張 競(明治大学教授)
国際交流基金は「翻訳出版助成プログラム」 を通じて、過去40年以上にわたり、日本関連図書の海外での出版に対する支援を行ってきました。出版された図書の言語は50を超え、そのジャンルは古典文学、現代文学、歴史、社会学、政治、経済、文化論等多岐にわたります。この度、新たな試みとして、海外の方々に日本の現代社会をよりよく理解してもらうための良著を"Worth Sharing―A Selection of Japanese Books Recommended for Translation" という冊子にまとめ、「翻訳推薦著作リスト」として紹介していくことにしました。第1弾の「日本の青春」に続き、第2弾は「日本の地方」と題し、日本の地方・地域をテーマに日本のさまざまな風景を描いた現代文学作品18作品、ノンフィクション2作品の選書を行いました。選書委員のお一人である張競氏にご寄稿をいただきました。
日本では東京は「中央」で、それ以外はみな「地方」である。高度経済成長以降、東京は巨大な磁石のように、地方からあらゆるものを引き寄せてきた。一極集中は単に産業活動に限られたものではない。政治や文化活動もまた東京を中心に集約されてきた。そのような時代的、社会的な文脈の中で、文学にあらわれた地方は、かつて二重の象徴的な意味を持っていた。歴史や伝統、美しい風土や純朴な気風を連想させる一方、因習や停滞、あるいは偏狭な愛郷心や地域の疲弊とともに語られることもあった。かりに地方は都市化に対する抵抗の隠喩であるならば、故郷脱出は閉鎖性からの逃走を含意するであろう。
ポスト工業時代に入ると、人口移動は安定化し、地方でも都市化が進んだ。程度の差こそあれ、中心対周縁という構図は地方でも再生産されている。暮らしのユートピアという郷愁神話はもはや崩壊した。僻地や山間部はいまや疲弊を通り越し、過疎化によって美化の対象にもなりにくくなっている。
今日、地方を舞台とする作品は必ずしも東京に対抗し、理想的な生活空間を暗示するものではない。むしろ、多様化する生き方の舞台として言及されることが多い。かりに、地方だけで文学活動をし、地域の読者しか読まない作品を地方文学であるとすれば、そのような地方文学はすでに存在しない。一部の地域では地方文学について語るとき、作家の出身地を基準にしているが、そのような分類はほとんど文学的な意味を持たない。
本リストの選定は、そのような文化的な経緯を念頭に入れて行われている。また、作品が書かれた時期は、比較的広く設定されている。作品選びは作家の出身地ではなく、作品の内容にもとづいている。地域の生活を描く小説もあれば、地方を舞台とする小説もある。あるいは地方論のパロディや、方言の魅力を文学的な精錬を通して表現した作品もある。さらには地域の歴史を取材したものや、地方が直面する問題をテーマにするものもある。
選ばれた20作のうち、小説は全部で18作にのぼる。大半はここ10年来のものだが、初版1968年のもの一点と、1980年代に刊行された作品は三点含められている。いずれも海外の翻訳がほとんどなく、構想や文体あるいは描き方が独創的で、今日読んでも色あせない作品ばかりだ。小説のほか、優れたノンフィクションや、地方を民俗学的観点から考察した作品がそれぞれ一点選ばれている。むろん、限られた紙幅(しふく)で優れた作品をすべて網羅することは難しい。本リストを通して現代の日本文学にあらわれた地方の一端を海外の読者にお伝えすることができれば、選者としてこれよりうれしいことはない。
(2013年7月発行"Worth Sharing―A Selection of Japanese Books Recommended for Translation"より転載)
【参照記事】
特別寄稿「さまざまな青春の形」
Feature Story「さまざまな愛の形」
張 競(ちょう きょう)
1953年、中国・上海生まれ。華東師範大学を卒業後、同大学助手を経て日本に留学。東京大学大学院総合文化研究科比較文学比較文化博士課程修了。東北芸術工科大学助教授、國學院大学助教授、ハーバード大学客員研究員等を経て、現在、明治大学・国際日本学部教授(比較文化学)。専門は大正文学と中国、文学の翻訳と受容、および感性や情緒の文化史的研究。1993年『恋の中国文明史』で読売文学賞、1995年『近代中国と「恋愛」の発見』でサントリー学芸賞受賞。近著に『海を越える日本文学』『張競の日本文学診断』など。
"Worth Sharing ―A Selection of Japanese Books Recommended for Translation"
「Vol.2 日本の地方 」で紹介している図書一覧
『沈むフランシス』松家 仁之
『海炭市叙景』佐藤 泰志
『東北学/忘れられた東北』赤坂 憲雄
『吉里吉里人』井上 ひさし
『馬たちよ、それでも光は無垢で』古川 日出男
『光の山』玄侑 宗久
『蕎麦ときしめん』清水 義範
『海松』稲葉 真弓
『ある一日』いしい しんじ
『告白』町田 康
『骸骨ビルの庭』宮本 輝
『コンニャク屋漂流記』星野 博美
『赤朽葉家の伝説』桜庭 一樹
『共喰い』田中 慎弥
『場所』瀬戸内 寂聴
『四万十川』笹山 久三
『爆心』青来 有一
『獅子渡り鼻』小野 正嗣
『小説 琉球処分』大城 立裕
『魂込め』目取真 俊