国際交流基金(ジャパンファウンデーション)は1985年に国際交流基金地球市民賞を創設以来、毎年、日本と外国の市民同士の相互理解や連携、共生を深めることを目指し国際文化交流に取り組んでいる団体を表彰しています。2015年度は全国から134件の応募と推薦があり、選考の結果、東京都のNPO法人「Peace Field Japan(ピース・フィールド・ジャパン)」、大阪府の公益財団法人「山本能楽堂」、兵庫県のNPO法人「神戸定住外国人支援センター」に授与されました。これら3団体の活動と授賞式での各代表者の受賞コメントをあわせてご紹介します。
(2016年3月1日のザ・キャピトルホテル東急での2015年度 国際交流基金地球市民賞授賞式より)
持続可能な社会を担う若者に相互理解を深めるための場を提供
20世紀初頭から紛争が続くイスラエルとパレスチナ。Peace Field Japanは、そのイスラエルとパレスチナの青少年を日本に招き、平和の構築を担う若い世代の育成を目的とした活動に取り組んでいます。2004年に「ピース・キッズ・サッカー」として発足し、当初はイスラエル、パレスチナ、日本の少年たちが参加する親善サッカー大会を開催していました。2007年からは参加者を女子に絞り、イスラエルとパレスチナの高校生、日本の高校・大学生を対象に、対話と交流の機会を提供する「"絆" KIZUNAプロジェクト」を実施しています。
多摩川と相模川の源流に位置する山梨県小菅村。人と自然との共生の精神が息づくこの里山で、イスラエル、パレスチナ、日本の各4名・計12名の高校・大学生は、豊かな自然に触れながら2週間の合宿を行い、里山の暮らしや伝統文化に触れる体験を共有します。イスラエルとパレスチナからの参加者は最初、互いを意識し合い、中には身構える人も。しかし野外活動や自炊などの作業を共にするうちに次第に打ち解け、相手を知ろうとし始めます。対立する地域の少女たちが、コミュニケーションが不可欠な共同生活を通して「相手を尊重し、互いに理解し合い、思いやる」ことの大切さに気づくようになるのです。
KIZUNAプロジェクトではまた、そば打ちや草履づくり、木工細工といった暮らしの知恵や技を地元の人々から教わり、環境保護や地域の課題への取り組みについても学びます。さらに、こうしてさまざまな知識を得た後は、持続可能な社会と地域のあり方や、それぞれの故郷で何ができるかを一緒に考えることも忘れません。
もちろん、日本の高校・大学生にとっても、意義深い体験になっていることは言うまでもないでしょう。参加者からは次のような感想が寄せられています。
「パレスチナ問題を、友人に関わりのある身近な問題として捉えられるようになりました」
「考え方は違っても、一緒に過ごせるのだということを知りました」
「私たちにも地域のためにできることがあるのではないかと感じています」
思想、信条、伝統、文化が異なろうとも、その中から互いに共通する価値を見出し、同じ時代を生きる者として将来を見据えていこうと、参加者たちは共同生活を通じて気持ちを新たにします。小規模な活動であるとはいえ、平和構築、持続可能な社会づくりを担う若い世代を育成するPeace Field Japanの活動意義は、非常に大きいと言えるでしょう。 KIZUNAプロジェクトで絆を結んだ参加者たちは、その後もSNSなどで交流を続けているといいます。国境や世代を超えた若者たちのネットワークが、確実に築かれています。
【受賞コメント】Peace Field Japan 理事 村橋真理氏
グローバルとローカルの視点で活躍できる若い世代が育っていることが喜びです
イスラエルとパレスチナの間には、紛争という未だに解決しない問題があります。この地域の平和社会を構築していくためには、まずは若い世代が「個人と個人」として向き合い、相手を知る場が必要です。それは現地のニーズでもあり、だからこそ私たちは、この活動を続けてきました。
KIZUNAプロジェクトの参加者たちへの思いを語る村橋氏。
KIZUNAプロジェクトはイスラエル、パレスチナ、日本の高校生と大学生が山梨県の里山で共に生活することでお互いを知り、絆を築き、持続可能な社会のために何ができるか一緒に考える機会を提供するものです。その体験を通して、異なる暮らしや文化の中にも共通点があるのだということに気づき、共に将来を見据えてほしいと私たちは願っています。
