2018年9月号
グループごとにディスカッションをしながら日本文化の授業を考える研修参加者たち。
東南アジアの国々のなかで、インドネシア、タイに次いで日本語学習者が多いベトナム。2014年から国際交流基金アジアセンターが行っている、中学、高校で日本語授業をサポートする派遣プログラム"日本語パートナーズ"※も回数を重ね、現地教育機関との連携を深めてきました。日本語国際センターでは、2018年7月末より2週間、ベトナムの日本語教師を対象に、「"日本語パートナーズ"カウンターパート日本語教師研修」が行われました。この研修に参加し、日本語パートナーズを実際に受け入れ、一緒に授業を行っているベトナム人教師らに取材し、また、現地事務所(国際交流基金)ベトナム文化交流センターからの情報も加え、ベトナムでの日本語教育の歩みや現状をレポートします。
日本語への関心の高まり
日本とベトナムは、政治・外交関係、経済など、いずれの領域においても良好な関係にあり、さらなる交流の拡大、深化が期待されています。また、ベトナム人の日本への親近感、日本の製品やサービスへの関心や信頼も高く、若い世代を中心に、漫画・アニメ等のポップカルチャー、ファッションから芸術、文学まで、さまざまな関心を有する層が広がっており、このような状況を背景に、日本語学習者、学習希望者が拡大しています。2017年の日本語能力試験結果を見ても、ベトナムでの受験者数は71,242人と、東南アジアで最も多く、2011年の14,317人との比較で5倍近くにもなる飛躍的な増加の傾向にあります。
また、ベトナム政府による外国語教育重視の姿勢を反映し、初等・中等教育においては、「国家外国語プロジェクト」という施策が進行中です。これは、ベトナム政府による外国語教育重視の姿勢を反映したもので、外国語を習得した人材を増やすことで、海外との関係を構築、強化し、それをベトナム社会の経済発展や活力向上につなげていくことを方向性としています。このプロジェクトの具体的な展開として、現在、ハノイ、ハイフォン、フエ、ダナン、クイニョン、ホーチミン、ビンズオン、バリアブンタウの8つの地域、約70校の中学校・高校にて日本語教育が実施されているほか、初等教育では、英語と同様に日本語を第一外国語として位置づけ、ハノイとホーチミンの5つの小学校で週4コマの授業を行うという意欲的な試みが2016年9月から開始されました。2019年6月にはベトナムの初等教育の最終学年である5年生までの試行期間が終わり、今後の展開が注目されます。
ベトナムでの日本語教育のあゆみ
2018年8月、「"日本語パートナーズ"カウンターパート日本語教師研修」に参加したグエン ティ リュウさんは、「日本語教育が採り入れられた当初は、保護者から心配する声もあがっていました」と振り返ります。「日本語は学ぶのが難しい上に、修得してどんなメリットがあるかも見えない。自分の子どもには勉強させない、という保護者もいたことを思い出します」(リュウさん)。
ベトナムでは、2003年に「中等教育における日本語教育試行プロジェクト」が立ち上げられ、2005年から、正式な外国語科目として日本語が教えられています。ベトナムの小学校は5年制(6〜11歳)、中学校は4年制(11〜15歳)、高校は3年制(15〜18歳)の5-4-3制です。2005年から日本語を学びはじめた生徒が、中学、高校での7年間の日本語学習を終えて短期大学、大学の高等教育機関に入学したのは2012年9月の新学期からです。
ハノイのチュー バン アン高校で日本語教育を担当して11年になるグエン ティ タイン トゥイさんは、「生徒の意識が変わったことを肌で感じるようになったのは、日本語教育が普及段階に入った2013年頃からでした」と言います。
国際交流基金アジアセンターの "日本語パートナーズ"は、まさに、生徒たちの日本、日本語への関心が醸成された時期(2014年)に始まったのです。第1期は10名の派遣、第2期は12名、第3期は26名と次第に人数を拡大していき、2017年8月にベトナムに到着して2018年6月に帰国した第4期の日本語パートナーズは8つの地域で29人となり、さらに2018年8月から始まった第5期では、35名となりました。
現在ベトナムでは、1人の日本語パートナーズが複数の学校に巡回することによって、日本語教育を実施するすべての中学校、高校の授業に参加していることも大きな特徴となっています(調査未済の新規校等は除く)。
ダナンのファン チャウ チン高校で13年間教鞭をとるグエン ティ リュウさん(左)とハノイのチュー バン アン高校で日本語教育を担当して11年になるグエン ティ タイン トゥイさん。
チームティーチングの現状
日本語パートナーズが派遣されることにより、「授業のスタイルが広がり、クラスの雰囲気がよくなる」と、リュウさんとトゥイさんはともに"日本語パートナーズ"プログラムの良い点として挙げます。日本語パートナーズによる、日本文化の紹介は特に生徒に人気があり、たとえばパートナーズが持参した茶碗で伝統的なお茶を点てたり、折り紙を折ったり、さらには炊いたごはんを持ち込んで寿司を握るといった体験まで、日本から来たパートナーズが目の前で繰り広げ、一緒に体験する授業は、他の科目の授業とは異なる楽しさがあふれるものとなっていると言います。
