伊藤賢一(いとうけんいち)
山伏名 伊藤秀悦(いとうしゅうえつ)
羽黒山伏のほら貝が響いた、パリ(フランス)、ブダペスト(ハンガリー)。
遠く日本の東北地方、出羽三山の麓に生きる山伏たちがそこにはいた。
それはとても不思議な感じがして、なぜここに立っているのか?
ここは新しい修行の地なのか?と、異国の空気に戸惑う羽黒山伏。
しかし、空を見上げると世界はつながっていることを体感し、人々の笑顔が心を癒してくれた11日間は、まさに修行の日々だったのかも知れない。
1400年の出羽三山の歴史の中で、ヨーロッパの地でその精進料理を紹介するのは初めてのこと。命を生み出す『食』とそこに秘められた羽黒山伏の想いが伝わるのかどうか、不安な毎日が忙しく過ぎていきました。
パリに到着するとすぐ食材探しのため市場やスーパーへと買出し。目的のものを購入したものの、なれない海外の食品の分量や味・原材料などの違いに、試行錯誤を繰り返した伊藤新吉料理長。本番当日まで、眠れない日々が続いたようです。
そして、本番当日、会場いっぱいのパリ日本文化会館は、今までに感じたことがないような熱気と独特な雰囲気がありました。しかし、ここで一つハプニング!13:30に開会だと思い込みをしていましたが、13:00からの開会。30分貴重な時間がなくなったことでの戸惑いと、急ピッチの作業。山伏の装束への着替えなど、さすがにちょっと慌てましたね。思い込みは怖いですね。
このように、万全な事前準備とはなかなか行かない状況でしたが、そこは「羽黒山伏」。何事にも動じない百戦錬磨の山伏たちの振る舞いは、さすがです。会場を神秘的な雰囲気で満たして、メインの精進料理の試食にバトンタッチ。振る舞い酒も入り、和やかな雰囲気と皆さんのおいしそうな笑顔に逆にこちらが癒されました。来てよかったと・・・。
終了後、イタリアでも今回のような企画をしたいとオファーが来たぐらいですから、何か皆さんの心の奥底に伝わったものがあったのではないでしょうか。
(左)講演の様子(右)交流会の様子
試食の様子
そして、ハンガリー・ブダペストへ移動。飛行機の中から見える雪化粧をした山並みに、ずっと見入っていました。「山が恋しいなあ」「山伏だなあ」と・・・。
さらに、ブダペスト空港付近は農村地帯。ふるさとに帰ってきたような、懐かしいにおいがして、街の空気も人も建物も違和感のない空間が心を穏やかにしてくれました。ここに住んでみたいなと本当に思いました。
そして、またもや数々のハプニング。片栗粉や水が合わなかったり、炊飯器がうまく動かなかったりといろいろありましたが、異国の地での苦難も多くの皆さんの協力で乗り越え、パリ同様、ブダペストのデモンストレーションは大成功でした。
ここでも会場の皆さんのおいしい笑顔が私たちの心を癒してくれました。
ハンガリーでのデモンストレーションの様子
今回、11日間に及ぶ長い期間、本当に多くの方にご協力をいただきました。名前を挙げればきりがありません。人と人とに出会いがこんなにも心強いものだと改めて考えさせられました。
今度は、皆様が出羽三山に来ていただいて、山伏の里の空気を実感してください。
生まれ変わりの修行の旅、そして精進料理で心と体を癒してください。
それから、もう一つ。修行の中には『酒行(しゅぎょう)』も含まれていますので、こちらもお忘れなく・・・。
それでは、お待ちしています。
全日程の詳しいレポートは、山形県鶴岡市羽黒町観光協会にも掲載されています。
http://hagurokanko.jp/news-event/281-shojinryorireport.html
伊藤賢一(いとうけんいち)
山伏名(伊藤秀悦:いとうしゅうえつ)
1972年、山形県鶴岡市羽黒町生まれ。平成7年に羽黒町役場に勤務、その後周辺市町村が合併し鶴岡市となる。平成14年に、出羽三山神社 山伏修行『秋の峰入り』を満願し山伏となる。現在、羽黒山の麓のいでは文化記念館に配属。羽黒町観光協会の事務局も兼務。出羽三山の歴史や精神文化の発信や観光振興に力を注ぐ。
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