倉本仁(プロダクトデザイナー)
長坂常(建築家)
国際交流基金 (ジャパンファウンデーション)は、プロダクトデザイナーの倉本仁と建築家の長坂常の両氏を、パナマ、キューバ、コスタリカに派遣し、日本のデザインと建築、日本人の物づくりの対する考え方を紹介するレクチャーやワークショップを実施しました。
「ある条件や状況に応じて、満足する機能や解決案を思想・美的感覚を用いて提案する」というデザインや設計という作業の本来の姿に立ち返える(倉本)、「遠くを見、何か新しいものを求める」姿勢ではなく、どちらかというと身近なものに改めて見直す(長坂)というコンセプトで、デザインやその周辺分野を専攻する学生が、「帽子」や「楽器」をテーマに創作活動を行いました。
植物を多用した「帽子」
パナマの首都パナマ・シティのサンタ・マリア・ラ・アンティグア大学でのレクチャーは、日本から人が訪れ建築やデザインの話をする人が滅多にいないのか、会場からあふれんばかりの人で埋め尽くされていた。
大学の学生のみならず、教員からも活発な質疑が行われ、双方向のディスカッションに発展して内容の濃いレクチャーとなり、幸先のよいスタートであった。
(左)倉本仁、(右)長坂常
翌日は、身近にある素材を材料にした「帽子」を作るワークショップを開催。家から持ち寄った材料、あるいは大学の周辺で採取した廃材などの素材に向き合いながら「頭に乗せる」、「日除けになる」などの基本的な構成や機能を満足するようなアイデアを生み出す場を創出。
「エスキースしているの?」と思われるほど、迷いなく作り始める点には、目を見張った。その上、学生のそれぞれが自らのキャラクターを良く知っているようで、一見、帽子だけの時にはさほど魅力を感じられないところを、いざかぶると魅力的に見えていた。また、材料として植物の葉などを多く使っている作品が多かったが、植物など有機的な形態を扱うのがうまいなと感心した。
パナマと言えば運河。その通行税の収入源は国に大きな収入をもたらしているようだ。また、船が通過することによる副次的なサービスがまたこの国の経済を支えている。さらにそのパナマ運河のゲート間にある高低差による水力がパナマの電気をほぼ賄うエネルギーとなっている。
パナマ運河
パナマは何となく色々な文化がミックスされ、矛盾を多く抱えている分、新しいモノを受け入れ成長する包容力があるように思った。そんなパナマはきっと中米のハブとして今後発展して行くのであろう。あと、パナマの一つ特徴として植民地時代前の原住民がすべてではないがいくつか現在も絶えずコミュニティを形成し存続している点がある。キューバもコスタリカもほぼ全滅なのに対し、パナマはきっちり残され大事にされている。民芸においても他国に比べ豊かでお土産も色々あって文化的な歴史を感じられた。
パナマ・シティ
材料に苦労したキューバ
キューバ国立デザイン高等学校でも、倉本・長坂の両名から産業デザインや建築についての講義を行ったあと、教授、生徒を交えて壇上での公開ディスカッションを行った。日本とキューバの社会の違いやデザインを学ぶ学生が今後キューバでどのように活動すべきかについてなど、熱のこもった討論会となった。
キューバでは、身近にある素材を材料にした「楽器」を作るワークショップを2回開催。「美しい音が鳴る」、「演奏できる」などの基本的な構成や機能を満足するようなアイデアを生み出すことを狙いとしたが、赴いた3国の中では極端に材料不足で、瓶や段ボール、梱包利用で使われた木材などビジュアル的に有効なモノが少なかったので、個人ではなくチームで考え作ることにした。
ここの学生は、他の二国の大学に比べ計画時間が長く、作り出すのに時間を要していた。おそらく、物資が少ない分、実際、製作する機会が少なく計画に時間をかけるのだろうと思う。実際、彼らの日常の課題の成果物はほぼCG が多く、基礎的な力や論理性は非常に高いように思うが、その点で今回のように一見デザインの領域ではなさそうな課題には戸惑い、ゴミのような材料をデザインにつなげる力はやや劣る気がした。
完成後、製作者は作品である楽器を演奏してプレゼンテーションを行った。
