菊池哲佳(仙台国際交流協会)
欧州評議会(Council of Europe)は、民主主義、人権保障、法の支配といった価値の実現に向けた国家間協調を目的に設立された汎欧州機関です。国際交流基金は、日欧の共通課題に関する意見交換、ネットワークの構築を促進する重要性から、専門家の派遣、会議の共催といった形で20年以上に渡って欧州評議会との協力関係を築いてきました。 近年は特に、外国人住民の増加に伴う多様性を活かしたまちづくりという共通課題において、協力関係を深めています。今年度は「多様な社会における住民保護と防災」をテーマとした会議が2014年6月12日、13日にストラスブールで開催され、日本の現場で活躍する菊池哲佳氏と土井佳彦氏にご参加いただきました。
欧州評議会のお膝元であるストラスブールは、外国人住民がまちづくりに主体的に関われる仕組みを取り入れています。自然災害の多い日本は、防災のための技術や知恵の蓄積された「防災先進国」とも言われますが、「多様性」という視点が加わった場合はどうでしょうか。菊池氏から同会議について、また土井氏からはストラスブールのまちづくりについて、それぞれ報告を寄せていただきました。2回にわたってご紹介します。
●お知らせ
ストラスブール会議について報告し、インターカルチュラル・シティの取り組みを参考としてまちづくりと防災について考える公開ワークショップを開催します。
公開ワークショップ「多様性を生かしたまちづくりと防災~インターカルチュラル・シティを参考に~」(仙台)
日時:2014年9月13日(土)14時~17時(受付13時45分より)
会場:仙台国際センター1F 交流コーナー内「研修室」
はじめに
2014年6月12日と13日の2日間にかけてストラスブール(フランス)で欧州評議会が主催する国際会議に参加させていただきました。会議の名称は"Civil protection in diverse societies: migrants, asylum seekers and refugees in the context of major risks prevention and management"。多様な社会における防災が会議のテーマです。私はこの会議で、仙台市における地域防災を通じた多文化共生の取組みと、多文化化する日本社会における専門職の必要性について発表しました。会議の概要と会議への参加を通じて得られた示唆についてご報告します。
ストラスブール中心部の町並み。アルザス地方の伝統家屋が並ぶプティット・フランス地区はユネスコの世界遺産に登録されている
まちの中心部を走るトラム。環境先進都市としてのストラスブールを視察に訪れる人も多い
防災における「インターカルチュラル・シティ」と多文化共生の共通点
この会議の主な参加者は、欧州評議会の「EUR-OPA」というプラットフォームと「インターカルチュラル・シティ」というネットワークに所属する各国政府関係者、専門家などです。
EUR-OPAとは、自然災害・技術的災害への備えについて多分野で協力を強化・促進することを目的として、現在26の政府が加盟するヨーロッパ・地中海南部での国際的なプラットフォームです。
そして、インターカルチュラル・シティとは、移住者や少数者によってもたらされる文化的多様性を、脅威ではなくむしろ好機ととらえ、都市の活力や革新、創造、成長 の源泉とする新しい都市政策で、現在、その趣旨に賛同する約60の都市が参加しています。(国際交流基金のウェブサイト参照)この説明からおそらく多くの読者がお気づきのように、インターカルチュラル・シティは日本の多文化共生政策に近いものだと言えるでしょう。今回の会議は、前述のとおり多様な社会における防災がテーマで、インターカルチュラル・シティや多文化共生政策の全般的な話というよりは、どちらかというと防災政策にフォーカスしていましたが、それでもヨーロッパと日本での私たちの取組みや課題には共通している点が多々あることが分かり、興味深いものでした。
(左)欧州評議会のほかにも、欧州議会や欧州人権裁判所などストラスブールには欧州機関が集中する
(右)会場となった欧州評議会の「アゴラ・ビルディング」
会場となった「Room G05」。建物内の斬新なデザインに目を奪われる
その共通点とは一言で表すと、マイノリティーの存在に配慮した防災政策の必要性、あるいはマイノリティーの視点を生かした防災政策を展開する必要性の認識であるといえるでしょう。
実際、仙台市においても、東日本大震災での経験をふまえ、外国人住民が地域防災に参画する必要性について地域社会でも認識を共有しつつあるところです。そして会議における私の報告においても、仙台の外国人住民が比較的多く住む地域では、外国人住民が企画・運営に参加する防災訓練も行われ始めていることや、仙台国際交流協会が災害への備えについて12言語で学ぶことができる防災ビデオを仙台の外国人住民らと協働して制作したことを事例として紹介させていただき、会議の多くの参加者から参考になったというコメントをいただきました。
発表の様子(筆者は左から2番目)
筆者が発表中の会場の様子
国境を超えたネットワーク、実践コミュニティの形成に向けて