学んだことを生かすために、参加者にはプログラムの終わりに行動計画を立ててもらうのですが、帰った後に自分のプランをそれぞれの地域で実践しています。小菅村にあるような生ごみ処理施設を作ってほしいと市長に陳情しに行く、母校でワークショップを開催するといったことをしているようです。
日本の参加者がイスラエルとパレスチナの参加者を訪ねて交流を深めるなど、絆とネットワークも構築してくれています。一緒に地域と世界を見つめ、グローバルな視点で活躍できる若い世代が育っていることを、喜ばずにはいられません。今回の受賞も、困難な問題にぶつかりながらも、よりよい地域よりよい世界のために頑張っているみんなへのご褒美であり、励ましになるはずです。これからも若い人たちにネットワークが広がるような機会を提供しながら、私たちも日々成長していけたらと思います。
独創的な国際交流で伝統芸能「能」の可能性を広げる
山本能楽堂の創建は1927年。およそ90年の歴史を持つ、大阪で最古の能楽堂です。1945年の大阪大空襲で焼失するも5年後に再建され、市街地に建つ木造建築に伝統的な能舞台を有する貴重な建造物であることから、2006年には国の登録有形文化財に。創立以来、能の伝承と普及を柱としつつ、現在は初心者を対象とした公演と啓発、子どもや外国人への普及、上方伝統芸能の発信、能楽堂の公開活用など、多彩な活動を展開しています。
こと中・東欧では紹介される機会が少なかった能ですが、山本能楽堂は2008年にブルガリアから能の研究のために来日したペトコ・スラボフ氏との出会いをきっかけに、ブルガリアとの能を通じた文化交流に着手しました。海外公演はその後、中・東欧諸国へと広がりを見せています。ただし、単に海外で能を上演するだけに留まりません。現地の人々と一緒に舞台を作り上げる地道な交流を心がけています。
その集大成として2015年、観世流能楽師で山本能楽堂代表理事の山本章弘氏が稽古をつけたブルガリア人10名がソフィア国立歌劇場の舞台に立ち、演目「紅葉狩」を披露。この公演はブルガリア国内で大きな反響を呼びました。こうした独創的な取り組みは伝統芸能の世界に一石を投じると共に、日本古来の文化を通じた国際交流の可能性を広げるものです。
また、新作能「水の輪」は環境をテーマにした現代社会に通じる物語で、なおかつ外国人や子どもも演者として参加できる仕組みとなっており、能の新しい魅力を発信する先進的な演目として国内外で注目を集めています。さらにスラボフ氏と協力し、誰もが気軽に能の楽器演奏を体験できるモバイル端末向けの無料アプリ「OHAYASHI sensei(お囃子先生)」を開発。能を身近に感じてもらえるようなこうした試みは、国内外への能の普及に大きく貢献していることは間違いありません。
日本の伝統芸能、能を守り、伝承してきた山本能楽堂と、日本の能を愛したブルガリア人スラボフ氏との出会いから生まれた国際交流は、中・東欧諸国と日本との関係を深めるものとなっています。同時に、伝統芸能の世界に新しい息吹をもたらしてもいるのです。
【受賞コメント】山本能楽堂 代表理事 山本章弘氏
古典の伝承に留まらず、世界を舞台に能の新たな魅力を発信していきます
能は室町時代に観阿弥と息子の世阿弥が大成させ、のちに文楽と歌舞伎、さらには演劇や美術にも影響を与えてきた伝統芸能です。しかし残念なことに、「格式が高そうで取っつきにくい」「台詞が少なくて退屈」といった、あまりよくないイメージをお持ちの方が少なくないと思います。
今、能楽協会に所属する能楽師は全国に1250人ほどいます。決して多いとは言えません。その能楽師の一人として、650年間も連綿と演じられてきた能を何とか広めたいと大阪の地で考えていた時に、ブルガリア人のスラボフさんと出会いました。
山本氏がブルガリア公演のきっかけと今後の抱負を語る。
ブルガリアを訪れて驚いたのは、日本の文化に関心を持った人が多いことです。その折に、竹田恒治・在ブルガリア日本特命全権大使から「ブルガリアでぜひ、能の舞台を」との言葉をいただき、それを機に公演の機会が中・東欧諸国へとどんどん広がっていきました。私たちは能を披露してすぐに帰国するのではなく、現地の方を対象にワークショップなどを催し、皆さんに能を体験してもらうといったこともしています。ついには、ブルガリアの方たちと一緒に舞台に立てるまでになりました。
「水の輪」という新作能を作るにあたっても、どのような形で伝えたらいいか熟慮を重ねました。その末に、どの国にも共通する環境をテーマに作品を作った次第です。能は古典をただ伝承していけばいいというものではありません。どの国の人とも共有できるようなテーマ性を持った新作能にも果敢に挑み、能の魅力を発信していこうと思います。