リズム感が流石に優れていて、どんな楽器を演奏させても、日本人がいい楽器をもったところでとても勝てないような才能を持っている。うらやましい。
ハバナ国際空港から徐々にハバナの町に近づくと人が増え、同時に建物が見えてくる。どの家も低層で古いオンボロの建物が建ち並ぶ。エアコンもないので玄関のドアも窓もみんな開けっぱなしで、室内まで丸見え、人の営みまで見えてくる。
さらに中心市街地に近づくと建物も少し高くなり、室内が暑いからか収容人数が多いからか道に人が溢れ出ている。おじさんは机を囲んでドミノをしたり、少年は自作のゴールを作ってミニフットサルやこれまた自作の台を作って卓球をしたり、少女は2~3人集まってぺちゃくちゃおしゃべりし、お爺さんなどは何をするでもなくスツールに腰掛け一日中外を眺めている。まるで路地を中庭のように自由に、且つ、生き生きと使っている。部外者である我々がその狭い路地に侵入していっても笑みを持って受け入れてくれ、写真を撮ろうとするとポーズまで撮ってくれる。
この国では黒人も白人も黄色人種もみんな等しく貧しい。それから、一見汚いが、町の建物も物資不足から既存を大事に使うしかすべがなく、壊れても出来るだけ清潔に使おうとしている様は他所からも感じられ、非常に好感を持てた。
その国も1993 年冷戦が終わり、流通を共有していた社会主義国が軒並み市場経済化し、流通網が細くなった。キューバも少しずつだが市場経済化して来ており、それが近年少し加速を増し、この数年でキューバ経済もかわり、おそらく上の素敵な光景もだいぶかわるような気がする。本当に外国人の身勝手な意見だが、そうなるとこの豊かな表情が町から消えてしまうのではないかとの心配がよぎる。おそらくこの数年のうちに一気にキューバはかわるような気がする。
決断力の信じられないほどの早さ
コスタリカでは2都市を回った。サンホセでは金博物館でレクチャーを行い、ベリタス大学でワークショップ。その後、エレディアのナショナル大学で、レクチャーとワークショップ。
ベリタス大学でのワークショップ
ナショナル大学でのレクチャー
ナショナル大学でのワークショップ
いずれのワークショップも身近にある素材を材料にした「帽子」を作るもので、パナマと同じテーマ。ベリタス大とナショナル大学で学生に違いはありながらも、今回訪れた3カ国の中で西洋デザインの考え方が一番通じやすく、我々の意図をよく汲でくれレベルの高い仕上がりになっていた点では共通だった。
パナマでも感じたことだがとにかく作り始めるのが早い。下手に悩んだりして手が止まるどころか、何も考えていないんじゃないかと最初の形にならない段階で思う程、決断力が信じられないほど早くそれにはビックリした。また、贅沢な工房が存在し、ホール板など少し危険な道具を女の子が何のためらいもなく使っているのにも感心した。
写真:太田拓実
倉本仁・長坂常 中米デザインレクチャー・ワークショップの日程
◆パナマ(パナマ・シティ)
9月3日(月)、4日(火)
会場:サンタ・マリア・ラ・アンティグア大学
◆キューバ(ハバナ)
9月6日(木)、7日(金)
会場:キューバ国立デザイン高等学校
◆コスタリカ(サンホセ)
9月10日(月)
会場:ベリタス大学他
◆コスタリカ(エレディア)
9月11日(火)
ナショナル大学
倉本 仁(くらもと じん)
プロダクトデザイナー。1976年兵庫県淡路島生まれ。金沢美術工芸大学を卒業の後、家電メーカー勤務を経て、2008年JIN KURAMOTO STUDIOを設立。 家具や家電製品、日用品等の製品開発を中心に国内外のクライアントにデザインを提供している。IF Design賞、Good Design賞等、受賞多数。
http://www.jinkuramoto.com/
長坂 常 (ながさか じょう)
スキーマ建築計画 代表取締役 1971年大阪生まれ。東京芸術大学美術学部建築学科を1998年に卒業。同年、ギャラリーなどを共有するコラボレーションオフィスhappaを設立。 簡単な原理、だけれどもそれを誰も想像できない方法で表現した作品を多く発表している。
http://schemata.jp/