松永 隆(公益財団法人日本サッカー協会 国際部 担当部長)
国際交流基金(ジャパンファウンデーション)は、日本サッカー協会(JFA)と連携して、サッカーを通じた幅広い層の交流、またサッカー文化を支える様々な担い手の交流・育成のための事業を進めています。昨年の9月から12月の4ヶ月間に渡って行われた、中国人サッカー指導者やリーグ関係者による日本サッカーの視察・研修の様子、また今後の日本と中国、さらにはアジアのサッカー交流の展望について、日本サッカー協会の松永氏にご寄稿いただきました。
女子サッカー視察グループ:日本女子サッカーの育成・強化事業を視察する中国サッカー協会所属の指導者
アジアのサッカー普及と発展に向けて
公益財団法人日本サッカー協会(JFA)は、アジアサッカーのレベルアップやアジア各国との連携を深めることを目的に、アジアサッカー連盟(AFC)に加盟する協会の関係者や指導者などを対象に日本サッカーの視察・研修を実施するほか、各国代表チームやクラブチームのトレーニング合宿などを受け入れています。
昨年(2014年)、JFAは中国サッカー協会の要請を受け、9月から12月末の約4ヶ月間、13人の中国人指導者やリーグ関係者らに対して日本サッカーの各分野の視察や研修を行いました。
このプログラムは、国際交流基金の助成制度によって実現したもので、JFAがこれまでに実施した視察や研修受け入れの中でも異例の長期間に及ぶものとなりました。
まずは、JFAの技術部が中心になり、日本サッカーをより深く理解してもらうために、担当分野ごとに5つのグループに分けて視察スケジュールを組みました。視察先の関係者との意見交換の時間も設け、アジアで高く評価されている日本サッカーのノウハウを存分に吸収してもらえるようアレンジし、有意義な研修になったと思います。
2015年6月には中国の成都市でその報告会が行われ、JFA関係者も招待されました。来日した視察団メンバーは、日本で得た情報やノウハウを中国国内各省や各政令指定都市のサッカー指導者にプレゼンテーションした上で、底辺の拡大の必要性や、指導者の数を増やし質を高める必要性など、今後の中国サッカー界の課題を提起しました。
中国サッカー協会との連携
JFAがアジア貢献事業を開始してから10年余り経ちますが、それ以前から中国サッカー協会とは良好な関係を築いてきました。
2010年には国家体育総局役員で現在、中国サッカー協会会長を務める蔡振華氏と副会長の張剣氏が視察のために来日しました。2012年にはサッカー指定校となっている中国の小中学校の体育教師30人を受け入れ、約1週間の視察プログラムを実施しました。また、無錫で行われた中国サッカー協会主催のセミナーではJFAの田嶋副会長らが講演するなど、双方が様々な企画を立て交流を図ってきました。
こういった取り組みにより、2014年5月には中国国内トップレベルの指導者に日本サッカーを視察・研修させたいと、中国サッカー協会の蔡会長が来日の際、JFAの大仁邦彌会長に直々に協力を要請しました。
プログラムは、5グループがそれぞれ1カ月日本に滞在し、全体としては数ヶ月に及ぶものになることから、まずは、国際交流基金に相談しました。研修の趣旨、内容をご理解いただき、支援していただいたことで、今回の事業が実現できたと考えています。
(左)ユース育成視察グループ:山口JFA技術委員長(育成担当)の日本のユース育成に関するプレゼンテーション
(右)指導者養成視察グループ:JFA指導者養成インストラクターと指導者養成制度についての意見交換を行う中国サッカー協会技術部職員
(左)プロサッカー視察グループ:Jリーグ・浦和レッズのトレーニングを視察する中国国内のプロサッカークラブ関係者
(右)グラスルーツ視察グループ:東京都サッカー協会が主催しているサッカークリニックを視察する中国サッカー協会所属の指導者
視察・研修参加者からの声
当初、同じ時期に、女子サッカー、ユース育成、指導者養成、プロサッカー、グラスルーツの5つのグループが来日することになっていました。各グループの視察スケジュールを作成したところ、日本国内で行われる関連プログラムとタイミングが合わないことから、得策でないと判断し、グループ別に最適な時期を設定して来日して頂くことにしました。これによってそれぞれのグループが、充実した研修ができ、日本側の関係者とも十分、親交を深めることができました。