能は三間四方の檜舞台で演じます。地球市民賞をいただいた団体として、これから私たちは地球を舞台に演じ、伝統芸能を介して外国の人々と平和交流を深めていく所存です。
多様な背景を持つ定住外国人を支援し、地域の共生社会づくりに尽力
現在、兵庫県神戸市には約4万4000人の在留外国人が暮らしています。特に多いのが韓国、中国、ベトナムといったアジア圏の国籍を持つ人々です。彼らは言葉の壁だけでなく、日本国籍を持たないことによって社会的なハンディを負うなど、さまざまな困難に直面しています。そんな人々を20年にわたって支援してきたのが、神戸定住外国人支援センター(Kobe Foreigners friendship Center=KFC)です。
1995年の阪神淡路大震災で被災した外国人の救援を行なっていた2つの団体が統合し、定住外国人の日常的な支援に取り組むことを目的に1997年に発足。各種の言語に対応した生活相談を始めました。その後、言語や制度の壁、貧困など、定住外国人が抱える多種多様な問題に対する総合的な支援へと活動を広げていったのです。
現在は地域で暮らす外国人対象のマンツーマン及びグループレッスンによる日本語教室や日本語教材の作成・提供、外国にルーツを持つ子どもへの学習支援と高校生奨学金事業の運営、公立図書館と連携した在日外国人児童読書会の開催と、幅広いサポートを行っています。さらに、在日外国人の高齢化にも対応。民族性や歴史的背景を尊重した高齢者の居場所づくり、デイサービスやグループホームなどの介護事業に取り組むほか、中国残留邦人帰国者のための交流会も実施しています。
このように、小学生から高齢者までのあらゆる世代に向けた支援事業を展開するKFC。兵庫県下の特定非営利活動法人の中でも最大規模であり、利用者は年間で延べ3万人を超え、これまでの利用者総数は35万人に達しています。
外国人を対象とした活動は、ともすると文化背景ごとに分化しがちかもしれません。その点、KFCの場合は国籍や民族の違いを超えて当事者が協働することを大切にしているだけに、在日コリアンやベトナム人、中国残留邦人帰国者、そして市民が地域で共に支え合う活動としてしっかり機能しています。
日本で暮らす外国人は200万人以上にのぼり、定住外国人が住民として豊かな生活を送ることのできる地域づくりが急務となっています。共生に向けた意識改革やシステムづくりも視野に入れて展開されるKFCの活動は、他地域にとって、共生社会の形成を目指す上でモデルとなるものです。
【受賞コメント】神戸定住外国人支援センター 理事長 金宣吉氏
地域で暮らす「移民」の自由と権利を守ることを使命とし活動していきます
KFCは阪神淡路大震災を契機にできた団体です。震災から20年後の2015年に地球市民賞をいただけたことを、本当に感慨深く受け止めています。
私たちが活動を始めた20年前は、21世紀には多様な文化を認め合いながら共に生きる社会が形成されるだろう、と語られていました。ところが、20年後の現実は果たしてどうでしょうか。ヨーロッパや中東で起きている問題を知るにつけ、私たちは今をどう生きればいいのかと考えずにはいられません。
外国人支援に対するKFCの姿勢について話す金氏。
KFCの活動では、国際交流に相当するものがごく限られています。私自身はあえて、耳触りのいい多文化共生という言葉も使いません。多文化が他者の文化でもあることを認識した上で、どうすれば他者を排除せずに生きていけるかと苦闘する毎日です。
KFCは、多様な文化を持つ人を多様な文化を持つ人が支えるという考えで活動してきました。外国人支援で大切なのは、文化本質的なものではなく一人ひとりを見ること、その人の背景を知ることだと思います。朝鮮半島にルーツを持つ私もそういう気持ちで、地域の中で孤立している中国残留邦人帰国者の人たちや、低学力という理由で高校に行けないベトナム人の子どもたちを支えてきたつもりです。
私たちの団体は定住外国人支援センターという名称ですが、「移民」の支援センターと言えます。KFCが支援している子どもたちは移民の2世で、私自身も移民の3世だと思っています。中国残留邦人の帰国者たちも、ある意味で移民かもしれません。私たちは小さな団体ですが、移民の自由と人権を守ることを使命に、これからも活動を続けていきます。
(編集:斉藤さゆり/授賞式の写真撮影:相川健一)