日本語パートナーズとしてベトナムに派遣された佐野俊郎さんは「体験を通して学んだことは、ずっと生徒の記憶に刻まれる。通常の授業、本やウェブサイトでは学べないことを伝えるのがパートナーズの役目の一つ」と語ります。また、授業でのチームティーチングを機能させるコツとして、「まずは現地の教師との信頼関係を築くこと。教師の授業方法を理解し、認め、パートナーズはあくまでも授業を補完する立場である意識を持つことが大切です」(佐野さん)。
「生徒とおしゃべりしたり、コミュニケーションをとることで得られるものは大きい」と、トゥイさんはパートナーズの役割を重視しています。文化を切り口として、グループワークの実践など、生徒のスキルを伸ばす側面にもパートナーズの活躍が期待されています。
パートナーズは現地の教師による授業を補完する立場にあるという佐野俊郎さん(左)と歌を通して生徒と絆を深める本橋誠さん。
授業の工夫
"日本語パートナーズ"の目指す、生徒の日本語能力の向上、日本文化に触れる機会の提供、生徒の学習意欲の向上は、パートナーズと生徒、パートナーズと教師とのコミュニケーションをベースとして相互作用として育まれます。日本語パートナーズとしてベトナムに派遣された本橋誠さんはギターの演奏が得意なことから、歌を通した文化の理解を積極的に活用したといいます。ベトナムでは、日本のさまざまなポップソングが知られています。本橋さんは動画投稿サイトを利用してそれらの曲を授業で紹介。生徒から受ける、日本についての素朴な疑問にフェイスブックのメッセージ機能を使って答えるなど、学校以外の時間も生徒の関心を引き出しました。
「ウェブサービスの活用については、少し前までは考えられなかったツールで、授業の幅を拡げることが可能になりました。これらをうまく使うことで、生徒との信頼関係を築くことはずっと簡単に、そして深い絆をつくることができると感じています」(本橋さん)。
日本語教師のこれから
日本語パートナーズはベトナム人日本語教師の能力向上にも貢献しているようです。
「日本語パートナーズの受け入れ前には、ベトナムの日本語教師でも日本人と会話をする機会がありませんでした。パートナーズは現地での教師のレベル向上に貢献しています」(リュウさん)。
リュウさんとトゥイさんは、日本語パートナーズのカウンターパートとして、日本語国際センターでの授業のほか、文化体験や学校訪問、ホームビジットなど約2週間にわたるプログラムを受けました。このカウンターパート研修は2015年度から毎年行っており、東南アジアから延べ約350人、ベトナムからは2018年までに51人の教師が参加しました[表]。
ベトナムでの日本語教育・学習が拡大する一方で、十分な数の教員が確保できていないなど、さまざまな課題も意識される状況にあります。『海外の日本語教育の現状 2015年度日本語教育機関調査より』では学習者64,863人に対して、教師は1,795人と報告されています。日本語教師が増えない理由の一つに、高等教育で日本語を学んだ人が日本語教師ではなく、ベトナムの日系企業への就職を目指すという傾向があります。
「日本語教師の給料は日系企業に勤めるより低く、数倍もの開きがあると聞きます。また、いまベトナムでは英語ができる人材よりも日本語ができる人材の方が付加価値が高く、給料も優遇されている面もあるようです。そうすると日本語のできる優秀な人がほとんど企業に行ってしまう。日本語人材がよりよい待遇を受けて社会で活躍できているという点では、喜ばしいことではありますが......」(国際交流基金アジアセンター 飯澤展明 日本語事業第一チーム長)。
新たな展開として、かつて日本語パートナーズの授業を受けた生徒がその後日本語教師となり、カウンターパート研修で来日し、パートナーズと再会するという事例があります。
「 "日本語パートナーズ"という言葉には、ベトナムで日本語を学んだ生徒たちが日本を好きになって、日本のパートナーになっていってほしいという願いも込められています」(飯澤チーム長)。
実施から5年目を迎える"日本語パートナーズ"。チームティーチングの方法や授業内容の提案は徐々に蓄積され、カウンターパートの研修や報告会で共有されることで、資産として活かされつつあります。生徒たちの記憶にずっと刻まれる楽しい授業をつくり続けることで、将来に向けた真の日本のパートナーがベトナムから生まれています。
来日したカウンターパートは日本語国際センターでの研修後、大分県杵築市の視察・研修も体験。(写真提供:日本語国際センター、下の2点も)
大分県立別府鶴見丘高等学校にて書道の体験(左)、別府市内で竹工芸作りに集中する研修参加者たち。
※"日本語パートナーズ"は、東南アジアを中心としたアジア各国の中学・高校などの日本語教師や生徒の日本語学習のパートナーとして、現地教師のアシスタントとして授業運営に携わり、日本語教育を支援するとともに、派遣先校の生徒や地域の人たちに日本文化の紹介を通じた交流活動を行います。また、"日本語パートナーズ"自身も現地の言葉や文化を学び、日本に伝えるという双方向交流の事業です。
インタビュー・文:竹見洋一郎
撮影:桧原勇太