ラップで自己表現にチャレンジした子どもたち~多様であることが当たり前になる社会を目指して

おみゆきCHANNEL/「stillichimiya」(スティルイチミヤ)
Young-G



 2012年10月、東京・新宿で、外国にルーツのある子どもたちにヒップホップの作詞や作曲の仕方を教えるワークショップ「Rap in Tondo 2×しんじゅくアートプロジェクト」に参加しました。
 きっかけは1年半前のこと。2011年5月、国際交流基金から依頼を受け、フィリピンの首都マニラにある東アジア最大のスラム街・トンドの貧困層の少年たちに、ヒップホップを通じて表現の喜びを教えるイベント「Rap in Tondo 2」に呼ばれました。これが縁となり、今回は、企画第2弾となるこの新宿でのイベントを任されることになりました。
 フィリピンでのワークショップは、自分にとってもすごくいい経験で、何よりトンドで出会い、イベントを共にし、兄弟のような関係を築けたラッパーO.G Sacred(彼は元ギャングという肩書きを持ち、地元・トンドの仲間とつくるヒップホップグループ「トンドトライブ」を束ねて音楽活動している。前回のイベントではフィリピン側の代表を務めた)とまた仕事ができる。そんなワクワクもあって、二つ返事で引き受けました。
 今回教える子どもたちは、外国にルーツがあるということをプラスに捉える事が難しい状況があったり、学校でいじめにあったり、差別を受けたりしないよう、なるべく目立たないように学校生活を送っていることもある、と聞いていました。それなら、僕らを通じて彼らが表現する喜びを知り、ほんとうの自分を取り戻してくれたらいいなと思いました。


音を通じて子どもたちと打ち解ける
 色々考え、準備して臨んだワークショップの初日。参加してくれたのは、フィリピンやミャンマーなど、外国にルーツがある小学生から高校生までの子どもたちおよそ15人。初対面の子どもたちからは、警戒心が強い印象を受けました。「知らない大人」である僕たちに向ける目線が普通の子どもよりも鋭くて、目の奥からは同年代の日本人の子ども達にはない寂しさのようなものも感じました。
 1日目は、タンバリンや太鼓、鈴などの楽器をつかって音を録ったり、パソコンソフトやキーボードを使った作曲の仕方をレクチャーしました。引っ込み思案で、はじめはなかなか心を開いてくれなかった子もいたけど、楽器を渡すと、楽しそうにたたいてくれたりして、言葉より音を通じて打ち解けられるのを感じました。

 印象深かったのは、ワークショップの終わりの方に来てくれたフィリピンから小学校の時に日本に来た、ダンスをしているという高校生の男の子。将来、フィリピンに帰るのか、このまま日本で在日外国人として生きていくのか。二つの国の間で、アイデンティティが揺らぎながら、複雑な思春期を過ごしていることを、同じフィリピン人のラッパーO.G Sacredに打ち明けていました。それは日本で生まれて、日本の家庭に育った僕には経験したことのない悩みでした。O.Gはそんな彼に、ストレスや悩みを「自己表現」に変える大切さを教え、まだ彼が挑戦したことがないというラップをレクチャーをしました。アルバイトの時間が来るまで、一生懸命歌詞を考えて、帰り間際には笑顔を見せたり得意のダンスをしてみせたりと、自分のふるさとから来たアーティストとの創作活動で気持ちが和らいだ様子でした。

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ワークショップ初日の様子


はじめからかっこいいわけじゃない
 2日目はスコットランドとフィリピン出身の両親を持ち、東京で歌手、タレントとして活躍するGOWさんも加わり、作曲、作詞、レコーディングまでを一日かけて完成させるという本格的なプログラム。「世界」というテーマで、引っ込み思案な子ども達に雑誌や新聞から自分の好きな言葉を抜き出してもらったのですが、小さい子たちは無邪気に参加してくれて、「ラブラブ世界」とか、こっちがはっとするような純粋で、意外性のある言葉を思いついてくれました。また、日頃から複雑な悩みを抱えていたりしている反動なのか、歌っているときは本当に嬉しそうに、弾けるような笑顔も見せてくれました。
 一方、もう少し年上の思春期の子たちは少し反応が違いました。例えば、ある中国から小学生の時に来日した男子高校生はめんどくさそうに携帯をいじって、作詞にも興味なさげ。歌詞をつくるのに抵抗があったり、録音するのも「恥ずかしい」と一番消極的でした。でも、「やってみようよ」と粘り強く言葉をかけて、嫌々でもなんとか歌詞を書き、録音にこぎつけ、できあがった曲を、自分の声を聴いたときに見せた照れくさそうな笑顔。それまでの表情とは明らかに違う純粋な笑顔でした。
 自分は心の中で「それだよ、それ!やった!」って思いました。歌ったり、曲を作るなんて、はじめからかっこいいわけじゃないし、恥ずかしい。だけど、おもしろい。何かをクリエイトする、表現するという行為は確実にそこから始まる。彼はその喜びを知ってくれたと思います。

