心の奥に宿る原風景を豊かにしてくれる絵本の力

木村 典子(ソウル在住)



power_of_the_picture_book01.jpg "くるくるぱっちん"
"ゆーきーこんこん"

 子どもたちの楽しそうな声が聞こえてきます。2013年3月16日、国際交流基金ソウル日本文化センターで開かれた「読み聞かせスペシャルイベント/北海道の絵本作家とともに」の第一部「読み聞かせ」が終わった直後の休憩時間です。
 この日、北海道で活動する絵本作家のあべ弘士さんと堀川真さんが、はじめてソウルを訪れ、50名あまりの子どもと大人たちの前で、『ふたごのしろくま:くるくるぱっちんのまき』『ひるねのね』(あべ弘士)、『じかきむしのぶん』『ゆーきーこんこん』(堀川真)を自ら日本語で、そして韓国の女優さんが韓国語で読んでくれました。

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あべ弘士さん(左)と堀川真さん(中)

 あべ弘士さんは、いまや日本でもっとも有名な動物園となった旭山動物園(北海道旭川市)の飼育係として25年勤務し、現在は北極やアフリカを旅しながらそこで出会った動物たちの話を絵本にするなど、動物たちと大の仲良しの絵本作家です。堀川真さんは身近なものを素材とする絵本作家として活動するとともに、工作を通じた子どもたちとのワークショップや障がいを持った人たちへの療育にもたずさわっています。
 お二人の読み聞かせに集まった人たちを見ると、半分ほどが日本人。もちろん子どもたちの姿も見えます。私はソウルに暮らし始めて16年になりますが、ここ数年、周囲にずいぶんと子どもたちが増えました。国際結婚をしたり、家族の仕事による赴任だったりと、韓国に居住する理由はいろいろですが、そんな知人の子どもたちです。彼らの多くは家では日本語を、外では韓国語もしくは英語を使うバイリンガルです。余談ですが、日本女性の国際結婚は1位韓国、2位アメリカ、3位中国(2010年厚生労働省人口動態統計)だそうです。これからも、日本語と韓国語、2つの言葉を背景に幼い頃を過ごす子どもたちはますます増えていくのでしょう。

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"くるくるぱっちん"と"トルトルトルトル・タク"
 複数の言葉をもつことは世界を広げてくれます。私もかなり年をとってからですが、韓国語を2つ目の言葉として習得しました。韓国語を学びはじめた頃、言葉を覚え始めた子どものように何もかもが新鮮で、毎日どんな言葉と出会えるだろうと心ときめかせていたことを思い出します。その反面、韓国語の世界で暮らすうちに、日本語が出てこない、日本語で表現できないという不思議な体験も時々しました。また、何かを見たり、感じたりした時に、韓国語でしか言い表せないという複雑な思いをすることもありました。そんな私に母語を考えさせ、日本語の豊かさと面白さを再確認させてくれたのが、小さい頃から大人になっても親しんできた「絵本」です。
 なので、休憩時間に聞こえてきた子どもたちの"くるくるぱっちん""ゆーきーこんこん"という声はとても嬉しいものでした。"くるくるぱっちん"は、ふたごのしろくまが、昼寝をしているあざらしのひげを引っ張っていたずらした時の音です。韓国語では"トルトルトルトル・タク"。そして、"ゆーきーこんこん"はきつねが歌う雪の季節の日々を描いた歌詞です。韓国語では"ヌニ・ポンポン・ネリンダ(雪がこんこんと降る)"。

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世界の多様性を理解するびっくり箱
 韓国語での響きもそれぞれに面白く、外国語だけに何とも不思議な余韻が残るのですが、それよりも私にはむしろ、引っ張られたひげが'くるくる'と巻き上がり'ぱっちん'と顔にあたる情景、雪が'こんこん'と降る情景が、日本と日本語の原風景として目の前に広がります。「絵本」には、言葉の意味や私たちを取り囲む世界や社会の姿だけでなく、心の奥に宿る個々人の原風景を豊かにしてくれる力があります。この原風景こそ、私たちの情緒を形作っているものなのではないでしょうか。
 私は語学の専門家ではありませんが、コミュニケーションツールとしての言葉は大人になってからでもある程度は習得できるものだと思います。でも、言葉として表現される情緒は幼い頃から蓄積されていくものです。読み聞かせに耳を傾ける子どもたちを見ながら、韓国で韓国の原風景を心に刻みながらも、日本の原風景もともに、子どもたちの心に豊かな情緒として育ってくれることを、そして2つの文化の中で暮らすことでさらに多くのことを感じ、理解し、世界の広さにふれてもらえればと願いました。
 小さな彼らにとって「絵本」は、言葉と情緒をはぐくみ、世界の多様性を理解するびっくり箱のようなものです。大人である私たちにとっても同じでしょう。国際交流基金ソウル日本文化センター図書館には日本語と韓国語の絵本が蔵書されており、定期的に「読み聞かせ」もしています。どうぞ子どもだけでなく、大人もぜひ「絵本」にふれてほしいと思います。また今回のような絵本作家を招聘しての「読み聞かせ」は、国際交流基金だからこその文化と日本語教育事業です。今後も続々と絵本作家たちがソウルを訪ねてくれることを願っています。





木村 典子(きむら のりこ)
ソウルに在住。97年、語学留学のために渡韓。その後、韓国の劇団木花(モックファ)で制作者として活動。独立後は演劇やダンスなど舞台関連のコーディネーター、戯曲翻訳に携わる。現在、韓国の文化政策に関する調査をはじめ文化芸術関連の原稿を書くとともに、幅広い交流事業をプランニングしている。




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