー語、中国語と3言語の字幕がスクリーンの下3分の1ほどを占めてしまう。ファンにとっては許しがたい状況だが、それでも新作をいち早く観たい気持ちのほうが勝るのだろう。
また、民族によって主な使用言語が異なるため、大手シネコンであってもその立地と居住民族によってラインナップはかなり変わってくる。
もうひとつ、マレーシアで特徴的なのは検閲の厳しさ。性描写、極度に激しい暴力、政府批判および国民の秩序を乱すとされるものはカットを求められるほか、イスラム教の観点からLGBTQに関する描写も不可とされている。

5.タイ

タイもマレーシアと同じく、映画は人気のエンターテインメント。タイの映画館チェーン最大手、メジャー・シネプレックスが展開するシネコンが大型ショッピングモールにはたいてい入っていて、ショッピングと共に映画を楽しむ人で賑わう。

タイで特徴的なのは、映画本編が始まるまでの予告編が長いこと。20~30分ほど流れるので、予定開始時刻を過ぎて入っても全く問題がない。そして映画が始まる前には必ず、セレモニーのように毎回、国王讃美歌が流れる。
上映される作品は、国産映画はもちろんのこと、ハリウッド映画、韓国映画、日本映画など国際色豊か。日本映画はアニメの強さが際立ち、『名探偵コナン』など人気がある作品は日本公開から1週間ほどでタイでも公開される。

映画館では、バンコクにある豪華シネコン「THE PARAGON CINEPLEX」が有名。天井にはシャンデリアが飾られ、劇場内には高級そうなソファが並ぶ。14スクリーンあるうち、超豪華なVIPスクリーン"Honda ULTIMATE SCREEN"は「想像を超えた究極の体験」をコンセプトに作られたVIPルームで、価格はペアシートで2200バーツ(8000円!)。スパや洒落たバーなど、通常の映画館では想像できないような超豪華なサービスを受けることもできるそう。

一方、バンコクで長きにわたり愛されていたスカラ座は、1969年12月31日から51年にわたる営業を2020年7月に終了。惜しまれながら閉館した。アールデコ様式の室内装飾を備えたレトロな建物のファンは多く、建物が壊された後も写真展などが開催されている。
また、タイの地方では寺の境内の中にスクリーンを設置し、屋台の食事を食べながら鑑賞するイベントなども開催されているのだとか。

6.カンボジア

カンボジアは娯楽が少ないため、若者にとって映画は最大のレジャーの一つ。ただ、まだ数える程度しか映画館がなく、映画館がない地域では、日本のNPO法人などが「移動映画館」といった方法で、トラックに上映機材を積み込み、地域の村々を訪ねていく活動を行っている。

人気が高いのはアトラクション的に楽しめるホラー映画。国産映画をはじめ、海外の映画も観ることができるが、新作の海外映画を世界公開とほぼ同時期に観るのは難しい。その分、入場料は安く、2~5ドル程度で楽しめる。注意すべきは本編上映前に国歌が流れること。カンボジアでは必ず起立しなければならないルールがある。

また、海外の映画はクメール語に吹き替えられるケースが多いが、全編にわたりほぼ同じ人が吹き替えている作品が多いのはご愛敬。アクション映画だと全く抑揚のない映画になってしまうのが残念だが、これを受け入れられればきっと楽しめる。

「世界の映画館めぐり」(後編)に続きます。



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岡﨑 優子(おかざき ゆうこ)旅行本、料理本、ビジネス誌、週刊誌などの編集・ライターを経て、1994年にギャガ・コミュニケーションズ(現ギャガ)出版部に入社、DVD&Blu-ray業界誌、ゲーム業界誌の編集に携わる。2005年よりキネマ旬報社で映画専門誌、書籍、パンフレットなどの編集業務に携わる。現在、フリーライター兼編集者として活動する傍ら、2018年6月より東京・西荻窪でアフリカ、アジア、中南米を中心とした世界の手仕事を紹介する雑貨&ギャラリー「HAPA HAPA」を営む。

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