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ワークショップ2日目の様子


間違っているのは多様性を尊重しない社会
 今回のイベントの趣旨は、「アートを通じて多様性を育む」というものでした。だけど僕は、それ自体改めて言葉にすると「ちょっと待てよ?」とも思います。そもそも「社会」っていうのは多様性があるもののはずじゃないか。このイベントが必要な社会そのものに問題があるんじゃないか、と考えさせられました。
 日本は集団の論理が強い社会。そのおかげで社会秩序が保たれている反面、個をつぶす暴力にもなり得る。例えば、日本では小中高大・就職まで一直線だし、みんなそこからはみ出すことを極端に恐れる。就職活動や受験では個性を殺すような就職試験、入試のシステム。そうじゃないと受け入れられない世の中の風潮、仕組み。自分も思春期にそれにおかしいと思って、悩んで、そして何かを表現したくて音楽活動を始めました。だからイベントに参加した子どもたちには自分の考え、意志を強く持ってほしい、間違っているのは自分じゃなく、多様性を尊重しない社会、そういうことに「おかしい」と気づけるマインドを身につけて欲しい、と思いました。それは自分が子ども達だけでなく音楽を通して人々に伝えたいメッセージでもあります。
 実は、そういう意味では、日本のヒップホップシーンも同じです。アメリカからの影響が強くて、「どういう音がいいか」について誰か権威のある人やトレンドに流されある一定の狭い範囲内で競い合っているようなところがある。だから一部のコアなヒップホップファンにしか受け入れられないミュージックシーンになってしまっている。
 僕たち、おみゆきCHANNEL(stillichimiya)は、そんな業界に対するアンチテーゼとして、自分たちにしか発信できないヒップホップがあると思って音楽活動をしています。それは、閉鎖的なヒップホップの業界、強いては日本の社会に「多様性」をもたらす抵抗、マインドの解放でもあるのです。これからも、音楽を通じてそういうことを訴えていきたいと思っています。
 今回はこのイベントに参加出来て本当に光栄でした。子ども達の何人かとはFacebookで連絡し合ったりイベントに遊びにきてもらったりと、本当にいい友達が出来たようです。これからもこのRap in Tondo、しんじゅくアートプロジェクトを応援し、自らもこの輪をもっと広げていきたいと考えています。

rap_children08.jpg ワークショップを終えた後、成果を還元するべく開催されたセミナー「フィリピンと日本のヒップホップ・アーティストが語る『アートで創る多様性のある社会』」(2012年11月3日、於:国際交流基金JFICホールさくら)



rap_children01.jpg 「Rap in Tondo 2×しんじゅくアートプロジェクト」に取り組んだ仲間たちと。左から、「おみゆきCHANNEL」のBig Ben、スコットランドとフィリピン出身の両親を持ち、東京で歌手として活躍するGOW、マニラのヒップホップグループ「Tondo Tribe」のメンバーO.G. Sacred、筆者

* 2013年5月 追加しました。
「Rap in Tondo 2×しんじゅくアートプロジェクト」に参加したアーティストらによる楽曲 "Look around the world"




Young-G(ヤング・ジー)
山梨県笛吹市一宮町出身のラップグループ「stillichimiya」のプロデューサー、MCとして活躍するほか、Big Benとのワールド・ワイド・プロデューサー・ユニット「おみゆきCHANNEL」としても活動。
2011年にフィリピンの代表的ラップアーティストTondo Tribeらと共に2週間に及ぶワークショップ、スタジオレコーディングを経験した。




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