同プログラムに参加したメンバーからコメントの一部を紹介します。
Wang XinLuo 氏 (中国サッカー協会担当責任者/中国サッカー協会技術部職員)
「約4ヶ月にわたる日本サッカー視察プロジェクトが無事終了しました。女子サッカー、プロサッカー、グラスルーツ、ユース育成、指導者養成の5つのグループで日本サッカーの全般を視察させて頂くことにより、全てのメンバーが貴重な経験や素晴らしい知識を得ることができました。また、2015年6月に中国、成都市で開催したフットボールセミナーでは、山口JFA技術委員長(育成担当)がJFAの技術面の発展の概略及びユース育成や指導者について詳らかにレクチャーしてくださいました。それを聞き、ユース育成と指導者養成が切り離せないものであることがよくわかりました。また、日本の指導者の真摯な姿勢が日本サッカーのレベルアップを推進してきたと感じました。「ユース育成や技術の発展のために指導者が最も重要な役割を担っている」という山口氏の締めの言葉に、他のゲストスピーカーも賛同していました。今後、日中両国サッカー協会間の更なる交流を実現できればと願っています。」
Wang Lei 氏(中国協会視察団メンバー)
「文献や資料を通して、日本サッカーについてのある程度の知識は持っていましたが、日本のユースサッカー育成の現状には正直、とても驚きました。育成システムがこんなに完備されていると思っていませんでした。この一カ月の視察は視野を広げてくれるもので、とても良い勉強になりました。日本で見たことや学んだことを中国のサッカー関係者に伝え、中国サッカーの発展に貢献したいと思います。」
Liu Gang 氏 (中国サッカー協会視察団メンバー/成都市サッカー協会テクニカルダイレクター)
「視察期間中、日本サッカー界の方々からサッカーに対する熱意がとても強く感じられました。日本サッカー全体が共有する理念に触れ、それを礎にユース育成及び指導者養成のシステムが完備されていることを知りました。特に日本固有のA級U-12のコーチライセンスは日本サッカーの発展に非常に役に立っていると思います。日本で見たことや学んだことを中国に持ち帰り、必ずや中国サッカーの発展に貢献していきたいと思います。」
山口JFA技術委員長(育成担当)が、中国・成都市にて開催されたユースフットボールディベロプメントセミナーで日本のユース育成、指導者養成のあり方について講演
アジアサッカーの今後に向けて
この研修の後も、両国サッカー協会の交流は続いています。今年1月には、JFAが2年に一度、開催しているフットボールカンファレンスやアジア各国の指導者を対象としたJFAインターナショナルコーチングコースなどに、研修に参加した中国人指導者らが出席しました。また、2015年5月には、U-19中国女子代表が大阪府堺市にあるJ-GREEN堺(ナショナルフットボールセンター)で11日間の強化合宿を実施しました。
今年3月、中国政府が採択した「中国サッカー改革全体案」によると、中国サッカー協会を国家体育総局から切り離して裁量権を与えた上でプロリーグを運営する法人を設立することとし、ユース育成に関しては中国教育部が大きな役割を果たすことになるそうです。同改革案では、サッカーの普及や育成年代の選手強化を推進するために、国内のサッカー指定校(小学校/中学校/高校)を現在の5,000校から2025年までに50,000校へ拡大するという壮大な目標も示されています。
サッカー指定校を増やすに当たっては、指導者を大量に養成する必要が出てくるため、指導者を養成するコーチインストラクターの数と質を高めることが急務となってきます。今後、中国サッカー協会から日本人のコーチインストラクターを派遣する要請も増えてくることが予想されます。
日本サッカー協会は、これからも日本や中国、及びアジア各国と協力して、アジアのサッカーの普及・発展のために貢献していきます。
松永 隆(まつなが たかし)
2004年より公益財団法人日本サッカー協会 国際部 担当部長。JFA公認指導者の海外派遣やアジア各国の代表チームや視察・研修団受け入れなどのアジア貢献事業を主に担当。