会議への参加を通じて得られたことは本当に多かったのですが、とりわけ次の2つの点で大きな示唆を得ました。
1つには、ヨーロッパと日本のそれぞれの取組みからお互いが学ぶべきことが多いということです。言い換えれば、多様な社会における防災について、どちらかが一方的に学ぶべき関係にはなく、それぞれに参考となる点が多々あると言えるでしょう。例えば、移民、亡命者、難民をいかに防災活動や防災組織に参画させるかといった議論は、外国人住民の地域防災への参画という日本の課題と共通するところがあり、たいへん励みとなりました。また、多文化社会が自明のものであるヨーロッパの専門家にとっても、日本の多文化共生の取組みは参考になったようです。例えば私といっしょに日本から参加した土井佳彦さん(NPO法人多文化共生リソースセンター東海)が発表の中で紹介した「やさしい日本語」の考えは多くの参加者の関心を集め、私にとっても新鮮な驚きがありました。
2点目は、会議のありようについてです。会議では、各国の防災やインターカルチュラル・シティにおける政策実務者、専門家や研究者、あるいは言語学や心理学の研究者などの実に多様な立場の人々が、多様な社会における防災というテーマについて発表し、気さくに議論する様子があり、いわば会議を通じて「実践コミュニティ(Community of Practice)」(※)が形成されていく期待を抱くことができました。私は仙台市の事例をふまえて多文化化する日本社会における専門職の必要性について発表したのですが、インターカルチュラル・シティなどのネットワークのありようは今後の参考になると思われ、今後も関心を寄せていきたいと考えています。
このように、今回の会議から得られた示唆は大きく、ぜひ今後とも防災に限らずさまざまなテーマで実務者や専門家が国境を超えて話し合い、実践コミュニティ(Community of Practice)やネットワークをつくることを願っています。
※実践コミュニティ(Community of Practice):あるテーマに関する関心や問題、熱意などを共有し、その分野の知識や技能を、持続的な相互交流を通じて深めていく人々の集団、とされる。(ウェンガーら2002)
2日目のワークショップの様子(筆者は左)
おわりに
今回の会議の詳細については2014年9月13日に仙台で公開ワークショップ「多様性を生かしたまちづくりと防災~インターカルチュラル・シティを参考に~」を開催します。ご関心のある方はぜひご参加いただければ幸いです。
また、仙台では第3回国連防災世界会議が2015年3月14日から18日まで開催される予定で、現在、仙台市および関係機関・団体等により準備が着々と進められているところです。その国連防災世界会議にあわせて、仙台国際交流協会では多文化共生の視点から防災について考える「多文化防災フォーラム」を開催の予定です。詳細は仙台国際交流協会のウェブサイト等で随時お知らせします。ぜひ多くの方々にご参加いただきたいと思います。
会議終了後、参加者と共に(筆者は前列右、右から二人目が土井佳彦さん)
参考文献&リンクアドレス
ヴァソン藤井由美, 2011, 『トラムとにぎわいの地方都市 ストラスブールのまちづくり』学芸出版社
エティエンヌ・ウェンガー,リチャード・マクダーモット,ウイリアム・M・スナイダー, 2002, 『コミュニティ・オブ・プラクティス ナレッジ社会の新たな知識形態の実践』野村恭彦監修/野中郁次郎解説/櫻井祐子訳,翔泳社.
Civil protection in diverse societies: migrants, asylum seekers and refugees in the context of major risks prevention and management (会議の概要や会議参加者の発表資料等が掲載されている)
http://www.coe.int/t/dg4/majorhazards/activites/2014/Migrants-Risks_en.asp
国際交流基金「インターカルチュラル・シティ/多文化共生に関する事業」
https://www.jpf.go.jp/j/intel/exchange/organize/intercultural/
菊池哲佳, 2013, 「防災を通じて連携・協働を推進する」自治体国際化協会 多文化共生ポータルサイト
http://www.clair.or.jp/tabunka/portal/column/col-kikuchi.html
仙台国際交流協会ウェブサイト
http://www.sira.or.jp/japanese/
●続きは 9/10 UP
「欧州評議会会議報告 (下) ―ストラスブール:新しいまちづくりに向けた本気のチャレンジ」
菊池 哲佳(きくち・あきよし)
2000年より(公財)仙台国際交流協会職員。現在は防災や外国につながる子どもの支援事業等を担当している。東日本大震災では「仙台市災害多言語支援センター」の運営に携わった。自治体国際化協会地域国際化推進アドバイザー。本職のほか「多文化社会における専門人材研究―専門職の知と専門性評価に関する研究」(科学研究費助成事業)に研究協力者として参画している。